暇つぶし

「厄介な、相手かも知れないが、よろしく頼んだよ」

 佐藤先輩は、そう耳打ちして部屋を出て行った。

 松原看守が、吉田を席に着かせると受刑者を見張る席に着いた。



 さて、こうして、わたしは、この吉田という死刑囚の教誨を始める事になったのだ。

「司祭ヨハネ今田敏夫神父です。よろしくお願いしますね」

 わたしが、自己紹介をすると「俺、吉田真、とりあえず神父さん、よろしく頼みますよ」とニヤニヤ笑いながら答えた。

「神父さん神は本当にいるって証明できるの?」

 吉田は、いかにも無神論者の典型といった質問をしたので、わたしは答えた。

「逆にいないとも証明は出来ませんよね?」

 わたしの返事を聞くと吉田は、ゲラゲラと笑い始めた。

「神父さん、あんた気に入ったよ」

 笑いながら、吉田は、わたしに言ってきた。

「どうしてキリスト教の教誨を?」

わたしは、吉田に尋ねる。すると「新しい教誨師が入ったって聞いたから興味があっただけだ。他の教誨師とも一通り顔は合わせてる」と愉快そうに言った。

「それで、どうだったんですか?」

 吉田は、また笑い出した。

「この前、若い坊さんが来たから、ハゲ、ハゲって呼び続けたら、罰当たりがって言って怒って帰りやがった」

 わたしは、半分呆れながら「そのような事を言っては失礼ではないですか? 何故そのような事を?」と吉田を窘めるように言うと「暇つぶしだよ、暇つぶし」という答えが返ってきた。



 暇つぶし・・・・・・

 確かに、死刑囚は独房で過ごす。外部の人と接する機会は少ない、仮に家族等が面会に来たとしてもガラス越しだ。

 教誨師とはガラスのない部屋で対面できる。一日中一人で独房で過ごすことに嫌気がさして興味本位で教誨を受けたいと申し出る者もいるが、この様に教誨師をからかう目的で呼ぶ者は珍しいのではないだろうか?



「神父さん 仮に天国って所があるとして俺みたいな奴でもいける?」

 こんな男でも、やはり死刑は恐ろしいのだろうか? わたしは聖書を開いて説明をした。

「罪を悔い改めれば、天国へ行けますよ、イエス様と一緒に処刑された強盗も天国へ行かれましたよ」

 吉田は、にやけながら「こいつは奇遇だな、俺の罪状は強盗殺人、だが、俺はやっぱり天国はないと思う」と言い放つ

 「どうしてそう思うのですか?」

 吉田は真顔になり「人は、死んだら焼かれて、骨と灰になるだけ何ものこりはしない」そう呟く、その表情は非常に鋭かった。


「神父さま、そろそろ時間です」

 松原看守が、声をかけてきた。

「では、続きはまた今度に、あと聖書は差し上げますよ」

 わたしは立ち上がりテーブルに置かれていた聖書を吉田に手渡した。

「サンキュー! 神父さん! それにしても分厚いなぁ、まぁ暇つぶしにはちょうどいいか・・・・・・」

 そう言って、吉田は、松原看守に連れられて部屋を出て行った。


 暇つぶし・・・・・・

 死刑囚にとっての刑は死ぬこと懲役刑の受刑者と違い刑務作業などはない。刑の執行の日まで心身共に健康に生きる事、それが死刑囚に課せられた重い十字架なんだと改めて思った。

 


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