第42話 石虎と仏図澄

 「あー、城門崩れたじゃんか!責任者誰だ!死刑!」


石勒の前で落成式を迎えた鄴の城門が無惨に崩れ去った。

工事の責任者が引き出されて、首を刎ねられようとするその時。


「喝!」


「わ、びっくりした。大和尚だいおしょう、どうなされた」


「ファッファッファッ、無益な殺生はなりませんぞ」


石勒に仕える高僧、仏図澄ぶっとちょうがそこにいた。

傍には弟子だという小僧、釈道安しゃくどうあんを引き連れている。

釈は水を入れた小鉢を持っていた。

しかし、背後でギャッという悲鳴がした。

石勒の甥、石虎せっこが工事の責任者の首を刎ねてしまっていた。


「鄴の太守であるこの石虎が、閣下の命を実行したまでである。ご僧、何か文句があるか」


「ファッファッファッ、人を殺してばかりいるとこの水面のようにいつかは何も無くなってしまう。無にして空です」


仏図澄は小鉢に手をかざす。

途端に鉢の中に溢れんばかりの蓮の花が咲き誇った。


「慈悲を持って接すれば、取り柄のないように見える者も大輪の花を咲かせるやもしれません。これぞまさに仏の道」


「くだらねぇ手品にこの石虎様は騙されんぞ!閣下を惑わすんじゃない!」


石勒が咳払いをする。


「しかし、この大和尚が敵の進軍を言い当てたのは一度や二度のことではないぞ。お前も見ただろう」


「アニ……閣下。とにかく、俺は認めませんからね!」


仏図澄は高笑いしながら去っていった。


 石虎は仏図澄に恨みを抱き、夜に刺客を放って殺すことにした。

刺客が丑三つ時に仏図澄の部屋に忍び込もうとすると、まだ灯りがついている。


「この時間になっても火種がつきぬなどということがあろうか」


刺客は仏図澄の部屋の天井裏から様子を覗く。

仏図澄は煌々と照らされた室内で仏典を読んでいる。

その光の源はなんと仏図澄自身であった。

腹を出した仏図澄のへそが怪光を発し、室内を明るく照らしているのだ。

肝を潰した刺客は慌てて逃げ帰ってしまった。

石虎は逃げ帰った刺客を怒りのままに殺害すると、自身の手で仏図澄を始末することに決めた。

石虎が剣を携えて仏図澄の屋敷を訪ねると、釈道安が出迎えた。


「和尚様は自ら洗濯をしておいでです。その、今しばらく待たれたほうがよろしいかと。刺激が強い光景ですので」


「は、わけのわからんことを抜かすな。かまわん。通せ」


石虎は釈道安を押し退けると仏図澄の邸宅に入った。

仏図澄は屋敷の庭に設けられた池で何かを洗っている。

近づいた石虎は、果たして腰を抜かしてしまった。


「ヒィッ、そ、それ」


池に浮かんでいるのは臓物であった。

仏図澄の口から伸びた大腸やら小腸、果ては心臓までが、この怪僧の手でもみ洗いされている。

仏図澄は内臓を次々と飲み込む。


「ファッファッファッ、強い敵意が近づくのを感じましたゆえ、最期のときを覚悟して、五臓六腑から身を清めておったのです」


「ば、化け物」


「御仏の教えを深く理解し、修行をつめば誰でもこの程度の芸当は出来るようになりますぞ。どうですかな、あなたも帰依しては」


「いや、そうはならんやろ」


石虎ががくがく震えていると、仏図澄は目を閉じ眉間に皺を寄せ唸り始めた。


「むむむ、大きな力の塊が南より迫ってきております。おそらく敵襲です。こんなことをしている場合ではない。石虎殿、急ぎ備えを。閣下をおまもりせねばなりません」


果たして劉琨の副将、姫澹きたんが襲来するところとなった。

石虎と仏図澄の間に何があったかは真実のところ定かではないが、仏図澄が数々の奇跡を起こしたと伝えられていること、残虐無道で知られた石虎も仏図澄のことを「大和尚」と呼んで尊崇するようになったことは事実である。

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