第23話 肉料理
宿へ着いた頃には、完全にチョコがのびていた。
クロは肩からチョコが落ちないよう両足を握ったまま。チョコの本体はクロの背中で、仰向けの逆さまになって寝ていた。両手ばんざいでプラプラさせている。
「なにやってんだい!」
宿の婆さんが笑いをかみしめて怒っていた。
「あとであとで!」
階段を一段上がるたび、チョコをプランプランさせながら自分たちの部屋へ急ぐ。
頭に血が上らないのだろうか? 小さいから血液の総量も少ないので、圧も小さくなるのだろうか?
馬鹿なことを考えながら、チョコをベッドに寝かし、毛布を掛けてやる。その間、チョコは身じろぎ一つしないで寝ている。
たぶん、宿の前の通りにドラゴンが着地してブレスを吐いても目を開けないだろう。
「ちょっと詰めすぎた。反省反省」
元気とはいえ、チョコはまだ5歳児。疲れも溜まるだろう。クロの体力が無駄に無限大なので、チョコの体力ゲージの少なさに気がつかなかったのだ。
「明日は完全休養日。チョコの具合によって、攻略開始日をずらすとしよう」
クロは指をチョコの髪にはわす。指で髪を梳いてやる。風呂に入ってないのに指がよく通る。髪も体からも嫌な匂いがしない。汗腺の数が少ないのだろう。
「だとすると、暑い季節とか、長時間の運動は苦手なのだろうな」
獣人の村からここ、アリバドーラまで結構歩いたぞ。10日か?
寒い季節だったから何とかなったのだろう。それでもチョコはかなり無理したはずだ。
「この近所に風呂屋はないかな?」
ジャンナのデーターを検索してみるが、該当施設は下町になかった。上流階級街にサロン的な退廃的なのが一つ引っかかったが、そこへチョコを連れて行くわけにはいかない。
……身分的にも、獣人という被差別的な点でも、チョコの教育的観点からでも。
「婆さんに聞いてみるか。最悪、どこか綺麗な小川で。いやいやいや、まだ寒いし、チョコの具合が悪化する。ちょっと落ち着こうか」
恒星間航行可能な宇宙生物が、5歳児相手に我を忘れてしまっていた。
「夕食の準備もかねて、婆さんに取り入ろうかね」
なにやら悪いことを考えているのだった。
夕刻。クロは台所に立っていた。
「なにも、裏口入学を考えなくとも、正攻法で良かったはずだ」
婆さんはあっさり解決してくれた。そんな場所へ行ってトラブルに巻き込まれるより、裏の内風呂を使えばいいと。
「あったんだ、内風呂」
「馬鹿にすんじゃないよ! うちは元々そこそこの宿だったんだ! 人手不足でこうなっただけさね!」
この宿の過去を猛烈に知りたい。
「井戸から水くんできて、焼けた石を放り込んで湯にするタイプだよ。あんたなら一人で何とかできるんじゃないかえ?」
何とかできる。風呂の用意は重労働だが、クロなら何とかできる。
「あんたの申し出はありがたく頂いとくよ。料理の手伝いって申し出はね! あんたが泊まると、蝋燭に集まってくる蛾のように男の客が泊まりにくるんさね」
「とは言っても、どうせ具の少ないスープ出すのだろう?」
「当たり」
「じゃ、配膳でいいよね。自分の分は自分の持ち込みで作るから、その分、具の割合を男共に増やしてやりなよ」
この宿の歪なシステムにより、料理はどうしてもごった煮になってしまう。
「うーん、チョコは麦粥なんか食べないだろうな。だとすると肉か。市場で買った安物の肉をそのまま出すと消化に悪いよね。どうしよう? こうしよう!」
クロは買ってきた豚と鳥の端肉を器用に包丁を使って挽肉(ミンチ)にした。
「適当な野菜くずとか香草くずとかも微塵切りにして、チョコに分からないよう混ぜて適当にこねる、と。あ、塩とか忘れてた」
「大丈夫かい? チョコちゃんが食べるんだろ?」
「ダイジョウブダイジョウブ! うーんこの肉、油が過ぎるな。そうだ良いこと思いついた。カピカピになって捨てるかクルトンにするかしかない堅いパンの細かいの混ぜて油を吸わそう! よしよし、繋ぎにもなるし、嵩増しにもなって三方良し!」
捏ねてるとタネがもちもちしてきた。
「適当に作ってる割に、旨そうになってくじゃないか?」
後はフライパンで焼くだけ、となった頃、2階で大きな物音がした。
「起きたか?」
「おねーちゃーん!」
半べそをかいたチョコの叫び声が聞こえる。
「どご行っだのお姉ーぢゃん! チョコを一人にしないでぇー!」
「おーいここだここ! チョコちゃんにおいしい――」
クロを認識したチョコは、だだだだだっ! と階段を転がるように駆け下り、90度ターンを決めてクロの鳩尾に頭頂部より突っ込んだ。
「お姉ーぢゃん!」
「ごふっ!」
真空でも放射線の元でも平気な肉体を持つ頑強な宇宙生物であるクロが、鳩尾を決められ呻いた。
「どっかいっちゃいやだー! うわーん!」
チョコはクロの太ももにしがみついて顔を埋めている。……まだ、心の傷は治ってない。
