第46話 靳準の乱

 東宮の中で柳葉刀をその手に握り、獣のような咆哮を上げて迫り来る兵を薙ぎ倒す戦士。

十人、二十人と切り伏せたその戦士も、遂に衆寡敵せず、全身に傷を受けて膝をついた。

戦士は奮戦虚しく、遂に靳準きんじゅんに捕らえられた。

反乱により劉氏一族を軒並み殺害し、胡漢王朝を乗っ取りつつあった靳準は、意外な抵抗者に質問を始めた。


「随分と手間取らせてくれたな。降ったとはいえ、お前はりょうの人間。この王朝の皇族に義理があるわけでもないだろう」


「どんな王朝でも無辜の民がいる。お前みたいなクズに国が乗っ取られて困るのは民衆だ。俺も、そして部下たちも民を守ろうと戦っただけだ」


「意味がわからん。そんなことをして何の得があるというのか」


戦士はため息をついた。


「わからんだろうな、お前には」


その戦士、北宮純ほくきゅうじゅんは涼州のある西方にこうべを垂れ、振り下ろされる刃を受けた。

涼州から晋救援のために派遣され、度々洛陽を防衛した勇者の最期であった。


「さて、これで私に従わぬ者はおるまい。いいかげん、王延おうえんも首を縦に振るだろう」


東宮に転がった大量の涼秋兵の死体を片付けさせると、靳準は配下に捕えさせた王延おうえんに面会した。

王延は劉淵りゅうえんの代から胡漢に仕える老臣で、靳準は自身に反発する勢力を抑え込むために、この重鎮を抱き込もうとしていたのだ。

しかし、面会に来た靳準が帰順を説くと、王延はぺっと唾を吐いた。


「貴様は逆賊だ。貴様には仕えん。さっさと殺せ。そして、我が左目を西陽門に置くように。そうすれば劉曜りゅうよう殿がお前を滅ぼすのが見られるであろう。また、我が右目を建春門に置け。そうすれば石勒せきろくが入城するのを見られるであろう」


王延のにべもない返事に激怒した靳準は、王延を殺害した。

また、靳準は劉淵と劉聡の陵墓を掘り起こすと、その首を切り、建康に逃れた晋王朝へ送って講和を結ぼうと画策し始めた。

しかし、その企みが成されることはなかった。

程なくして、王延の言った通りの事が起きたのである。


「石勒軍来襲!」


「劉曜軍接近!」


ほぼ同時に起きたこの事態に、一族の他ろくな人材もいなかった靳準の政権は動揺した。

靳準は石勒と劉曜の双方に使者を送り、蝙蝠的外交でこの急場をしのごうと考えた。

落ち着かなく宮殿内をうろうろする靳準に声をかける者があった。


「陛下、劉曜へ送った使者が帰って参ったので、先ほど結果を聞きました」


従兄弟の靳明きんめいだった。


「私より前にか?まあいい、して結果はどうであったか」


靳明はつかつかと近寄ると靳準にぶつかった。


「あ、が、お前、何故こんなことを」


「あなたの首を差し出せば、一族は皆許す。劉曜はそう言っている、とのことです」


靳準は腹に刺さった短剣を押さえたまま、ばったりと倒れた。

“靳準の乱"首謀者の呆気ない最期であった。

靳明は残軍をまとめて靳準の首と共に劉曜に降ったが、劉曜は約束を守らなかった。

劉曜は靳明はじめ靳準の三族を皆殺しにすると、平陽にて皇帝への即位を宣言した。

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