気に入られた

 なんとか、無事に終わったと、わたしは、安堵した。

「大変だったな、しかし、まさか吉田の奴が聖書を受け取るとは思わなかったぞ」

 どういう事なのだろうかと思い巡らせていたら、佐藤先輩が続けて言った。

「吉田は経典の類いを受け取り拒否したり、しつこく押しつけたりすれば怒りだしてその場で破り捨てるし、教誨師だって途中で帰ったりする始末だ」

 やはり相当な問題児なんだなと思った。

「どうして聖書を受け取ったんですか?」

 佐藤先輩に尋ねてみた。

「気に入られたんだよ、にしても彼奴が心を開くなんて珍しい」

 その答えに、複雑な思いがした。正直を言ってしまえばあまり関わりたくはない、だが、確実にわたしを指名してくるだろう。

 正直、彼を導けるのか不安でいっぱいだった。



 教会への帰り道、夕日がいつも以上に眩しかった。

 わたしは、一度聖堂へ行き沈黙の祈りを捧げた。

 そして、聖堂を出た後、教会の敷地内にある司祭館のドアを開ける。

「おかえり、初の御聖務どうだったかい?」

 優しいく張りのあるバリトンの声が奥から聞こえてきた。この教会の主任司祭パウロ高野直弘神父の声だ。

「いろいろと大変でしたよ」

 わたしは、疲れていたが、声を振り絞って答えた。

「まあ、コーヒーでものんでゆっくりするといい」

 リビングのソファーで寛いでいると、高野神父がコーヒーを持ってきた。

 高野神父は、コーヒーが趣味で、エスプレッソマシーンまで購入するほどだ。

「ブラックが好みだろうけど疲れているようだし甘いラテにしておいたよ」

 高野神父の気遣いに感謝しながらコーヒーを飲む。



 熱いコーヒーを飲みながら、信徒さんの焼いたクッキーを食べる。

 とりあえず、今日の出来事を高野神父に話した。

「うーん、大変だったが、最期まで寄り添う事が出来たんだし、よかったんじゃないかな?」

 何よりの励ましの言葉だが、内心は教誨をする自信がなくなっていた。

「初心に返ってごらん」

 高野神父が優しく語りかけてきた。

「医者を必要とするのは病人とあるじゃないか?」

「はい、しかし、わたしには、力不足と言うか何というか・・・・・・」

 わたしは俯きながら答えた。すると高野神父が微笑んだ。

「今田神父は抱え込むからな、重荷は主が負って下さる。まあ、とりあえずは食事にしようじゃないか」

 そう話していたら、玄関のチャイムが鳴った。

「こんばんは、いい物持って来ましたよ」

 ドアを開けると神学校の同期のミカエル遠藤恵一神父が、立っていた。

「ああ、遠藤くんどうしたんだい? にしても司祭シャツ姿が様になるようになったね」

 同期と言っても、わたしよりだいぶ若い、神学校って所はいろんな年齢の人が共に学び、寝食を共にするから、場合によっては年上の後輩や年下の先輩がいたりするわけだ。

「今田さんこそ、神父さまって感じになってきましたよ」

 遠藤神父は、隣町の教会に使わされている。そして、この若い神父は続けた。

「ちょうど、この近くの病院に、病者の塗油をしに行ったので寄ってみたんです。せっかく近くまで来たわけですし」

 遠藤神父がにこやかに笑いながら黒いトートバッグからウィスキーを取り出した。

「これ、お土産です」

 奥から高野神父が、やってきた。

「お疲れ様、立ち話もなんだしリビングへ行こうじゃないか」



 司祭館のリビング、ベテランの神父が一人、新人の神父が二人、三人の神父で酒を飲みながら食事をする事になった。

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