Episode03.バチバチいたしましょう

「はっ……はっ……はっ」


 夜明けとともに走り続けること小一時間。

 兄に魔法武術を学ぶのはダメだと断られてしまったけれど、それで諦めるロサミリスではない。公認されなければ、こっそりやればいいのだ。

 

 魔法武術を学ぶにあたり、基礎的な体力作りトレーニングは必須。ちょうどお腹の肉が気になってきたところだから、腹筋を割って美しいプロポーションを保ちたい。


 願わくば兄のように拳で巨漢を殴り飛ばせるくらい強くなれたら……、いや無理だ。兄みたいにはなれない。


 兄はそこらの騎士よりも魔法武術に優れている。

 飛び級ですでに卒業してしまっているが、在学中の魔法武術の成績は常に学年ナンバーワンだったそう。顔も良し、頭脳良し、完璧人間とはまさにそのこと。

 

 その領域に到達するには、三年では足りないだろう。

 あくまで、この体力づくりは三年後の〈呪い〉を見据えているものだ。それ以上は望まない。


「いよいよ今日は、ビアンカ嬢が養女としてやってくる日ね」


 湯あみと着替えを済ませ、ニーナに髪を整えてもらった後のこと──

 ニーナと他の侍女を連れて、屋敷の門の前でロゼリーヌ子爵の馬車を迎える。子爵家の使用人が扉を開けると、ゆるりと出てきたのは可愛らしい令嬢だった。


 金色の髪は美しく編み込みがなされ、ふんだんにフリルがあしらわれたドレスは彼女の瞳と同じ蝶々のような黄色。

 十五歳とは聞いていたけれど、ロサミリスには同じ十三歳にも見えた。


「ご機嫌麗しゅうビアンカ嬢。本日、父や兄は仕事のため出かけております。拙いながらも、わたくしロサミリス・ファルベ・ラティアーノが我が伯爵家の代表として歓迎申し上げます」


 恭しくドレスの裾を掴み、歓迎の意を表する。

 養女になるとはいえビアンカは子爵家の娘。向こうの使用人たちに、伯爵家の娘ロサミリスがどのような令嬢なのか見てもらうためだ。


「おお、美しい……」

「さすがラティアーノ家のご令嬢だ……」

「ああ、まだ十三歳とは思えない。絵になるな」


 完璧な淑女の礼をするロサミリスに、子爵家の使用人たちは小声でそんな感想を漏らす。予想通りの反応を素知らぬ顔で聞き流しながら、ロサミリスが顔をあげると──


「まあ、どういうことなんですの!? 私は、ロゼリーヌ子爵家の正統なる娘ビアンカですのよ。なのに、サヌーンルディア卿もラティアーノ伯爵もいらっしゃらないなんて! 私よりも年が下の方が、少ない侍女を連れてお迎えなんて信じられません!」

「ビアンカ様、口を慎んでください……! 相手は伯爵家のご令嬢ロサミリス嬢ですよっ!!」

「私はこれから伯爵家の養女となる身ですわ。おまえこそ、子爵家の使用人の分際で口答えする気?」


 どうやらお迎えの面子メンツが気に入らないらしい。

 まだ十三歳のロサミリスが伯爵家の代表として出てきたのが、よほど気に入らなかったのだろうか。確かに高身長のビアンカに比べると、頭一つ分くらいロサミリスのほうが低い。


(………………期待していたわたくしがバカらしくなってきたわ)


 六度目の人生で婚約者を奪ったビアンカという女性とは全然違う、『綺麗なビアンカ』が来るかもしれないと少しだけ期待した。だって名前まで同じだなんて思わなかったのだもの。


(伯爵家の令嬢として毅然として接しないとダメね)


 兄や父がいればビアンカも大人しくしていた、ではダメなのだ。

 たとえ年上だろうとロサミリスも伯爵令嬢として相応しい威厳を見せ、正しく彼女を育てないといけない。仮にも彼女も伯爵家の看板を背負ってどこぞの殿方と添い遂げるのだ。このような態度で行かれては、家の評判は地に落ちる。


「まぁ、いいです。──それよりもロサミリス様、ジークフォルテン様はお見えになってませんの? 私、少しでもいいからジークフォルテン様とお近づきになりたいですわ」


(もうジーク様に好意を抱いているの? いくらなんでも早すぎじゃない?)


 前回よりも明らかに早い。


 ロサミリスが六度目の人生で婚約破棄されたのは、〈腐敗〉の呪いが発現する直前の十六歳のとき。六度目の婚約者がビアンカと恋仲になった期間は一年もないはずなので、出会う時期は少なく見積もって二年後を予定していた。

 

 呪いの発現が十六歳だと断言できない。

 実は年齢は関係なくて、婚約者による婚約破棄がトリガーなのでは……?

 

 ロサミリスは心に決めた。


「あぁそうだ、お茶会に呼ばれたときは是非このビアンカもご一緒に」

「お断りいたします」

「な、なんですって?」

「ジーク様の婚約者はこのわたくし、ロサミリス・ルゥ・ラティアーノでございます。残念ながら、ビアンカ嬢にはそのような機会はございませんので」

「まぁ! 公爵家ご子息との婚約は親同士が決めたことです、私が一緒にお茶を楽しむくらい良いのではなくて!? 年下は年上に従うものでしょう!?」

「年齢の話を言うのならサヌーンお兄様にも意見を窺いとうございますが、それでもよろしいでしょうか?」

「……っ」


 押し黙ったところを見ると、やはりサヌーンには良い顔をしたいのだろう。サヌーンは未来の伯爵家の当主。そしてサヌーンは、間違ってもロサミリス婚約者ジークフォルテンにビアンカのような令嬢を近づけさせない。沽券に関わるからだ。


「分かりました。す、過ぎたことを申してしまい申し訳ございませんでした」


 頭を下げるビアンカに、ロサミリスは人知れずに息を吐く。

 少しだけ、気分が晴れた。前世の事だから今の彼女には関係ないことだけれど、名前も顔も同じだから思い出さずにはいられない。

 さぞ、あのときのビアンカの気分は良かっただろう。

 他人の男を略奪し、奪われた女の泣き顔を見るのは。


 少なくともロサミリスは、六度目の婚約者シリウスを大切に思っていたのだから。

 

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