第33話 つまらない国
漢の皇帝となった
奴僕は、虜囚の身となった晋の皇帝、
司馬熾はあっと声を上げて体勢を崩すと、床に転び、酒をぶちまけた。
廷臣のひとり
袖で酒を拭う司馬熾の姿を見て、あれが晋の皇帝の成れの果て、無様なり、などと廷臣たちは嘲笑う。
劉聡は這いつくばる司馬熾を見下ろして言う。
「
司馬熾は目を伏せる。
「臣の一族が、互いに争って助け合わなかったからです」
「なぜ、
「これは人事によらず天意によるものでしょう。大漢は天意に応じたのであり、そのために臣の一族は互いを除いたのです。もし臣の一族が武帝の大業を継いで九族が協力し合ったならば……」
劉聡は舌打ちをする。
「朕の今日はなかった、そう言いたいのか」
「陛下!」
「ああ、おいたわしや」
給仕をしていた男二人が、たまらず飛び出した。
司馬熾を助け起こし、酒宴から退がらせる。
二人は司馬熾とともに捕らえられた晋の旧臣だった。
劉聡は目をいからせて、怒鳴る。
「あの二人を処刑しろ!今すぐにだ!」
◇
「兎が四羽、
戎装に身を包んだ女性が背中に担いでいた大きな
「あたしはこれ一頭しか捕れなかったわ。負けね」
「はっはっは、いやぁ、これは俺の負けだ」
女性ながら武芸に秀でた
「ちょっとは気晴らしになったかしら」
「俺が
石勒は伸びをして草原に寝転んだ。
劉凛もまた
「嘘。ここ最近、つまんなそうにしてたよ」
「………そうか」
二人の上を爽やかな風が吹き抜けていく。
「都でのことを聞いたのね。陛下は捕らえた晋の司馬熾をいたぶって、晋人を辱めている。それが気に入らない?」
「痛ぶっているのが嫌なわけじゃない。陛下は、最初は司馬熾を手厚く保護するような素振りを見せていた。それなのに、晋が新しい皇帝を立てて抵抗すると聞くや、いじめはじめただろう」
「筋が通ってない。器のちっさい男ね、あれは」
「お前、仮にも皇帝陛下だぞ」
劉凛は石勒の頬を指でつつく。
「何よ、あなたが一番尊敬してないくせに」
石勒は長いため息をついた。
「
鷹が宙を舞い、伸びやかな声で鳴いた。
「あなたの好きなようにやればいい。あたしはついて行く」
石勒は身体を転がして、劉凛に覆いかぶさると口づけをした。
「お前のそういうところが好きだ。凛」
石勒は顔を赤らめる劉凛の帯を解き始めた。
「えっ、ちょっ、外はさすがに」
「好きなようにやれって言っただろ」
「そういう意味じゃないわよ!」
劉凛は、悪戯っぽく微笑むと石勒の股間を指ではじいた。
「でも、こんなになっちゃってるんなら、しょうがないか」
◇
張賓がむすっとした顔で出迎える。
「閣下、凛さまと同行であれば危険は少ないと判断し、狩に出るのも反対いたしませんでしたが、こんなに遅くなるのでは困ります」
「ああ、すまんすまん」
劉凛は乱れた髪を不自然に抑えている。
張賓はちらと劉凛を見やると、咳払いをする。
「戎装ならば襲われても対処できますが、それも解かれて丸裸では鼠にも勝てますまい」
劉凛は顔を真っ赤にして、わなわなと震える。
「ま、まさか見てたの?!」
「見ていませんが、容易に成り立つ推察です」
劉凛は張賓の顔に平手打ちする。
すごい音が響いて、張賓はその場に崩れ落ちる。
劉凛は顔を押さえて、走って自室に戻った。
石勒は張賓を助け起こす。
「女性のことはよくわかりません」
「お前、すごいな。いや、違うか、やばいな」
「褒め言葉と受け取っておきます。ところで、閣下に取り急ぎお見せしたい物があるのです」
張賓は懐から竹簡を取り出した。
それはある人物からの書状であった。
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