第34話 王弥の最期
張賓の放った遊騎が怪しい男を捕らえると、この書簡を持っていた。
男は拷問にかけられると王弥の密使、
「”……汝は手筈通り速やかに
「そして、先頃、王弥より閣下に届けられた書簡がこちらです」
手紙はたわいもない時候の挨拶にはじまり、最後はこう結ばれていた。
”そうそう、公が
なんと神明なことでしょう。
苟晞を公の左とし、この王弥を公の右とすれば、天下は定めるまでもありません。"
「
張賓は眉をしかめる。
「出し抜くというような、生ぬるいものではありません。
「あっ!
「その通り。王弥が曹嶷を羽翼となして襲ってくる前に、先んじて滅ぼさねばなりません」
こうして石勒は王弥との戦いを決意するところとなった。
◇
しばらくすると石勒の軍は
時を同じくして、王弥もまた
「王弥からの救援要請が来ただと?これからぶっ殺すつもりのやつに救援なんて意味なかろうよ。だいいち陳午も片付いていないのに」
声を荒げた石勒を、張賓が遮る。
「これは天が与えたもうた絶好の機会です」
「何の?」
「王弥を滅ぼす、その機会でございます。陳午のような小物は捨て置けばよろしい。対して王弥は傑物であり、いまこの機を逃すと倒されるのは我々です」
程なく、劉瑞と一進一退の攻防を繰り返していた王弥のもとに、石勒からの書簡が届いた。
「にゃににゃに。“尊敬する王公より過分なお褒めを頂き、身の引き締まる思いです。臣のような愚かな
読んでいる側から砂塵を巻き上げて石勒十八騎がやってきた。
「なにっ新手だと?」
狼狽する劉瑞へ石勒が肉薄する。
「お前に何の恨みもないが、悪いな!」
名剣、
◇
「
そう言って笑う
「気を許してはなりません。
暗殺を恐れるこの言を王弥は取り合わなかったが、追い縋る張嵩に妥協する形で数人の護衛を引き連れて酒宴へと向かった。
石勒は酒宴の場で、地に伏さんばかりに平身低頭して王弥を出迎えた。
「臣のような野良犬のごとき雑胡の催した宴に脚を運んでいただき、感激でふるえるばかりでございます」
「にゃはは、そう畏まるな。ざっくばらんに行こうや」
酒宴が進んでいくと、王弥の前に煌びやかに着飾った女人が現れて酒を注いだ。
「おい、石勒。今の女、なかなかの
「は、あれは私の妻の
「かー、お前も隅におけない男だにゃ」
「ははは、それほどでも。妻は踊りも得手でして、ご披露いたしますよ」
石勒が手を叩くと、劉凛は楽人の弾く胡楽の調べに乗せて、艶かしく踊り出した。
踊りの最中に一枚ずつ衣を脱いで、段々と刺激的な装いになりながら、王弥に近づいてくる
王弥は妖艶な踊りを目で追い、次々と昏倒していく護衛に気づかない。
薬が効き始めたのだ。
鯨も動けなくなるほどの薬を盛られても平然としていた王弥だったが、やがてとろんとした目つきになった。
ここらが効き目の限界らしい。
石勒は劉凛に向かって短く瞬きをした。
王弥は欠伸をしながら言った。
「石勒、よう、漢はつまらん国になったにゃあ。先帝が、
「ああ、俺とお前もこんなことにはならなかったかもな」
劉凛が胸の間から匕首を取り出すと、王弥の胸に差し込んだ。
「がっ、おんにゃっ、なんのつもりにゃっ」
王弥が劉凛の腕を掴む。
「あなたっ!」
「おうっ」
石勒が王弥に頭突きを見舞うと、劉凛はすかさずその手を振り解く。
「謀ったにゃッ、石勒ッ」
「ご明察だぜ。さっさと愛しい
石勒は王弥の胸に刺さった匕首を股のあたりまで一気に引き下げた。
分厚い脂肪の間から桃色の腸がまろび出て、鮮血がほとばしった。
石勒は王弥が動きを完全に止めるまで、何度も匕首を突き刺した。
石勒は、王弥の首を、皇帝である
首桶には王弥が石勒や曹嶷に宛てた書簡を添え、謀反を企んでいたので誅殺した、と簡潔な弁明を書き入れていた。
劉聡は、朕に相談もなく大将軍を誅殺するなと叱責の書状を送ってきたが、それ以上の咎めはなかった。
王弥の残兵も吸収して侮れない勢力となった石勒のことを恐れたためであった。
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