第2話 奴隷市場

 奴隷狩り部隊は平原へいげん国まで東進し、茌平しへいの地に入った。

一行の横に柵が伸び、中で数頭の馬がいななき、走っているのが見えた。馬牧場だ。

ベイは横目で馬牧場を見ながら呟いた。


「あの馬……勿体ない。良い馬なのに、ひずめに傷がいっている」


兵士が鞭を振り下ろして、先を急がせる。

ベイはじっと馬を横目で見ながら進んで行った。

街道に入り、門を抜け、街の中に入る。

街の様子は、この時勢にあって比較的落ち着いているほうであった。


平原王の司馬榦しばかんは死んだ妾の遺体との淫行にふけるなどの奇行もあったが、権力争いには積極的に関わらず、施政に関しても可もなく不可もないという人物であったので、そういった面が影響していたのだが、そんなことはベイには知るよしもなかった。


奴隷狩り部隊の兵士達も気が緩んだのか、他愛もない世間話をしている。


「この辺りは都よりよっぽど平和なんじゃないか」


「そうでもないらしい。最近は“鬼車おにぐるま”とかいう馬賊がここら一帯を荒らし回っているらしいぞ」


「鬼車?って九本首の鳥の化け物だったよな」


「九人組の盗賊なんだろうよ、たぶん」


兵士と奴隷の一行はついに街の広場についた。既に人集りが出来ている。



 街の広場に引き出された胡人たちは首に値札をかけられ、競売にかけられていく。

頭の禿げ上がった女衒が叫ぶ。


「その娘の裸を見せてくれ!傷があっちゃあ、店で使えない」


急拵えの壇上で若い胡人の娘が悲鳴をあげて抵抗する。


「いやァッ」


「嫌なことあるか婢の分際で!」


兵士がびりびりと娘の服を破り、女衒は鼻息も荒く指で値段の合図を送る。

集まった客と競売人のやり取りはどんどん加熱していく。


「次は若い男の奴隷です。この通りの立派なモノを持っています。奴隷を増やす種男でも、愛人でも用途はご自由に。お、そこの奥さん早かった!」


「お次はなんと妊婦です。上手くすれば2人も奴隷が手に入りますよ。値段は1人半分です。さあ、買った買った!」


「さあ、お次は筋肉モリモリ醜男マッチョマンの登場だ。農作業はもちろん、危険な外出のお供にもこいつがいれば安心だ!」


ベイは壇上に立ち、周囲を睥睨した。

その迫力に気圧されたのか、賑やかだった市場は静まり返ってしまった。


「なんと、こう見えてこの奴隷は漢人の言葉が使えます!お買い得ですよ!みなさん」


客の中から1人の身なりの良い老人が進み出て手を挙げた。その他には手を挙げる者もなく、ベイはその老人に買われることとなった。

老人は馬車にベイを対面で乗せると話しかけてきた。


「わしの名は師懽しかん。ささやかに荘園をやっておる。近頃は物騒になったが、お前のような者がいれば、いくらか安心して寝れるじゃろうて」


ベイは師懽の目に刺々しさがないのを見て、話し始めた。


「俺はチュルクのベイ。飢饉で一族のほとんどが死んだ。食いもんを求めてさまよってたら、漢人の奴隷狩りに捕まったのさ」


「救いのない話だのう。まあ、安心しろ。飯は食わせてやる。しっかりと働いてくれるならな」


馬車は夕闇の中を揺られていった。

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