第3話 盗賊

 ベイは馬鍬まぐわで黙々と畑を耕していく。

他の小作農たちが休憩をする時間になっても、ひたすら器械のように鍬を振るい続ける。

その姿は同輩達にとって、不気味ですらあった。

しかし、主人である老農場主の師懽しかんは感心しているようだ。


「わしゃ良い買い物をしたわい。よし、昼の間はお前の鎖をといてやろ……」


「いけません!あなた、そうやって胡人なんかにすぐ気を許して!油断して、お金や命をとられた人だっているんですからね!」


すごい剣幕でまくしたてるこの女性は、師懽の後妻だった。

師懽はこの三十がらみの顎の尖ったやせぎす女に頭が上がらない。

しばらくは言い争っていたが、結局折れたのは師懽のほうだった。


「いつかはお前に報いてやろうの」


ベイはぺこりと頭を下げた。

日が落ち、農具を片付け、小鳥の飯のような分量の飯を食う。

師懽の嫁が勝手に農奴の飯を減らしているのだ。

ごろりと牛小屋の片隅に敷かれたむしろに横たわる。

あの程度の作業で疲れるほどヤワな肉体ではないが、腹が減るのは耐えられない。

あまりに腹が減りすぎて、眠れない。

時折、藁の中にある錆びた剣をなでる。

畑を耕しているときにまた例の角笛のような音が聞こえ、音のする方を探っていて見つけたものである。

師懽らには黙って隠している。

刃の根本に何か彫ってあるが、読めない。

ベイの部族に文字はなかったし、漢字も読めないのだ。

剣を藁に戻して、ため息をつく。


「いつまでもこれはねぇなー」


ひとりごちるベイの耳にかすかな物音が入った。


 牛小屋の壁の隙間から主人の家を見ると、塀の周りに数頭の馬がいる。

頭巾を被った複数の男が、爪のついた縄を塀にかけ、鮮やかに登っていく。

野盗だ。

この屋敷に、例の盗賊が侵入してきたのだ。

男達は塀を登りきると縄を引き上げていく。

ベイは腰に錆びた剣を差し、塀に近づいた。馬はその姿を見ていななこうとしたが、ベイがひと睨みすると大人しくなった。

ベイは素手で土塀を掴む。強靭な握力が壁に穴を穿つ。力ずくでよじ登る。満月の中、塀の上に立ったベイは、深呼吸すると静かに庭に降り立った。

物陰に隠れながら賊の動向を探る。何人かに分かれているようだ。二人組を尾ける。

一人の男が小声で言う。


「なあ、いいだろ?すぐにすませるからよ」


「ちっ、好きだねぇお前も。ドジるなよ」


さらに分かれる。先に話した男を尾ける。

男は家の奥の、師懽の後妻の部屋に入っていった。

男は後妻の布団に手を伸ばし、下卑た笑いを浮かべた。後妻は目を覚まし、悲鳴をあげようとしたが、男の手がその口を抑える。


「おとなしくしな。畜生働きの楽しみっつったら、これだけだぜ」


「そうかい。残念だったな」


ベイは背後から男の首を掴み、勢いよく回転させた。


 ベイは中庭に盗賊の死体を引きずり出し、ガビガビに錆びた剣を振りかざすと、吠えた。


「やい!泥棒ども!お仲間が一人あの世にいったぞ。おめぇらもすぐに後を追わせてやるから、かかってきやがれ」


暗闇の中で、野盗達は事態の急変を知った。


「ひょほほ、優秀な番犬がいたようだ」


「笑っている場合か。どうする」


「不測の事態のときは元を取ろうとするな。ドツボるから。とはお頭の教えだ。戻るぞ」


盗賊はそれぞれ塀を登り、去っていった。


「なんじゃなんじゃ、なんの騒ぎじゃ?」


目を擦って出てきた師懽は、庭の死体を見て腰を抜かしてしまった。


翌朝、師懽とその妻がベイを呼び出した。


「我が妻を助けてくれて、本当にありがとう。他に盗られたものもなかったし、感謝してもしきれんわい」


「いえいえ、当然のことっすよ」


ベイはちらりと師懽の妻を見やった。


「あ、あなた。この人を自由にしてあげましょうよ。恩人を奴隷にしておくなんて、かわいそうじゃない」


「おお、わしもそれを考えておったのじゃ。お前がいいのなら、そうしようぞ」


師懽は脚の鎖を外してくれ、まともな着物を着せてくれた。師懽の妻は、へそくりの一部を荷物に忍ばせてくれた。

ベイは出発前、塀の周りに残る蹄の痕を見ると、門扉に戻ってきた。


「あと一つ、頂きたいものがあるんです。いいすかね」


こうして自由とまともな服とお金と、そして盗賊の生首を手に入れたベイは、錆びた剣を天にかざして歓喜の雄叫びをあげた。そして、見送る師懽夫妻に白い歯を見せて笑うと一礼して去るのだった。

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