第21話 魔界攻略申し込み第2回目


「でもって、レニー君とその眷属の皆さん。なんでいっしょに歩いてるのかな?」

「うるせぇー! 目的地が一緒なんだろうよ! ギルドだろ? 俺たちは次の魔界攻略届け出だ!」


 クロとチョコの後をレニーとその先輩4人が歩いている。

 一度別れの言葉を口にしたのに、同じ方向へ歩いていた。大変気まずい。

 チームメイトに皆さんは、眷属呼ばわりされてムカッときていたが、レニーが異常なまでにクロへ突っかかっているので、逆に冷めてしまったようだ。諫める側に回っている。


「男の子は女の子のお尻に付いて来なければならないとかいった風習が君たちの里にあると思っていたよ。どこから来たの?」

「俺たちの村にそんな破廉恥な風習はないッ! メルル村だよ!」

「メルル……ずいぶんメルヘンチックな村だね。爪弾きにされていた村の腕自慢が村を出たってストーリーかな?」

「うるせぇ! 村じゃ三男とかだと生き辛いんだ! ……クロはどこの出身だよ?」

「ほほぅ、上手に女の子の過去を聞いてくるね」

「どこが!」

「アキツシマって大きめの島国だ。そこの年収500万セスタの家の娘をやってた」

「500万……しれっと生まれを自慢すんな!」

 この世界だと高級官僚か大商人の年収に相当する。


「レニー君、いくつになるんだい?」

「あ、う、もうすぐ17だよ!」

 そこは素直に答えるレニー。相変わらず血圧は高い。

「この世界で16で童貞か。辛いね」

「うるせぇー! 今度童貞っつたら斬る!」

「わたしは18だ。お姉さんだね」

 剣に手をかけるレニーを仲間達が笑顔で押さえている。


「わたしの里だったら良かったのにね。16まで童貞を守った男の子は、どんな女性でも一人、一度だけ抱くことができるんだ。もちろん女子に拒否権はない」

「……クロの里はどこら辺に?」

「この大陸じゃないなー。ああ、懐かしい。里の口うるさい女どもはわたしの事を童貞キラーと蔑んでいたっけ」

 遠い目をするクロ。お芝居だ。口が凄く悪い形に歪んでいる。


 レニーとその仲間達は足を止めた。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、クロの体のラインを目に焼き付けていた。

 クロと女神を見間違えたのかもしれない。


「ねえねえクロ姉ちゃん、どうていきらーってなに?」

 チョコがクロの服を持ってチョンチョンと引っ張っている。

「童貞という食べ物を好んで啄むステキな大人の女の人の事だよ」

「チョコ、大きくなったらどうていきらーになる!」

「だから変な事教えちゃだめだって!」

 レニーと仲間達の血圧は上がりっぱなしだった。



 して、攻略者ギルド。


「さてさて、次はどれにしようかな?」

 攻略者ギルドの攻略依頼掲示板前にて。

 チョコは腕を組んで背伸びをして、3番難度の掲示板を睨んでいる。

 クロも掲示板を睨んでいるが、1番難度が張り出された掲示板である。ちなみに、1番が最も難易度の低い魔界レベル。数が大きくなるにつれ難易度が上がる。チョコが見ている3番となると、魔界騎士団の攻略対象魔界だ。


 ふと、近くをうろうろしているレニーに気づいた。

「おっと、レニー君達は攻略の続きだったっけ? 怪我しないように気をつけたまえ」

「うるせぇー! 今に見てろ! チャチャっと攻略して、スパっとクロ追い抜いてやる!」

「魔界で逸(はや)ると死ぬよ。わたしの肉体(にくたい)の事など考えずにゆっくり攻めたまえ」

「攻略前にクロを斬り殺してやる!」

 また腰の剣に手をかけるレニー。仲間達は苦笑いしながらレニーを押さえている。


 そこへ、ザラスがやってきた。

「誰が大声で騒いでるんだと思って来てみたら、またお前らか、レニーとクロ。ちったぁ俺の顔も考えてくれ!」

「だって! ザラスさん聞いてくださいよ!」

「わかったわかった! お前ぇら、もちっと仲良くできねぇのか?」

「わたしに喧嘩する理由はないよ。レニー君がわたしのことを嫌ってるようだ」

 クロはひょいと肩をすくめた。

「レニー君ってわたしのタイプなんだけどな。残念だよ」

「え? ほんと?」

「レニー。何度騙されれば気が済むんだ。嘘に決まってるだろが! この性悪女め!」

「わたしのどこが信じられないというのかい?」

 クロは目を細め、口角をつり上げて笑っている。すげー悪い顔だ。

「ほらな」

 ザラスはクロの性格を掴みつつあった。一方、レニーは歯ぎしりがひどい。

 

「童貞捨てたくなったらいつでも声をかけてくれたまえ。それじゃ、健闘を祈る」

「レニー君ばいばーい!」

 クロはチョコの手を引いて、1番何度の掲示板の前に出て行く。

 笑いをかみ殺してやりとりを聞いていた攻略者達は、進んで場所を空けてくれた。


「おやおや、γのウシの1の38番がまだ空いてるようだ。これにしよう」

 依頼票を勢いよく引っぺがした。

 簡易説明欄には鉱物系と書かれている。前々からクロが研究目的に必要としていた対象だ。クロが唱える説、魔獣=式神説の検証である。これは早期に解決しておきたい問題だった。魔素の実態解明へのアプローチの一つだ。


