第20話 レニー君
さて、クロとチョコは屋台が並ぶ大通りに向かって歩いていた。
「ジュース飲んで、ギルド行って、お昼ご飯買って、宿へ帰ってから食べようね。あの婆さんの宿、いつまで保つかな?」
「ねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんはどこに住んでいたの?」
チョコが「宿」というワードに反応したらしい。
「うーん、高い塔の上の方かな?」
高層マンションの上層階の事である。
「兵隊さんのいるところ?」
城か何かを想像しているようだ。
「セキュリティといっても分からないよね。そういえば――、」
クロが思い出に浸るかのように遠い目をした。
「如何にして見張りの目をかいくぐり、出入りするかに凝っていた時期があったっけ?」
「おもしろそう!」
「だろ? でもすぐ飽きたんだよなこれが」
当たり障りなかろうと思われることだけを話していると、目的の大通りにでた。
さっそく美味しそうなジュースを並べている屋台に寄る。なんか、果汁を水で割ってるらしい。
「チョコはどれがいい?」
「あの金いろの! すきとおった金いろのがいい!」
林檎果汁を薄めているっぽい。イドゥンの育てた黄金の林檎は不老の神果というが……、
「食べなきゃ神でも年をとる、っと来たもんだ。その金色の、いくらだい?」
クロは、腰にぶら下げた真新しい斧を撫でながら店主に聞いた。
「ヘ、へい、一杯10セスタです」
「なんだい、定価じゃないか? もう少しブッて来ると思ったのに」
屋台の男は及び腰になってる。愛想笑いを浮かべた。
「い、いやですよお客さん。うちは新鋭の攻略者さんに親切な店で通ってるんですよ」
どうやら、クロの名が悪い形で流れているようだ。チョコへの差別をカバーして余る程に。
「強いは正義かい? ならついでにクロさんは恋人を募集してるって噂も流しておいてくれないかな? 2杯おくれ。はい20セスタ」
「ま、まいどありぃー!」
ジュースは木のカップに入れられて客に渡される。その場で飲み干して、店にカップを返すシステムだ。容器を持ってくれば量り売りもしてくれると言っていた。……こんど10Lのバケツを持ってきてやろう。
「んくんくんく!」
喉が渇いていたのだろう。チョコは一気に飲み干した。カップがチョコに噛みついてる様な絵面だ。
「そういえば、暖かくなってきたなぁ」
まだ朝晩は冷え込むから厚着が必要だが、日が昇ってしまえば暑いくらいだ。だいいち、空気が暖かい。
「暖かくなると変なの湧いてくるって言うし-。ギルド行ったら嫌な予感しかしないし」
「クロ姉ちゃん、おしっこ!」
チョコがお股を抑えてもじもじしている。
「ああ、ちょっと待ちたまえ!」
クロを小脇に抱えたクロは、人気の無い路地を探して飛び込んだのだった。
「あっあっあっ!」
チョコは跳ねポンポンしてカボチャパンツを下ろしてしゃがみ込んだ。
チョコが致している間、クロは見張りに立った。乙女の嗜みである。
「こんな薄暗い路地を好きこのんで歩く馬鹿はいないだろうがね」
「あっ! そこにいるのはクロ!」
「いたよ馬鹿が」
レニーとその先輩方だった。
「馬鹿とはなんだコノヤロー! お前こそこんな所で何してるんだ!」
「チョコがお花摘みしてるんでね。わたしはその警護さ。ほら」
クロが除けてみせる。チョコのお尻がふさふさ尻尾の下から顔を出していた。
「よもや幼子に欲情するとは。お姉さんは悲しいやら情けないやら」
「ばっ! ばっきゃろー! 見せんじゃねぇ!」
「無理しないでいいよ、童貞君。大人の女性じゃ相手にされなくて幼女に手を出そうとする拗らせた性癖は不衛生な童貞に良く見られる病気だ。理解者であるわたしに気遣いしないでくれたまえ」
「ちげーよ! 童貞童貞言うな! お前も処女だろーが!」
「おまえ『も』? あれ? 仲間扱いって事は、キミ本当に童貞だったのかい?」
薄暗がりの路地でもはっきり分かるほど、レニーの顔は真っ赤になっていた。
「おっ、くっ、クロはどうなんだよッ!」
白状したよこの少年。
「初体験が父親で、二人目はそこそこのイケメン。こいつがまた優しすぎる男で――」
「うるせーっ! うるせっ、うるせーっ! はぁはぁはぁ……」
これが本当の話だったら、なかなかにハードな人生経験である。とてもじゃないが、レニーじゃ太刀打ち出来ない。
「話戻すが、童貞……もとい、レニー君。君なんでこんなとこ歩いてるのさ?」
「はぁはぁ……怪我の治療だよ! この先に腕の良い医者がいるんだ、ほら怪我もこの通り!」
包帯で覆っていた額の怪我を見せる。瘡蓋が貼っていた。もう治ったも同然だ。
同様に怪我の酷かった先輩方も怪我が治りつつあるようだ。
昨日の今日でここまで怪我が治るものか? クロは小首を傾げた。魔素由来の治療法が存在するのだろうか? 新陳代謝を早める治療法は寿命だとか癌化だとか、いろいろと問題ありそうだが……。
この世界でそんなことに拘る人は居ないか……。
消毒用アルコールといい、治りが早い治療薬といい、この世界は歪だ。全部、魔素由来?
「あまり顔に傷を負わないほうがいい」
新陳代謝を早める方法だと皮膚が引き攣れるケースがままある。
「クロが俺を心配する理由なんか無いだろ!」
「あるよ。君の顔がわたしの好みなんでね」
「うぐぅ!」
「おねーちゃん、おしっこ終わったよ」
「よしよし、それじゃ行こうか。レニー君またねッ!」
「お兄ちゃん、ばいばーい!」
意味ありげな笑顔(意図的)を浮かべ、可愛く(あざとく)手を振って別れた。
「うっ、おっ!」
さっきから吃音しか発してないレニー君の肩を、年の近い先輩がポンと叩いた。
「止めとけって。お前じゃクロに勝てないって」
ぐうの音も出ず背けた顔は、真っ赤に染まったままだった。
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