第22話 準備中
クロは、宿へ帰る道すがら手持ちの金額を副脳にチェックさせた。
短期間で2回の攻略に成功したのが大きい。下手なサラリーマンの年収といい勝負してる。そこから仕入れた防具や武器、宿代、食料品や日常品を差し引いても、残高はなかなかである。なかなかなリッチガールだ。
第3回目、攻略者の資格を得てから2回目の攻略は、多少時間をかけても良かろう。
「チョコちゃん、このまま市場へ行って宿のゴハンと魔界のゴハンを買ってしまおう。何か食べたいものある?」
「肉! ハム! ソーセージ! チーズ! えーっとえーっと、甘いお菓子!」
「キュウリ以外の野菜もとろうね。お菓子は魔界に持って行けないな。宿で食べるようにしよう」
「わーい!」
「じゃあ、4、5日分の食料を買い込むか?」
いやまてよ。
クロは考える。
チョコは5歳児だが、栄養失調が過ぎていたから、発育状態は3歳児相当。次の攻略が済んでからゆっくり休養をとろうと予定していたが、案外限界が近いかも。
だとすると、初回は攻略を目的とせず、1泊2日で帰る予定にした方がいい。レニー君と競ってる訳じゃないし。あいつ要領悪いから勝手に自滅するだろうし。
予定は1泊2日。行けるところまで行って、時間切れで帰る。食料は念のため3日分。コンロの代わりになる魔道具があるらしいので、それを買い求める。
温かいゴハンは何よりだ。それでいこう!
1人脳内会が終了した。
クロとチョコは仲良く手を繋いで市場へ向かう。
市場にはいろんな食材が溢れていた。一般家庭向け、料理屋向け、そして攻略者向けと多種多様に上る。
クロの所持金はそこそこの額だ。だが、彼女の性質は貧乏性だった。どうしても安い値に目がいってしまう。
「宿の晩ゴハン用に豚肉買おうと思ってたけど、そこの細切れになったくず肉の安いのと、鳥肉もくず肉で安いのがあったからそれも買おう。魔界用はどれがいいかな? チョコちゃん」
「あのハムがいい! それとあのソーセージ!」
「それ凄いお高いヤツだから、こっちの安いのにしよう。なに、味は大して変わらない」
宇宙生物たるクロは、必ずしも口で食事をする必要のない体の造りとなっている。口からも栄養は摂取できますよ、といったオプション扱いだ。よって味覚はさほど発達していない。
烏骨鶏卵と1パック100円のタマゴの味の違いが分からない。いわゆるバカ舌である。
まだ幼く、貧素な食生活だったチョコも似たようなもんだ。
もっとも、魔界へソーセージだとかハムだとか、この世界ではお高すぎる価格帯に位置する食材を持ち込む者は希だ。というか、騎士でも持ち込まない。カチカチのパン、ビスケット、干し肉、乾燥野菜は贅沢の部類にはいる。
「ハムとソーセージにベーコン、堅いパンも買っておこう。よしよしこんなもんだろう」
多少の値切り交渉だけで、あっさりと買っていくクロとチョコは、市場の中で目立つ存在となる。
「次は、魔法関係」
魔法関連の道具屋は、市場の隣に集まっている。
前回、ジャンナの記憶を元に水の魔性石を販売している魔法道具屋を探し出した。そこそこ良心的な店だった。
店主は怪しい魔女風の装い。なぜそんな格好をしているのかと聞いたところ、返ってきた答えが「雰囲気」だった。この格好にしてから売り上げが2割上がったらしい。
今回も水魔性石をいくつか買った。それと、コンロになる魔法道具はないかと尋ねてみた。
「あるよ」
出てきたのは、日本料理店でよく見る固体燃料を使った小型七輪そっくりの魔道具だった。
固形燃料に相当する火の魔性石とやらにナイフでざっくり傷を付け、漏れだしたガスに着火させると青い炎が吹き上がる。一度に砕くと空気と反応しすぎて爆発するから要注意とのお言葉を頂いた。
……中身メタンハイドレートだ、これ。
持続時間は30分から40分。5分でお湯が沸くそうだが本当か? 七輪込みのお値段は、学生が一月で稼げるバイト代ほどだった。
