第5話 汲桑

 何回かの野宿を経て、ベイは目的地である馬牧場にたどり着いた。

屋敷の扉を乱暴に叩くと、整った身なりの男が出てきた。


「何の御用ですかな?当家の主人、汲桑きゅうそうはただ今留守にしておりまして。伝言があれば、この王陽おうようが受けたまわります」


流暢な言葉づかいだが、どことなく訛っている。ベイはその男が胡人であると気づいた。


「居留守はよせやい。お宅の家人を届けに来たんだ。是非とりついでくれよ」


ベイはニコニコしながら、血が固まって黒く染まった麻袋を掲げた。

王陽はひきつった笑いを浮かべる。


「これは失礼を致しました。どうぞ、こちらへ」


家に入り、廊下を進んでいく。かなり広い家だ。

廊下が中庭に差し掛かったあたりで、王陽が叫んだ。


夔安きあん!殺ってしまえ!」


中庭の木に見えていたものが、茶色い肌の男に変じる。

男は腰から剣を抜くと、ベイに踊りかかった。

ベイもすかさず石氏昌つるぎを抜き、鍔迫り合いの音が響く。


「ひょほほ。仲間の仇、討たせてもらう。必殺の雷音ウルミーを受けてみよ」


夔安と呼ばれた男はニヤリと笑って、剣の柄にある宝石を押した。すると、剣が箍の外された樽のようにばらりと五叉に別れるのである。

夔安は前蹴りを放って距離を取ると、五叉の剣を鞭のように振り回した。蜂の飛ぶような耳障りな音とともに、しなる刃がベイに襲いかかる。

しかし、ベイは横に飛び退くとその5本全てを一剣を持って叩き斬ってしまった。


「快刀乱麻を断つってなぁ!……こういう意味であってたっけ?まあいいや、知らん」


ベイは笑いながら夔安の首根っこを掴むと縁石に叩きつけた。

その背後から王陽が二本の半月刀を持って奇声をあげながら斬りかかってきた。

ベイは後ろ蹴りを放ってから振り返る。

王陽は壁にめり込んで失神している。

しかし、いつの間にか種々の武器を手に取った5人の男がベイを取り囲んでいる。


「いっぺんにかかってこいやぁ!一匹づつブチのめす手間が省けるってもんだぜ」


その時、激しい音と共に廊下の奥の扉が開け放たれ、というか壊れて外れた。


「そのへんにしておけ、小僧。勇気に免じて、話を聞いてやる」


扉の奥から野太い声をかけてきたのは、この家の主人、汲桑であった。


 ベイを部屋に招き入れた汲桑は、どっかりと腰をおろした。険しい目つきで、値踏みするようにベイを睨む。剃りあげた頭の下には、筋肉と肉とがみっちり詰まった大柄な身体。ベイもかなり大きい方だが、横にも縦にも一回りでかい。顔つきは漢人らしいが、こんなにでかい奴は胡人にもそうはいない。ベイはしばらく汲桑と睨み合った後、麻袋から首を取り出して、卓上に置いた。首は腐りつつあり、臭気が部屋に漂った。


師懽しかんのじじいの屋敷を襲ったのはてめぇらだな」


汲桑は蝦蟇の鳴くような声で笑った。


「その通り。うちの家人が盗賊の鬼車。この汲桑様が、頭領というわけだ。……なぜわかった、小僧」


ベイは指で卓上を叩いた。馬の走るような調子だった。


「旦那がた馬に乗りゃトトットトットトッ……蹄の跡だよ。蹄の。あんたの牧場に蹄欠けてる馬いたろう。現場に残ってたぜ、変な蹄の跡が」


「へぇ、火の玉小僧かと思えば、こめえことに気がつくじゃねえか」


「あの馬、獣の骨で蹄を埋めて、鉄を打ってやれ。今の倍は早く走るぞ」


汲桑はさらに笑った。


「調教師になりにきたわけじゃあるめえ。用件を言え」


ベイは腐った首をつんつんとつつくと、言った。


「鬼車鳥の九本首が、一本抜けて困ってるだろう。俺が代わりに入ってやる」


「自分で殺しておいて、いけしゃあしゃあと。……まあ、いいだろう、その度胸が気に入った」


「待遇は副頭領だ。今後の盗みの計画は俺が立てる」


汲桑は腐った首を掴むと手に青筋を立てて握り潰した。

吹き飛んだ目玉が鼻面に飛んできたのでベイはそれを素早く払い除けた。


「なめんじゃねぇぞ、小僧!この俺を誰だとおもっている」


ベイは立ち上がり、笑った。


「盗んだ馬で牧場を装いながら盗賊をはじめたが、馬の扱いも知らねえ、手下に頭の回るやつもいねぇ、さあ、伸び悩んできたぞ、これからどうしよう困ったなー。そんな感じで頭をかきむしってる、冴えないオッサン」


汲桑は立ち上がり、顔を真っ赤にして背後にかけた大刀を取ろうとしたが、その右手を自分の左手ではたいて止める。

その滑稽な動作にベイは吹き出しそうになった。

振り向いた汲桑は、ベイに言った。


「いいだろう!仲間に入れてやる。小僧、名を名乗れ」


ベイは白い歯を見せて言う。


「鬼車の副頭領、チュルクのベイだ」

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