三人の神父

 幸い、高野神父が多めに食材を買ってきていたので、三人分の料理を用意する事が出来た。

「さあ、感謝していただこう」

 高野神父の言葉のあとわたしたち三人は、十字を切って食事を始める。

「さて、お土産のウィスキーは食後に飲むとして、食前酒はワインで良いかな?」

 高野神父が聞いてきたが、ワインしかないことをわたしは知っている。高野神父と二人で食事をするときは、必ずワインが食前酒だからだ。高野神父は料理によって赤と白と飲みわけをする程にこだわっている。

「ええ、ワインをお願いします」

 遠藤神父は顔を綻ばせる。高野神父が、デカンタに入れた赤ワインと白ワインを持って来て食卓においた。

「遠藤神父は白が好みだったかな?」

 高野神父が尋ねる。

「ええ、白をいただきます」

 遠藤神父のグラスに白ワインがつがれる。

「今田神父は?」

 高野神父の問いにわたしは答える。

「いつも通り、自分でやります」

 わたしは、最初に白のデカンタを取り半分ほどグラスに注ぎ、次に赤の入ったデカンタを取り白ワインの入ったグラスに注いだ。

 遠藤神父は、目を丸くして見ている。

 わたしは、何時も赤ワインと白ワインを半々に割って飲む。いつから始めたかは、はっきり覚えていない、ただきっかけは、刑務官だった頃、ある受刑者から聞いたやり方だ。その受刑者は、政治犯で、やたらと政治家や革命家に詳しかった。なんでも、ヨシフ・スターリンが、好んだ飲み方で『娑婆』にいる時はよくそうやってワインを飲んだと聞いて、その日の勤務が終わってからワインを赤白と買って帰り、官舎で試してみたらやみつきになってしまったのだ。



 サラダにパスタ、それに買い置きをしておいた当たり目などのおつまみが、リビングのテーブルに並んでいる。

 高野神父は、コーヒーだけで無く料理も得意だ。わたしが拘置所へ行っている間にミートソースを作っておいたからパスタを茹でてソースを温めるだけだった。

「しかし、多めに作っておいて良かったよ」

 高野神父が、微笑んだ。

「こんなに美味いパスタ久しぶりですよ」

 遠藤神父も笑顔になり、三人であっという間にパスタを平らげてしまった。



 食事が終わり、遠藤神父のお土産のウィスキーを開ける事になった。

「二人ともロックで良いかな?」

 高野神父がロックグラスを持って来た。

「はい、ロックで」

 遠藤神父が答える。わたしは、暗黙の了解でいつも通りロックということが、高野神父とは言わずとも分かる関係であったので、そのままウィスキーと大きな氷の入ったロックグラスを受け取った。

 わたしたち聖職者は、ミサでワインを残さずに飲む。

 そういうわけなので、必然的にアルコールに強くなっていくのではあるのだが、高野神父は全く酔わないのに対して、遠藤神父はだいぶ酔いが回っているようだ。そういうわたしはと言う、とほろ酔い加減になってきてはいる。

 三人で、ワインをデカンタ二つ、ウイスキーをボトル半分ほど飲んでいる。

「しかし二人ともお疲れ様だったね。そうだドイツ産のソーセージがあるからつまみにどうかな?」

 高野神父が和やかに言うと「いえ、もう酔いが回ってますし,お腹いっぱいです」遠藤神父が答える。

 わたしも結構飲んだし食べたので,そろそろ酔いを覚まそうと思っていた所だった。

「そうかいそれじゃわたしだけいただくよ」

 そう言って高野神父は,ソーセージをつまみにウィスキーを飲み続けた。

「しかし、今田神父も病者訪問だったなんて奇遇ですね」

「おや? 遠藤神父は知らなかったかな?」

 高野神父はロックグラスを置いて答えた。

「今田神父は、教誨をしに拘置所へ行ったんだ」

「教誨ってあの映画とかに出てくる死刑執行に立ち会ったりする?」

 遠藤神父は目を細めながら呟いた。

「わたしも若い頃は、教誨師をしていてな少年院で教誨をしたりしたものだよ秘蹟(サクラメント)ではないが大切な勤めだよ」

「今田神父は、何故教誨師に?」

 遠藤神父は氷のとけた水割りに近くなったロックグラスを一気に飲み干してわたしに聞いてきたので答えた。

「わたしが元刑務官っていうのは神学生時代に話したと思けど、実は死刑執行の経験があってね」

「その罪滅ぼしだと言うのですか?」

 遠藤神父の逆鱗に触れてしまったみたいだ。大人しく優しい彼が顔を真っ赤にして泪を流しそうになって怒っていた。

「ボクは犯罪者を相手になんて出来ない、むしろ犯罪被害者に寄り添いたい」

 遠藤神父はわたしを軽蔑するように睨んできた。

「さっき今田神父とも話してたんだがね医者を必要とするのは病人ではないか、つまり・・・・・・」

 高野神父が間に入ってきた。

「つまり、聖職者を必要とするのは犯罪者だと? 刑法上の罪と神学上の罪は別概念ですよ」

 遠藤神父の声は更に大きくなった。

「遠藤神父、酔いすぎだよ取りあえずお冷やを」

 わたしは、遠藤神父に水を飲ませようとタンブラーに氷りと水を入れて持って来たのだが遠藤神父はわたしの手をはねのけた。

 タンブラーは床に落ち割れて水と氷りが飛び散った。

「時間がかかるかも知れないが・・・・・・」

 高野神父がため息をつくように言うと

「母親を殺されて許せるわけないですよ」

 遠藤神父は咆哮を放つように泣き叫んだ。

「ああ、わかっているよ、それにだいぶ酔っているようだし、今夜はもう遅い、今日はお開きにしようじゃないか」

 高野神父がそう言って飲み会を終わらせることになった。もう一度持って来た水を一気に飲み干すと遠藤神父は「ご迷惑をおかけしました。今夜は、これで失礼いたします」と言って駅に向かって行った。


 わたしは、少し複雑な思いがした。

 かつて刑事施設で働いていたわたしにとってはなおさらだった。

 被害者や被害者遺族の事も分かるが、彼らの代わりに『仇討ち』をしてきたわけではなく、あくまで国が公平な立場として求刑し判決を下してそれに従いそれぞれの刑を執行してきたのが過去のわたしだったからだ。

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