第15話 初めての魔界
「え? 今日、魔界に潜るって? あんたら攻略者だったのかい?」
「はっはっはっ! わたしを何だと思ってたんだい?」
「性格(タチ)の悪い娼婦」
「はっはっはっ、怒るよ!」
宿に戻ると、女将さんがクロ達の部屋を掃除していた。
「なかなか男が来ないから、てっきり営業が悪いのかと」
「女将さんも言うねぇ。……殺すよ」
そんなこんなで、翌朝。クロはチョコのリクエストでたっぷり肉を使った朝ご飯を作った。すっかり平らげてから、宿を出る。
部屋には何も残さない。今のところ二人の全財産は、二人のバックパックに入る物資しかない。これからもう少し増やすつもりだ。
「あんた、そんな装備で大丈夫かい?」
「ああ、問題ない。さほど難しい魔界じゃないし。一晩、中で泊まって翌日出てくるつもりだよ」
防御力の高い黒鞣し皮でまとめた装備だが、魔界へ入るには心許ない。防具に鉄の一欠片も入ってないからだ。
初心者で貧乏な攻略者の装備と変わりない。チョコに至っては裸足だ。彼女の足に合う靴が存在しないのであるが。
長い髪を三つ編みにし、さらにお団子状に後頭部へまとめた髪。正面から見るクロの髪型はずいぶんと男前だ。
「明日の夜か、明後日の朝には帰るつもりだよ」
「まあ、何回も挑んでゆっくり攻略するが良いさ」
「部屋が空いてたら、泊まってやってもいい」
「生きて帰ってきたら泊めてやるよ! 気ぃつけて行きな!」
「いってきまーす!」
なぜかご機嫌なチョコが手を振る。
「はい行ってらっしゃい!」
クロに対する塩反応とはうって変わり、女将さんは人の良い笑顔でチョコを見送った。
「さて、チョコ君。魔界では君の耳と鼻が頼りだ。奮戦に期待している、頑張ってくれたまえ!」
「チョコにまかせて! チョコは役にたつよ!」
これがご機嫌の原因だ。虐げられて育ったチョコは、自分を見いだしてくれたクロの役に立つのが嬉しくてしかたないのだ。
一方、クロも戸惑っている。ここまで信頼されたことなど、今まで無かった。日頃の行いのせいである。
どう対処して良いのか分からない。とりあえず、求められるまま甘やかすことにしておいた。
手を繋いだ凸凹コンビは魔宮に向かって、すたすたトコトコと歩いて行く。
朝ご飯をお腹いっぱい食べたにもかかわらず、屋台の串肉や果汁ジュースを摘んでいく。いつもの事だ。
魔宮。
見た目は、幾つかの丘が連なった丘陵地帯。
丘の高さは、ギリ大貴族の邸宅が建設可能な程度。ただし建ててしまえば戦いに備える砦と認識され、王宮は何らかの攻撃を開始するだろう。
その広さは、小さな町なら幾つか入る程。
入り口は一つ。人の手にならざりし、巨大な石柱門が攻略者を迎える。未解読の文字らしき文様がみっちりと刻まれている。クロに言わせれば「ウェルカム、こちらは地獄の一丁目、とでも書かれているんだろうさ」ってことだ。
キャラバン用の荷車基準で4車線分程の広さと高さを持つ門。その門には、後付けで人が作った門が添え付けられている。半分の広さに区切った小さな門が幾つも添え付けられている。遊園地の入場門みたいに、攻略者が一列で入場できる造りだ。
残り半分は荷車用のゲートとなっていて、普段は閉じられている。
クロとチョコが並ぶのは、人用の小さなゲート。
朝早くに来たつもりだが、すでに攻略者で賑わっている。
ゲートを守る管理官に受付表を見せ、ついで自分の認識票を見せ、名乗る。管理官は無分別な視線を手元の資料とクロの顔と胸元に浴びせてから、スケベビッチオンナスキーな態度で通れと告げた。
「むふーん、むふーん!」
チョコはゲートに並んでる最中から鼻息が荒い。やる気満々で大変頼もしい。
さて石柱門の中へ、魔宮内部へと足を踏み入れる。
内は、まるで町の大通りだ。
壁は石造り。巨大で立派な教会から装飾を全て剥がし、質実剛健にしたデザイン。
ステンドグラスのような気の利いた明かり取りの窓は無いが、ドームの天井が何かの光を放っており、それなりに明るい。ちなみに、影が幾つも出来ているので光源は一つではないようだ。
広い幅の大きな道が一本、S字を描いて奥へと続いている。
砂利が敷き詰められた大通りは、行進する軍隊がすれ違えるほどの幅を持つ。
大通りが幾本も枝道に分かれていて、角ごとに記号と数字の書かれた標識が立てられている。その記号と数字は魔宮の番地の役割を果たすものだ。
門をくぐってすぐのところに、大きな壁が設えており、魔宮全体の地図が描かれている。親切設計だ。
「えーっと、γのエリアは……、あったあった、左の奥だ。行くぞ、チョコ副隊長!」
「はーい!」
壁際に沿って歩いて行く。
