第19話 攻略後日談


 攻略を終えた翌日の朝。

 クロとチョコは、こないだの武器屋にいた。


「そうそう、簾禿のグルブラン武器店」

「店の名前くらい覚えとけ! それと簾禿ってなんだ!」


 簾禿の親爺が怒っていた。クロが見目麗しき女性でなければ蹴り出されていたところだ。クロも自分の見かけを理解しているから、ギリギリの憎まれ口をたたくのだ。質(タチ)が悪い。

 そしてクロの普段着姿は悪くない。


「お前、クロ、魔界を2日で攻略したんだってな? 噂になってるぜ」

「初心者用の魔界だったしね。わざわざ騎士アレッジ様に御推薦をいただいた魔界だったし。簡単だったよ。さすが騎士隊長様々だね」

「……おまえ、ほんと、……アレッジさんと何かあったろう?」

「聞かない方がいいよ」

 クロの目が蛇のように冷たい。笑っているのだが。

 それを知ってしまうと被害が及ぶ。そういう事か。


「単に息子さんを助けられなかった事による逆恨みだし」

「言ってんじゃん! 俺聞いちまったじゃん!」


「まあ、わたしが駆けつけたときは既にバラバラになってたし」

「完全に逆恨みじゃん! 真相を聞かしてくれるなよ!」


「そういうことで、斧の研ぎを依頼します」

「チッ! 貸せ!」

 親爺さんは、手に取ると斧の刃に指を這わせて確かめていた。

「ボコボコじゃないか! いったい、何匹斬ったんだ?」

「いちいち数えてないよ」

「例え話だコノヤロウ! ……岩や壁にはぶつけてない? 振りが骨まで届いている? 柄に負荷は掛かってない? 斧がクロに負けてるってか?」

 刃を見ただけでクロの戦い方が分かるらしい。簾の親爺さんは顎に手を置いてブツブツ呟いている。自分の世界に浸かった技術者は後が怖い。


「なあ、クロ」

「なんだい親爺さん?」

 親爺さんが改まってクロに向き合った。

「俺の店は良い品揃えをしていると思う。だが最高級の品を在庫してるかというとそうじゃない。上には上の店がある。でも将来性を買って他店は紹介したくない。いや、言いたいのはそこじゃない!」

 クロは珍しい物を見る目をして親爺さんを見ている。

「もう一格上の斧に買い換えないか?」

「そこまでの資金は無い。研ぎ直してくれるだけでいいさ」

「これを下取りに出して、これくらいの出費でどうだ?」

 提示された金額は大変魅力的な数値であった。

「話を進めようではないか!」

「そうこなくちゃ!」

 親爺さんはいそいそと奥の間に引っ込んでいった。


 早速、チョコがウロウロし出す。小僧君がハラハラしながら後を追っている。ここは刃物だらけだからね。

 その小僧君をクロがからかい始めたら親爺さんが戻ってきた。

「まだ伏線しか張ってないのに」

 おもちゃを取り上げられたクロは、ほほを膨らました。

「フレンをからかってやるな」

「フレン君か? 何処かで聞いた名前だね? そういえば昔、どこかで会ったことないか?」

「え? クロさんってこないだまでこの町にいなかったんでしょ? 会ったことないですよ」

 フレン君、見た目美人のクロと会話ができて喜んでいる。

 クロがぽんと手を打つ。

「ああ、夢で会ったんだ!」

 クロは意図的に悪い笑みを浮かべている。 

「え!?」

 フラン君の顔がホオズキのように赤くなった。


「馬鹿! フラン! お前からかわれてるんだよ! こいつ性悪女だ!」

「ねえねえねえ、クロ姉ちゃん、しょうわるおんなってなに?」

 チョコがツンツンとクロの袖を引っ張っている。

「大人の女の人で、いい女って意味だよ」

「チョコもおとなのおんなになったら、しょうわるおんなになる!」

「子どもが変なこと憶えちまったじゃないか!」

「あれ? そもそも、わたし何の為にこの店に来たんだっけ?」


「斧だよ斧! ほら、これ持ってみろ!」

 親爺がクロに両手で持った戦斧を放り投げた。片手で軽くキャッチ。手の中で戦斧はピクリとも動かない。


「その細腕のどこにそんな馬鹿力が?」

「……わたしは、一族の中で最も貧弱な者。技術はそうとも限らないけど、ウフフフ」

 親爺さんを煙に巻いてから戦斧の刃を見る。形状は先の物と似ている。片刃が小さい両刃斧だ。

 やや重いだけ。ヘッドの重量バランスが取れている。しかし、刃部分が醸し出す雰囲気が違っていた。

「前より斬れそうだ」

「だろ? 鉄の質が前とは段違い……いや、斧は断ち切る武器だから。剣みたいに斬っちゃいけない。……剣みたいな使い方してたのか?」

「まさか」

 頭部に重量を集中させた武器としての取り回しを即興で演舞してみせる。サマにはなっていた。


「剣の方が良くないか?」

 それだけの技術があり、腕力に優れているなら剣を使うべきだ。親爺さんはそう言いたいのだ。

「剣はお高いからね。わたしのような軽量級貧乏冒険者は斧で十分だね」

「剣に変えたきゃいつでも声をかけてくれ。そいつは研いであるから、このまま持って帰っていいぞ」

「ああ、ありがとう。そうそう、そこの安物の盾ももらえるかな?」

「皮を張っただけの安物だぞ? 魔獣の爪は防げないよ。いいとこ血飛沫を防げるくらいだ。あと軽いところ」

「それで充分。また来るよ」

 隠し持った財布からピカピカのコインを白い指先でつまみだし、親爺さんに払う。


 帰りを察知したのだろう。チョコが飛んできて、クロの腰にしがみついた。

「さて、チョコちゃん。疲れてないかい? このまま攻略者ギルドへ行って次の予約をとりたいのだが」

「うーんとね、チョコ、喉渇いた」

「よーし、休憩がてらジュース飲んでからギルドに行こうか?」

「わーい! チョコね、チョコね、黄色のがいい!」

「よしよし」

 二人は仲良く手を繋いで武器屋を後にした。


 それを見送るグルブラン武器店店長ラルス・ブルグラン。腕を組んで唸っている。

 そこへフランが後ろから声をかけてきた。

「大将、あの斧は一番高い奴じゃないっスか? あんな金額じゃ赤字でしょう?」

 ラルスは芝居がかったため息を一つついてから、にっこり笑った。

「一つ教えてやろうフラン。これは先行投資と呼ばれて、商売の中でも高等な部類に属するテクニックだ。このままだとクロは、悔しいが、超一流になってしまう。性悪クロ様御用達の店が、安くて品揃え豊富なグルブラン武器屋だ。客足が絶えぬ店になるぞ」

「あの人がそこまで出世しますか?」

「あの細腕であの腕力は異常だ。おまけに1泊2日攻略。何か秘密があるはず。一族とかなんとか言ってたし。まともな人間じゃねぜ!」

「え! じゃあ、遠い国の高貴な血でも流れてるンでしょうか?」

「いや、クロのことだ。流れているのは変な血だ。きっと」

 フランは劇画的細マッチョ戦闘民族の血を想像した。ラルスは二本足の魔獣が、嫌がる美しいお姫様を乱暴狼藉しているシーンを想像していた。


「うーん、クロの為に方針曲げて仕入れるか? あの斧ででも役不足のはず……」

 ラルスは腕を組み替え、顎を弄りだした。

 

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