「よ、よしよし。お姉ちゃんはどこにも行ってないよ。お姉ちゃんが見えなくなった時は、チョコのために何かやってる時さ。今、チョコのごちそうを作ってたんだ。お肉だよ」
「あ゛ーん! ……お肉?」
どうにか泣きやんだチョコ。首筋をスリスリ擦りつけながらクロの顔を見上げている。
「ほら、お肉。邪魔すると、いつまでたってもお肉が焼けないよ」
「チョコ、いいこにしてる」
クロの太ももにほっぺをムニムニと上下に擦りつけ甘えだした。
「どれくらいの大きさが良い? これ位かな?」
こね上げたミンチ肉、いわゆるタネを一塊、手に取る。
「もっと大きいの! おっきいのがいい!」
「薄いけど大きいのと、分厚いけどそのぶん小さいのと、どっちがいい? 両方とも同じ重さだよ」
「うすいけど大きいのがいい!」
「じゃこれくらい。次に焼いてる最中に割れないように空気を抜きます」
ペタン!ペタン! と小気味よい音を立て、捏ねた肉をお手玉よろしく両手の間で飛ばして空気を抜く。
「そうこうしている間に、フライパンが温もってきました」
「はやく焼いて! なるべくはやく!」
「あまり早く焼くとフライパンに焦げ付くよ。焦げ付いたら食べるところが少なくなるよ」
「ゆっくり焼いて! なるべくゆっくりはやく焼いて!」
くず部分から削いでおいた獣脂をフライパンに放り込み、油を絞り出す。フライパンに十分すぎるほど油が回った頃合いを見計らって……
ジュワーッッッ
丸めた挽肉を3つ、フライパンに放り込む。良い匂いが調理場中に広がった。
チョコはお鼻をクムクムさせている。
「いいにおい! いいにおい!」
チョコがピョンピョンと跳ねだした。
「チョコ、あんまり跳びはねるとまた眠たくなるよ、お肉が焼ける前に寝てしまうよ」
「うう、動かない。じっとしてる」
よだれを押さえるように口に両手を当てているチョコ。苦悶の表情を浮かべて耐えている。
「はい、片面が焼けたのでひっくり返します。ひっくり返したら、火の通りを見ながら、さらに焼きます。さあ、忍耐だ!」
チョコはじっとしてるが、ふさふさの尻尾が激しく振られている。
「この間に、ソースを作りまーす。何種類かのキノコを微塵切りにして、何種類かの香草をドロッとなるまで微塵切りにして、鍋に入れて、肉のゆで汁とか、婆さんが煮込んでる謎鍋の汁とか、なんかその辺の赤いのとか黄色いのとか臭いのとかを入れます。味は塩で調えます。んんーこんなものかな?」
横で見ていた婆さんが、ソースに指を突っ込んで味見した。
「適当に作ってる割に、なんか、こう、妙においしいね」
婆様に味見させておいて、クロは別の竈で野菜を焼きだした。
そして――
「喜んでください。肉が焼き上がりました」
「やったー!」
「これから盛りつけです。お嬢様は、テーブルでお行儀よくお待ちになってください」
風切り音を立て、調理場を出て行くチョコ。食堂のテーブルの、一番調理場に近いところのテーブルに陣取った。
「はい、おまたせー」
「わーい!」
皿に乗っているのは、いわゆるハンバーグステーキ。皿の脇には、緑の野菜と短冊切りにしたジャガイモも乗っている。
「そしてこのソースをかけます」
挑戦的な、もとい……刺激的な香りのソースがハンバーグにかけられた。
「召し上がれ。フォーク使ってね」
「いたたたまーす!」
フォークを突っ込んでかぶりついた。
「あつっ! おいしい!」
「だろ? ジャガイモと野菜も食べなさいよ。ソースをたっぷりつけるとおいしいから」
口の周りをソースでベタベタにして食べていくチョコ。嬉しそうだ。
「いー匂いだなー。俺たちもそろそろ食べられるのかな?」
匂いにつられ、ぞろぞろと泊まり客(男ばかり)が食堂へやってきた。
クロが厨房から顔を出した。
「座ってくれた人から配膳するよ」
男共はいそいそとテーブルに着いた。
「はい、見たことのないスープ。召し上がれ。透明度抜群だよ!」
「あれ? ジャガイモの青いところしか入ってない。あの子が食べてるのと違う」
「文句があったら金を出しな!」
婆さんが怒りの表情ともに、厨房から顔を出す。
手には包丁が握られていた。
「まあまあ、わたしも作るのに関わったし」
美人が天使のような作り笑顔を浮かべた。
「ならいいや、えへへへへ」
「俺も俺も!」
男共はそれで満足するらしい。クロが関わったのは、婆さんが煮込んだスープをソースの出汁に拝借しただけ。しかも、男共が食するスープには使われていない。婆さんの汗くらいはスープに入ってるかもしれないが。
クロもチョコの向かいに座って、自分用のハンバーグを口に運んだ。
「うむ、なかなかいけてるじゃないか。婆さん、このレシピ買うかい? もっと安く作る方法があるけど」
「現物を見てからにするよ。試作品の材料はあんた持ちだよ」
婆さんは一筋縄でいかない人だった。
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