壁には無数の門が埋め込まれている。魔界の入り口だ。明かりが漏れているところと、のっぺりと暗いところ、様々だ。
明かりが付いているところは、中に人が入っていると言うこと。これが突然消えたりしたら、中の人は全滅したと同義である。実に分かりやすい。
「今がこれだから、あれだね、あと5つ向こうっと……、おやおや、これはこれは」
クロが視線を向けた先で、暁の星ザラスがこっち見てる。
「チョコ君は荷物の再点検しておいてくれるかな?」
「はーい!」
チョコはバックパックを降ろし、中に手を突っ込んでゴソゴソしだした。
「これはこれは、女の子二人組みを自分のサークルへ勧誘したのだけれど、怪しまれて避けられた経験がありそうな暁の星のザラス先輩」
「違う! あってるけど違うっ! いや、そんなことで待ってたんじゃねぇ! おまえら、嵌められたぞ!」
「ええっ! いえね、嵌められたことに驚いてるんじゃなくて、先輩が親切な男だったのに驚いたんだ。いや、惚れてしまいそうだ」
「そうか?」
「嘘(うっそ)ー」
「ぐぎぎご!」
ザラスは奥歯を思い切りかみしめて、暴力への衝動を耐えた。
「この魔界は初心者用なのに、中級者でも厄介な代物だって事は知ってるよ。心配は無用にしてくれたまえ」
「クロと話するたび疲れるんだが、俺の気のせいか?」
怒りの次は呆れ。ザラスは、自分の感情をコントロールしきれないでいる。いや、自分が今どのような精神状態にいるのか把握仕切れていないのかも。
「レベルが1なのに3番で未着手の未攻略。同じ未攻略のあそこは12番。少なくとも12番目の魔界が発生する期間があったのに誰も手を付けていない。つまり、不人気な魔界だという事だろ?」
「猿を知ってるのか?」
「ああ――」
「おい! 貴様がクロだな! 獣人村の迷宮を攻略したっていう!」
会話の途中で、金髪の若者に割り込まれた。
「おや君は? たしか……」
「ふふん、俺のこと知ってるのか?」
クロの見かけよりやや幼くて17歳。短く切り詰めた金髪。頬から顎にかけての刀傷。クロが登録にやってきた時、ギルドで暴れて騎士に連行されていったやんちゃな少年だ。
「同年代の女の子と話したことがないけど、勢いで同年代の女の子であるわたしに、なけなしの勇気を振り絞って声をかけようとしたんだけど、気まずかったので思わず喧嘩腰になってしまった童貞少年。ゴメンね、わたし童貞は保護対象者なんだ」
「ちげーしッ! そんなんじゃねーし!」
「顔が真っ赤だね。言葉は恥ずかしさで捻くれてるけど体は正直な少年はお姉さんの大好物だよ。知ってて声をかけてきた?」
「ちげーしッ! 俺はッ! お前と勝負だ!」
「その前に、お姉さんは童貞君の名前が知りたいな」
「お姉さん言うなッ! 同じような年だろッ! 情報は流れてるんだッ! 俺は暁の星所属、攻略者レニー! お前の上を行く男だ!」
「わたしはクロ。よろしくね、魔界攻略童貞のレニー君」
「童貞童貞言うな!」
「わたしチョコだよ。どーてー? くん!」
「見ろ! 子供が変な言葉を覚えちゃったじゃないか!」
「レニー君。お姉さんに話があるんじゃないのかい? お姉さんは君と漫才して今日一日を終わるほど暇じゃないんだ。チョコちゃんのブラッシングもしなけりゃならない」
「俺も暇じゃねぇんだよ! 競争だ! 俺も今日これから魔界に潜るんだ! どちらが先に魔界を攻略するか勝負だ!」
「暁の星が欠員を出して、先に声をかけたわたしに断られて仕方なく2番目に声をかけられたから、実績を残したくてはやる気持ちはわかるが、焦ってはいけない」
「そんなんじゃ、ウガー! 勝負しろ! コノヤロー!」
レニーの先輩と思われる若い攻略者から羽交い締めにされるレニー。足を振り回して暴れている。
苦笑混じりのザラスが割って入った。
「クロも! 傷を付けてから抉ってやるな!」
それから急にまじめな顔になる。
「いいかレニー、よく聞け!」
ちらりとクロにも視線をよこす。
「レニーは夕べ言い聞かせたから覚えているだろう? クロもレニーも両方とも、片道1日の初歩的な魔界だ。1日だからって1日でカタつける必要はない。むしろそんなことするヤツぁ馬鹿だ。腕利きの攻略者は、そこを3週かけて攻略する。いいか? 初日は橋頭堡を築くことに専念しろ。魔物を一度駆逐したら、その場所で2週間か20日の間は再湧出(リポップ)しねぇ。そこをうまく利用するんだ。まず、一つめの魔獣群を完全掃討しろ。そこを基地にして魔界を攻略していくんだ。わかったな!?」
クロは聞いてない。チョコのほっぺをムニムニするのに集中している。
レニーは、そんなクロの嘗めた態度が気に入らないらしく、盛んにガンをとばしている。
