Episode02.デジャヴ
「それで、結局夜通し失恋していないことを説明して、愛らしい目の下に
「サヌーンお兄様だって、出会って早々『失恋したのかい? よしよしお兄様が慰めてやろう』と仰ったではありませんか」
「失敬失敬、可愛い妹を振りやがった男がいたのかと思うと、憎悪の炎で身を焦がしそうでね。そういうときは、ロサを抱きしめると落ち着くんだよ」
サヌーンは、ロサミリスを溺愛する兄だ。
ロサミリスと同じ、濡れた
女のロサミリスが嫉妬しそうなくらい睫毛が長く、薄い唇から溢れる言葉は甘ったるい。
正直、
四つ年上で十七歳なのだけれど、伯爵家の次期当主として忙しい毎日を送っている。すでに父の補佐役として領内の農作物について意見を出し、成功を収めている。
(そういえば、前世でも兄はいたけれどここまで溺愛されてなかったわね)
同じような人生を辿るとはいえ、完全に同じになることはない。
ただ、結末が〈呪い〉のせいで惨たらしく死んでしまうのは同じこと。
それを回避するには、何か〈呪い〉を消し去ったり封じ込めたりできる強い力が必要だ。過去六度にわたって輪廻転生し、七度目の今は六度目までの記憶がすべてあるロサミリスだが、毎度のこと前世の記憶があったわけではない。
二度目、三度目のときは転生して同じ人生を歩んでいることに気付かなかった。
四度目で一度目から三度目のことを思い出したけれど、結局ろくな対策もできずに死んだ。
五度目も思い出せず、六度目は幼少期のころから一度目から五度目を思い出していたけれど、伯爵令嬢として知識を蓄えても〈呪い〉に関することは分からずじまい。
(知識はある。でも……そうね、技術はないわ)
例えば己の精神力を高めれば〈呪い〉を封じ込めることができるかもしれない。
幸せに生きるためには、運命に対抗でき得る力が必要だ。
「お兄様」
「ダメだよ」
「まだ何も申しておりませんが」
「ダメ。ロサのそういう、ときたまに覗く決意の表れみたいな表情は、雛が巣から離れて己の翼で羽ばたこうとしているみたいで、写真に撮って飾っておきたいくらいだけど、ダメ」
「わたくし、本格的な魔法武術を学びとうございます」
魔法──
我が国、聖ロヴィニッシュ帝国は、魔導師によって成長した大国だ。
森羅万象を自在に操ることのできる魔法は、奇跡の象徴。
男女問わず魔法を学ぶ意欲のある者には寛容で、専門の学舎は大学まで存在する。
ゆえに、魔導師専門の学校に令嬢子息をいかせる貴族は多い。
だが。
「ロサ。君はラティアーノ伯爵家のロサミリス嬢だ。公爵家ご子息、ジークフォルテン・フォン・ロンディニア卿との婚約も決定している。これからは、公爵家の未来を考える勉強に勤しむべきだよ」
断られるのは分かっていた。
魔法武術なんて、下手すれば顔に傷がつくかもしれない。
大事な伯爵家の、ましてや妹が、そんな危ない目に遭ってまで学ぶことではない。
公爵家の婚約者だっているのだ。
伯爵家の娘にとって、格が二つも上な公爵家に嫁入り出来るのは名誉なこと。より高貴な貴族になれるのは女性としての喜びだと、両親はよく言っていた。今の両親とは仲が良く、喜んでいるのなら期待を裏切りたくない。
ただ。
ロサミリスにとっての婚約者のジークフォルテンは、六度目の人生の嫌な記憶を想起させる存在だ。
前世では、ジークフォルテンに見た目が瓜二つな公爵家のご子息シリウスに愛され、婚約していた。
でも彼は裏切った。
ビアンカという子爵家の娘と恋仲になっていたのだ。いや、ただの愛人扱いならまだ許せた。でも彼は、あろうことか公衆の面前で前世のロサミリスに婚約破棄を叩きつけ、そのままビアンカと婚約することを宣言したのだ。
確かに、こちらにも非はあったかもしれない。婚約破棄される半年前、彼は魔獣に襲われ生死をさ迷った。ちょうどそのとき国外に遠征していて、すぐに駆け付けられなかったのだ。
そのとき、甲斐甲斐しく世話をしていたというのがビアンカ。
彼が言うには、ビアンカはとても優しかったのに婚約者の自分は手紙も寄こさなかった。鳩を飛ばせば何とかなっただろうに、と。もちろん手紙は出した。でも何かの手違いか、届いていなかったのだ。しかも彼は、前世のロサミリスがビアンカに苛めを働いていると言い始めた。
『あなたがそういう女性だと思わなかった』
正義感が人一倍強い彼の言葉は、怨念のように耳にこびりついて離れなかった。
このあと〈腐敗〉の呪いが発現し「お腐れ令嬢」と呼ばれ、同年代の令嬢達から酷い苛めに遭う。呪いのせいで大親友を亡くし、身も心もボロボロになっていくのだ。
まぁ、ロサミリスにとっては前世の話。
婚約者のジークフォルテンが同じようになるとは限らない。それに今世では、ビアンカに当てはまる女性がいないのだ。呪いの発現までまだ三年もある。
大丈夫だと、ロサミリスは言い聞かせる。
「それと」
魔法武術の習得を諦めるように言ったサヌーンは、静かに人差し指を立てた。
「ロサに相手にしてもらいたい令嬢がいるんだ。相手がちょっと厄介でね、正直俺が彼女の面倒を見たいくらいなんだけど」
「伯爵家に召し上げられるロゼリーヌ子爵のご令嬢のことでしょうか? その話なら、わたくしは全然構いませんと申したはずです。お兄様はわたくしなどとは比べ物にならないほどお忙しいはずですので」
「それがね、来るはずの令嬢が姉から妹に変わったのさ。なんでも、結婚が決まったとかで」
ラティアーノ伯爵家は、サヌーンとロサミリスしか兄妹がいない。
貴族の子息令嬢を受け入れるのはままあること。しかも今回は、父と親交の厚いロゼリーヌ家が是非にと言ってきた話だ。断る理由も義理もなく、それで人脈が増えるのならロサミリスとて大歓迎だった。しかも、聞いていた令嬢は顔が地味なだけでお淑やかで品が良く、友人になれるかもしれないと期待していたのに。
「おめでたいですね。それで、なんというお名前の方ですの?」
「ああ、名前は確か…………ビアンカ。そう、ビアンカ・ルゥ・ロゼリーヌ嬢だよ。見た目は可愛らしい十五歳の女の子なんだけど、癇癪が激しいみたいで。正直、ロサの手を煩わせたくないんだ」
ロサミリスは、顔から血の気が引いていくのを感じた。
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