「いくよ、チョコ!」

「あ、まってお姉ちゃん!」

 すたすたと歩くクロ。慌てて後に続くチョコ。

 並ぶのは3番窓口。こないだの受付係員が座っていた。 

 列の最後尾に、すっごく悪い笑顔を浮かべて並ぶ。係員と何度か目が合ったが、都度反らされた。


 さて、順番は回り、クロ達の番となる。

「やあ! 先日はどうも。適正な情報を頂いたお陰で無事に帰ってこられたよ。聞いておくれ。今度は初めて自分が初めて選んだ初めての魔界なんだ。初めての前回同様、親切丁寧な対応を期待してるよ」

 悪い笑顔から爽やかな笑顔に切り替えるクロ。そうやって係員の反応を楽しんでいる。罪を暴くことが正義と限らない。あえて罪を暴かない事で、罪の重さを問うこともできるのだ。


「は、はい、γのウシの1の38番は、詳細欄に書かれているように、えー、鉱物系魔獣の魔界です。レベルは初級。えー、片道1日から2日を想定しています。えー、それから――」

 係員は緊張しながらも大変詳しく説明してくれた。

 説明が終わり、攻略依頼遂行の意志を告げ、予約料を支払い、正式に魔界占有契約を結ぶ。

「チーム名、ブラックチョコレートと、代表者はクロ、と」

「で、では、魔界攻略スタート日はいつになさいますか?」

 スタートの日が契約発動の日となる。それまでは予約だ。予約有効期間は5日間。相当の理由無くこれを超えると、予約がキャンセルされ、予約料は戻ってこない。へたすると違約金が発生する。


「滅多にないことなのですが、3日後は魔宮への立ち入りを制限させていただいております。魔界から出る方に関しては制限なしですが」

「へぇ! なんで?」

「ご存じありませんでしたか? 勇者様が魔界攻略に手を貸してくださるのです。その実行日が3日後なのです!」

「いたんだ勇者!」

 クロらしくない。ポカンとだらしなく口を開いていた。


「クロさんは運が良い。つい先ほど情報が解禁されたばかりですよ。実のところ、騎士の大隊でも攻略に手こずる大魔界がありまして、その攻略にさっそうと名乗りを上げてくださったうんぬんかんぬん――」

 ほほを赤らめ、ベラベラとしゃべりまくる受付係員。ちなみに受付は若い男である。男が男に惚れるとよく聞く話だが、この子、相当勇者に入れ込んでいる。

「――ということがありまして、勇者様は俺たちの英雄なんです! 憧れなんです! 俺、勇者様のためなら死んでもいい!」

「一人称が俺になってるよ。勇者様のお話は拝聴いたしました。あなたのお仕事である魔界攻略の受付に戻っていただいてくれると、勇者様もきっと喜ばれますよ。何を隠そうわたしも勇者様のファンでね」

「コホン! 私と致しましたところが。とんだ失礼を」

 受付係員が正気に戻った。

 ここで彼に勇者の情報を求めたら、親切丁寧懇切に教えてくれるだろう。だが、日が暮れるまで話が長引くのも既定事実です。勇者の件は他の誰かに聞こう。


「では、魔界攻略はいつを予定なさいますか?」

「明後日の午前中で」

「あ、明後日? 早すぎませんか? クロさんは昨日魔界からお帰りになったばかりでは?」


 係員が驚いていた。普通、魔界を一つ攻略した攻略者は、早くても半月、普通1ヶ月を休養と治療、装備の補填に当てる。あと、酒や女で遊ぶ。

 事実、アリバドーラの町は酒を飲ましてくれる店と、性を商品化している店がそれこそ山のようにある。男を商品化している店もある。命をかけて魔界から戻った攻略者達は、気が荒ぶったまま金を使いまくる。

 だから、クロのようなペースで潜る攻略者はいない。頭がおかしい人扱いにされる。

 クロとて、ハイペースで働く気はない。無機質の魔界の謎を一刻も解き明かしたい。研究したいという欲に駆られてのことだ。


「次、生きて帰ってこれたら、のんびりするさ。あ、これ死亡フラグだね。生きて帰ってこれるかな? クスクスクス」

 口に手を当て、細かく笑った。

 じゃ、あとはよろしく。と受付を離れる。


「チョコちゃんの年齢的、体力的、健康的ペースもあるし、次の攻略が済んだらしばらく休暇を楽しもう」

「チョコは大丈夫だよ! まいにち潜っててもだいじょうぶだよ!」

 どうも……チョコは虐げられていた生活から、まだ抜け出てこれないようだ。これは時間と経験を積み重ねる事でしか解決できない病気だ。


「はっはっはっ! チョコは働き者で偉いねぇ。休暇はわたしの我が儘さ。チョコはわたしに付き合ってもらってるだけだよ」

 クロの仕事はチョコに負担がかからぬようフォローすることだ。

「でもいつでも言ってね。チョコはお姉ちゃんの役にたちたいの!」

「頼りにしてるよ、相棒!」

 お互いグーを出してチョンとする。それが嬉しいのか楽しいのか、チョコは上機嫌だ。


 クロと繋いだ手を引っ張って先に歩き出す。

 


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