「どうしようもねぇな。おいクロ!」
すごい迫力でザラスがクロに詰め寄る。
「おまえが潜る方の魔界のこと、どれだけ知ってるんだ?」
「猿の魔物だろ? 速攻で殺さないと仲間を呼ばれる。呼ばれた仲間は、自分のテリトリーを無視して押しかける。攻略者は、その物量に押しつぶされてしまう。大変面倒くさい。だから、上級攻略者でも敬遠するタイプの魔界だろう?」
ザラスの覆い被さるまでの迫力が、急速に萎んでいく。
「知ってるんなら、対策も練れるだろう。だが、俺のことを勘違いするなよ。初めは確かにメンバーが欲しかったんだ。で、アレッジさんが勧めるから乗らせてもらっただけだ。だがな、俺は新人を嵌めるようなマネが許せねぇ二枚目の優男なんだ! クロが猿の魔界にもぐるってんで、忠告に来たまでだ」
「それはどうも、重ね重ねご親切に。ありがとう」
「ありがとー」
チョコもクロがお礼を言ったので、意味も解らずお礼を言う。
「どういたしまして。じゃなくて! おいクロ! ひと当てしてしくじったらすぐ出てこい。最悪、獣人の子を走らせろ! なんなら、俺たちが攻略を手伝ってやっても良い。馴染みの迷宮医師にも声をかけてる」
ザラスと同じく頼りがいのありそうな戦士が3人揃っている。その後ろで、医者と言えば医者な男が、大きな黒皮の鞄を持って愛想笑いを浮かべていた。ナマズ髭が胡散臭い。
「重ね重ねありがとう。魔界医師はお高いらしいから、お世話にならないよう充分気をつけるよ」
クロはチョコの頭をポンポンと叩いた。
「それでは行ってくる」
「おう! 気をつけてな! 何かあったらすぐ出てくるんだぞ!」
「いってきまーす!」
「童貞君の尻ぬぐいヨロシク」
チョコは手を振りながら、クロはそのチョコの手を引きながら魔界の門をくぐった。
魔界に明かりが灯る。外へ魔素が流れ出る。
門を入ったすぐに道は左へ90度曲がっている。位置的にその先は隣の魔界と重なってしまうのだが……。空間的にあり得ない。魔界がこの世と違う異世界だという説を立証する良いケースだ。
クロとチョコ、二人の姿はすぐにザラスの視界から消えた。
「何かあったらすぐ出てくるんだぞ-! いくら強くても、お前は初心者なんだからなー!」
ザラスの大声が魔宮に響く。
クロとチョコを見送ってから、ザラスはレニーの肩に腕を回した。
「おいレニー」
「なんすか、ザラスさん。俺は負けませんよ! 俺の方が強い!」
「そうじゃねぇよ! 焦んじゃねぇ! お前の方が絶対有利なんだかんな。2人の勝負を認めたわけじゃねぇが、攻略速度を競うってんなら余裕でお前の勝ちだ」
「でしょう! さすが――」
「ばーか! よく聞け。魔界の中は一本道だが、曲がりくねっている。死角死角が続いてる。お前ならどう進む? 今回のお前の作戦は?」
「そ、そりゃ……常に斥候を出しておきます。何十メートルか先に。それだけ本体と間隔を開けていれば、奇襲はない」
「正解だ! 一方、クロはどうだい? あの獣人はちみっこ過ぎて役にたたねぇし、クロにちみっ子を囮にする非情さはねぇ。仮に囮につかうとしても、一回目でおだぶつだ。どっちにしても、クロは自分自身で安全確認しながら前に進むしかねぇ。細切れでしか進めねぇ。つまり、人の倍は遅くなる。精神力だってゴリゴリ削れていく。これが斥候のいねぇ少人数攻略者の辛れぇところだ。分かるな?」
「……なるほど!」
レニーは合点がいったようだ。
「だから、お前が焦る必要はねぇ。逸る気は押さえろ。沈着冷静に、俺の言うとおりに攻略すりゃ問題ねぇ。まず間違いなくお前が勝つ!」
「俺に期待してください!」
レニーは落ち着けたようだ。
「さあ、行ってこい!」
魔界に明かりがともる。魔素があふれ出す。レニー達は魔界に入っていった。
「おいザラスよ、レニーのヤツ大丈夫か?」
ザラスの後ろにいた3人の一人、フランケンシュタインみたいな顔と体の大男だ。
「あの血の気は問題だな。クロの方が使えそうだ」
「ただの生意気な女にしか見えないが? 異国情緒あふれる上玉だけどね」
「ただの生意気な女で済むかな? 頭が切れすぎる。案外やっちまうか、すぐ出てくるかのどちらかだ」
ザラスと仲間の3人の目が、クロが潜った魔界の門へ向いた。
「あーっ!」
叫び声を上げ、チョコが飛び出してきた!
「何があった!」
武器を引き抜くザラスと3人の仲間達!
「荷物わすれたのー。よっこらしょー!」
バックパックを背負うチョコ。
シタタタタと足音を立て、チョコは魔界へ走っていった。
「……真面目にやってくれよ、もうー!」
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