第4話 石氏昌

 ベイは口笛を吹きながら街道を歩いていく。まばらにみすぼらしい民家や怪しげな商店がある。城郭に入れてもらえない埒外の民もいるのだ。

今にも崩れ落ちそうな建物の古ぼけた看板に武器の絵が描かれている。ベイは、その店の扉をくぐった。

薄暗い店内に、剣や矛が架台にかけられて並んでいる。店の外観とは裏腹に商品の手入れは行き届いているようだ。

店主らしき無精ひげの男は、いらっしゃいの一言もなく、ベイを睨みつけている。


「よう、親爺。この金で新しい剣を売ってくれよ」


ベイは帳場に師懽夫人からもらった路銀を置いた。

店主は虫歯だらけの黒い歯をむき出しにして、笑った。


「冗談言うな。これっぽっちじゃあ、釘ひとつ売れねぇよ。出直してきな」


ベイはこいつをひねり殺してやろうかと思ったが、やめて腰に提げている錆びた剣を帳場に置いた。


「こいつもつけるから、たのむよ」


「ゴミまで押し付けようったって、そうは問屋が………!」


店主は急に目を瞠ると、剣を持ち上げたり下ろしたり、なめるように調べだした。


「若いの、これ、しばらく預かってもいいか?そこで待っていてくれ」


しばらくすると、店の奥から何かを滑らせるようなシューシューという音がする。

ベイは店の床に座り、いつしか寝てしまった。


「おい、生まれ変わったぞ!見てみろ!」


ベイは起き抜けに自分の顔を見ることになった。水鏡のように輝く刀身に、顔が映りこんでいるのだ。


「これがあの錆びた剣?すげぇな、親爺」


店主は得意満面で、ベイにその剣を渡した。ベイが剣を振ると風を切る激しい音がなる。刀身は薄暗い店内でも妖しく煌めいた。柄の部分の朽ちた誂えは、新しく簡素ながら頑丈そうなものに取り替えられていた。

研いだことにより、根本の篆刻が鮮やかに蘇っていた。しかし、ベイには読めないのだ。


「この三文字、なんて書いてあるんだ」


店主は静かに返す。


「“石氏昌せきししょう”、石一族が盛んとなる、という予言の文句だな。あんた、名前が石とか、そんなことは」


「ねぇな。この剣だって、人の畑で拾ったんだ」


店主は咳払いをする。


「だとしても、何らかの導きがあってあんたのところにその剣は来たんだ。いい剣は持ち主を選ぶという。せいぜい大切に使うんだな」


ベイは研ぎ代として、路銀を置いた。しかし、店主はズイとその代金を押しかえすのだった。


「久々に良い剣を見させてもらった。お代はいらねえよ」


ベイは口笛を吹きながら店を後にした。

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