かなりお高いが、七輪は使い回しできるし、持ち運びに便利だったので、喜んで買った。なお、五徳をサービスでつけてもらった。
これで、魔界の中で温かい食べ物が食べられる。魔道具はお高いが便利だ。
「……これって便利だと思ったけど、よく考えれば、地球の方が優れているよね」
カセットコンロは火の魔道具より軽くて安くて長時間使用できる。
着火用の火打ち石はあるが、ガスがない。あっても安全に閉じこめておく技術と材料がない。まさか、重たい薪を背負って魔界へ潜る馬鹿はおるまい。
だから、魔界で調理用の火は使えない。堅い食材をしゃぶってかみ砕いて飲み込むか、いいとこ水でふやかすかのどちらか。
幸い、水は10分の1に凝縮して持ち込める。
ポーターを雇う金持ちの攻略者もいる。
ただし、床が車輪に優しくないので荷車が使えない。車輪が砂利に埋まって前に進まない。背負子に頼るしかない。
持ち込む量は限られる上、魔獣からポーターを守らねばならぬので、どうしても大がかりとなる。大がかりになればなるほど、実入りが少なくなる。そして、1チーム12人までとしたギルドの縛りがある。戦闘要員に割けるだけ割きたいのが本音。
運送要員は1人。多くて2人が限界だろう。
ただし、国営である迷宮騎士だけが物量作戦をとれる。利権によりギルドの縛りがない。だいいち、そうしないと大魔界は攻略できない。攻略が滞ると魔宮はどんどん成長していく。やがては世界を飲み込む。……かも知れない。
だれもが己の利権のため、あるいは目の前のにぶら下がっている金のため目を逸らしているが、アリバドーラの迷宮は少しずつ成長している。魔界攻略が僅かであるが成長に追いついていないのだ。
戦費と戦力を集中し、一気に攻略をすればという声も上がるが、そこは各立場の方々の思惑により、いつものごとく有耶無耶にされる。
魔宮が無くなったら、同時に巨大な収益も無くなる。魔宮を利する権力者にとって、将来より目先の利益利権が大事だということであろうか。
「こんな所かな?」
リストに載せた買い物は済んだ。
帰り際に、ふと思い出したことがあって店主に聞いてみた。
「アルコール消毒薬はあるかい?」
「あるよ」
蒸留酒から造ったらしい。そこそお高い。特級酒より高い。
ためしに、一番小さい入れ物で買った。チョコちゃん用だ。
「こりゃ発火するね」
純度は現代日本物に近しかった。
遅めのお昼ゴハンをいつものように屋台の肉系料理で済ます。腹がこなれるまで休憩タイムに入る。
クロは空を見上げ、魔素と式神の件で仮説をまとめている。チョコは、足下で行列をなす蟻の行方を一生懸命観察している。
しばらくして気がつくと、チョコの燃料が切れていた。
下がってくる瞼を気力で持ち上げているが、今のところ眠気が優勢である。やがて、目を開けたままうつらうつらと船をこぎ出した。
獣人の村から、アリバドーラの町への旅。間を置かず、迷宮攻略、そして買い物。幼い子供の体力で、ついてきたチョコはがんばった。がんばってしまうのだ。
ここは、大人であるクロが気をつけてやらねばならぬところ。それは、チョコと一緒に攻略者を仕事とするクロの義務である。
「宿へ帰ろう」
「うん」
元気がない。立ち上がるのもおっくうそうだ。耳が萎れ、尻尾が垂れて地面を引きずっている。
「仕方ないね。ほら、肩車しよう、手を伸ばして」
満載のバックパックを背負っているので、チョコを乗せるところと言えば、バックパックの上しかない。
チョコは無言で手を伸ばす。クロはチョコの小さな手を掴み「それ」っと放り投げるように引っ張り上げ、肩に乗せる。
「しっかり掴んでるんだよ」
無言のまま、チョコが頷く気配。
「大丈夫かなこれ?」
頭をグラグラさせているチョコのバランスをとりながら歩くのが難しい。
子供の頃、手のひらに傘を立たせてバランスをとる遊びをよくやったよな、とか考えながら宿へ急いだ。
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