Episode04.七度目の婚約者様
「茶会が減ってしまってすまなかった。公爵家の家庭教師が厳しくてな、日程のすり合わせに苦労した」
「いいえ、わたくしが合わせればいいだけの話です。ジーク様はご無理をなさらず」
「……そうか」
淡々と言いながら、
少年のあどけなさと大人の色気を併せ持つこの青年こそ、ロサミリスの婚約者であるジークフォルテン・フォン・ロンディニア次期公爵閣下。複雑な色を宿した深緑の瞳が印象的で、いつも物憂げな表情を浮かべている。
ジークは口数が多い方ではない。
無口というほどではないけれど、必要以上に何かを話すことはない。
伯爵と公爵の両家の話や近いうちに出席する夜会の話など、話すとすればそれくらいだ。
かといって世間話をしないわけではないけれど、それはジークとロサミリス以外の人間が仲介してくれた時。一対一で話すと鳥たちのさえずりを聞くだけの茶会になってしまう。昔はもっとロサミリスから話しかけていたのだけれど、ジークがあまりにも仏頂面のままなので、嫌われているかもしれないと思って途中から話せなくなってしまったのだ。
(やっぱり調子が狂うわ……)
賑やかで、笑顔の絶えない人だった。
そんな彼だからこそ前世で愛していて、他の令嬢と不倫をしていた時は悲しかった。
でも、今世の
顔は瓜二つであるから、余計に混乱してしまう。
(嫌われてる……わけではないのよね。きっと)
嫌われているのなら、律儀に茶会なんて開かないだろう。
それに、この茶会はロサミリスの好みに合わせてセッティングされてある。
茶葉のブランドや洋菓子の種類、咲き誇る花々までロサミリスが好きなものばかり。
表情に出ないので分からないけれども。
「そういえば、……髪、どうしたんだ?」
「自分で切りました。そろそろ短いのも良いかと思いましたので」
さすがに髪をバッサリ切ったことには突っ込むらしい。
来たときに二度見をされただけで、興味はないものだと思っていた。
「…………。失恋、したのか?」
(待ってジーク様あなたまでっ!?)
なかなかどうして、視線こそ寄こさないが、ジークは捨てられる直前の子犬のような表情をしていた。
「違います。断じて違います」
「……本当か?」
「本当です」
「俺ではない意中の男がいるわけではないのか?」
「当たり前でしょう。わたくしは、後にも先にもジーク様をお慕いしている婚約者です」
「後にも先にもお慕いしている……」
(あ、こんな意味ありげなこと言ったら、前世の記憶があるみたいに聞こえるかしら? ……でも、まさかね。考えすぎよね)
後にも先にも、という言葉に注目しているロサミリス。
対し、お慕いしている、という言葉を噛みしめているジーク。
「ま、まぁこの話はいいでしょう! それよりもジーク様、来週の舞踏会の話ですが」
「あぁ。どこかでダンスの練習する時間を設けないといけないな、今回は音楽界の著名人が集まる。ロンディニア家の次期公爵として、絶対に失敗できない」
「もちろんです」
舞踏会で踊る曲は難易度が高い曲だ。ダンスが得意で比較的一日の予定が空いているロサミリスとは違い、次期公爵家のジークの予定は常にパンパンだ。勉強に剣術に魔法に馬術までして、合間に無理やりダンスの練習をねじ込んでいるのだ。努力家な彼には頭があがらない。
「予定を聞きたい。この日なんだが」
「はい……」
執事から予定手帳を貰うジークに、ロサミリスもぐぐっと顔を近づける。
この時間ならいい。この日はダメ。
そうやってすり合わせていくうちに、とても顔同士が近くになっていることに気付いた。
「ふふふ。お二人とも仲睦まじいですね」
ジークの侍女と思われる女性に優しく微笑まれ、ロサミリスの顔が一瞬だけ赤らむ。
「きゃっ!!」
空のカップに紅茶を注ごうとした侍女が、いきなり倒れこんできた。
とっさのことで目を瞑るロサミリスは、ふと、温かく包み込まれるような感覚を覚える。なんだかほっと安心する。ずっとこうしていたい。そんな心地よい感覚にうっすら目を開けてみると、超至近距離にジークの顔があって声を失った。
「熱く、ないか?」
「ジーク様、背中に紅茶が!!」
侍女の悲鳴に、ようやく事態を理解する。
ロサミリスに熱い紅茶がかかってしまうのを防ぐため、自分の背中を盾にしてジークが守ったのだ。
「も、申し訳ありませんジーク様!! こんな失態、なんとお詫びすればよいか……!!」
「いい」
地面に額をこすりつけて謝る侍女に、ジークは怒らなかった。紅茶のかかった上着を脱いで渡して、下がってもいいと命じている。
「ジーク様、背中は!?」
「心配するな。平気だ」
「でも!」
もしジークが庇ってくれなかったら、紅茶はロサミリスの顔にかかっていた。
「上着にしかかかっていない。それよりもロサにかかっていなくて本当に良かった」
「え……?」
小さく微笑むジークに、ロサミリスの鼓動が高鳴った。
普段から表情が変わらず仏頂面の彼は、滅多に口角をあげることがない。笑わない人ではないのだけれど、こうやって微笑むのは本当に珍しい。嫌われているわけではないのだと確信が持てて、単純に嬉しかった。
(ジーク様……)
ぽーっと惚けたようにジークを見つめるロサミリスに、気付いているのかいないのか、ジークは少しだけ視線を逸らした。どこか一点を凄むように睨んだ後に、侍女が躓いた石畳に目を向けている。
「さっきまでこの石は平だった。おそらく誰かが、侍女が紅茶を持ってテーブルに近づいた時を見計らって、石が不自然に盛り上がるよう魔法をかけたのだろう」
「誰かがわざとやったということですか?」
「この魔力の感じは……そうだな。故意に仕掛けたものだと思う」
火傷すれば、来週の舞踏会に出られなかったかもしれない。
もし目に入っていたらと思うと、ぞっとした。
「舞踏会にもしロサが出なければ、俺は他の令嬢と踊らないといけなくなる」
ジークが婚約者を連れて舞踏会を踊ることは公表している。
ロサミリスが火傷で休んだとしても、ジークが踊るのは決定事項。
では、誰と踊るかと言うと……。
「もしロサが休めば、俺の相手は養女に来たという噂のビアンカ嬢だ。普通は、家のことを考えて姉妹が出席するからな」
証拠はない。
ただ、ビアンカがロサミリスを婚約者の座から引きずり下ろし、自分こそがジークの婚約者にと企むなら、筋は通る。
ならば、こちらも遠慮はいらない。
(わたくしのわがままっぷりを受けてもらう最初の実験台は、ビアンカ嬢に決定ね)
明日から忙しくなるぞ、と、ロサミリスは気合を入れ直した。
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