第47話 二つの趙

 靳準の乱を平定して後、皇帝として即位した劉曜の元へは、石勒からの使者が送られていた。

使者の王脩おうしゅうは劉曜への謁見をついに許され、参内して劉曜へ恭しく拝礼する。

劉曜は皇后を羊献容ようけんようの肩に手をかけ、酒をあおりながら応対する。

王脩が口を開く前に、劉曜がにやりと笑って言った。


「石勒のことを王に封じると言ったな」


「は、我が主にとりましても、ありがたき幸せに……」


「あれはやめた」


劉曜は羊皇后を押しのけると、いきなり佩用の剣を抜き放った。

五色の剣がゆらめき、王脩の首が宙を舞った。

一瞬遅れて血が首の根本から噴き出し、朝堂を赤く染めた。

劉曜が舌で剣を舐めると、その剣の色は妖しく変じた。


「石勒、初めて会った時から気に入らぬ男だった。妥協は帝王の道ではない。雌雄を決そうではないか」


 石勒せきろくは自身の前に置かれた生首を眺めている。

それは、石勒が新たに皇帝として即位した劉曜りゅうようへの使者として送った王脩おうしゅうの首だった。


「劉曜め。はじめは加増だの、王に封じるだのと、俺をおだてるようなことを言って、結局はこれか」


張賓は首を桶にしまい直すと口を開く。


「家臣から閣下に二心ありと吹き込まれると俄かに態度を変じ、使者の首を刎ねたということです。また、劉曜は漢建国以来の遺風を刷新し、近く国号をも、ちょうに変更するとか」


石勒は嘆息する。


「名実共に漢は滅んだ、ということだ」


しばしの沈黙の後に石勒は立ち上がる。


「今まで亡き劉元海陛下のご恩があったればこそ、その子孫にも仕えてきたが、もうやめだ。王や帝の尊号は、自らの手で掴み取ってやる。劉曜なんぞの任命を受けるまでもない」


高らかに宣言する石勒に、張賓は頷く。


「それでこそ我が主です。今こそ雄飛の時。劉備が蜀にて建国したときの故事、または曹操が鄴にて建国したときの故事に従い、明公とのの有する二十四郡、二十九万戸を一国として独立なさいませ」


石勒は名刀石氏昌を抜剣し、群臣を前に高らかに宣言した。


「俺は独立し、王となる!亡き劉元海陛下の果たせなかった夢、胡と漢にまたがる大帝国は、この石勒が実現してみせる!」


張賓が問う。


「して、国号はどうなされますか」


ちょう、だ!」


張賓はじめ群臣はポカンとした顔をする。


「それだと劉曜が新たに建てる国号と丸かぶりしますが」


石勒はにっと笑う。


「だからだよ。喧嘩売るときは徹底的にやらんとな」


張賓も笑う。


「なるほど。それでこそ、我が主です」


こうして二つの趙が並び立ち、争いあう時代が訪れた。

後世の人は、劉曜の建てた趙を前趙ぜんちょう、石勒の建てた趙を後趙こうちょうと呼んで区別するが、当時においては互いにただちょうを名乗って覇を競ったのである。

二つの趙の抗争に江南の東晋が絡み、乱世は加速する。

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