第14話 攻略者ギルド、攻略申し込み
攻略者ギルド、攻略申し込み
攻略者ギルド。それは魔宮都市アリバドーラの大魔宮を一括管理する施設。
魔宮産材料の価値は高い。そしてこの世界は魔宮より上がる様々な原料により成り立っている。
現世の油田や各種鉱山に相当すると思っていただいて結構。
とうぜん、魔宮より上がる利益は莫大なものとなる。その利権を巡り、過去に熾烈な争いがあった。
紆余曲折、妖怪変化が跳梁跋扈し、百鬼が夜行した政争を戦い抜き、落ち着いた先が半官制ギルドである。
アリバドーラの攻略者ギルドは王宮の直轄下にあるのだ。
だが、システムの運用は民間企業である攻略者ギルドが仕切る。運営ノウハウは攻略者ギルドしか持たない。故に、仕切りの自由度は高い。先達達の、それこそ文字通り血と汗と肉片の結晶だ。
利権を持つ者は国の王である。魔宮の利権を持つが故に王ともいえる。ここ、大事なところである。
これだけ利益を上げ、かつ、政治や社会に大影響を与える利権を逃す支配者は無能である。誰も付いてこない。
王を名乗る者である以上、魔宮の利権は絶対である。利権を手にできなければ滅亡あるのみ。利権のためならなりふり構わない。利権を手放すぐらいなら、アリバドーラを道連れに滅ぶ所存!
して――、
王は魔宮の利権を得た代償に、実質的管理者である攻略者ギルドと攻略者を守る義務を持たされた。
さて、魔宮であるが――、
ちなみに、見た目の存在として、アリバドーラの魔宮は、ドーム球場10個分ほどのなだらかな丘陵である。
その丘陵の内部に大空間が開けており、そこに大小様々、数限りない門が口を開けているのだ。その門の中が魔宮の本体、「魔界」である。
つまり、「魔宮」が集合体であり母胎であるのに対し、「魔界」は個々の、いわば坑道をさす。
攻略者達は、己のレベルに応じた「魔界」を攻略するのだ。
クロが潰した獣人の里魔宮は、生まれたばかりだった。成長前なので一本しか魔界が存在しない。
魔宮内部で「魔界」は次々に生まれていく。「魔界」の数が増えれば、「魔宮」も大きくなる。やがては、アリバドーラのような大魔宮へと成長する。
魔宮と魔界。それは生まれては消える存在。まるでニキビのような、あるいは大地にできる腫瘍のような、または消えない台風。そんな存在である。
王宮は魔宮攻略の専門職業として「魔宮騎士団」を組織した。
この騎士とは、騎馬兵力のことではない。武装して騎乗することを許された、選ばれし戦士である。また特別な階級を構成している。
魔界騎士団だけが攻略可能な大魔界でのみ、馬が運用できるスペースがあるのも理由の一つ。
ちなみに、騎士未満の身分が武装して騎乗することは、法により禁止されている。刑罰はだいたい死刑。
さて、この魔宮騎士団。ヨーロッパで呼ばれるところの騎士というより、日本の武士の方が性格的に近いだろう。
大型の魔界、つまり大魔界は、魔宮騎士が専属で攻略していく。大魔界である以上、内包する魔獣の強さ、多様さ、魔宮の広大さは中・小魔界のそれを大きく凌駕する。強さ、装備、練度、団結力等々、戦いに必要なあらゆる要素を持ちあわせるエリート戦士でなければ魔宮騎士になれない。
ちなみに、ジャンナが所属する巡回騎士は、王国各地を回り、新たな魔宮の誕生を察知、できうる限り迅速にこれを潰すのが役割である。
中・小魔界を攻略するのは騎士の仕事ではない。じつのところ、魔界騎士団は地方の巡回と魔宮の警備、そして本命の大魔界攻略だけで手一杯。人材不足で細かいところまで手が回らない。
そこで、細かいところは騎士の資格を持たぬ、有象無象の者達に任せられることとなる。
ここを受け持つのが「攻略者」と呼ばれるヤクザ者どもである。
さて、攻略者ギルドにて。
攻略依頼掲示板の前にクロとチョコが立っていた。
「見方はだいたいカンで分かるのだが、さてはて、どこを狙おうか? 初めてだから小魔界狙いの……種別は無機・鉱物系が第一希望だが。さてさて……」
魔界の中に無機・鉱物系があると聞く。そこで湧出(ポップ)する魔獣の体を構成するのはタンパク質とカルシウムではなく、石だの金属だのといった、非生物型魔獣である。
どうやったら無機質が動物のように歩いたり走ったりするのか? 無機質である斧を式神にして、意識を持たせたという経緯を持つクロとしては、魔素と無機質の繋がりにおける意志の発生という課題を研究したい。
彼女の本質は不可思議の現象を探求し、まだ見ぬ知識を得ようとする研究者である。これは彼女の種族独特の宿痾的な性格だから仕方ないのである。
よって、噂に聞く鉱物系魔獣が発生する魔界を探していた。無機質が動物のように活動するからには、疑問の答えが待っているはずだ。
「えーっと、これかな? γのウシの1の38番」
「牛? 牛のお肉が食べられるの?」
「はっはっはっ! チョコは食いしん坊だな。γの区画にある魔界でウシの年に、38番目に発生したという意味だよ。今年がウシ年だろう?」
そういうナンバリング方法である。ちなみに番号の前の数字1は小魔界の意味。2が中魔界で3以上が大魔界と区別される。
「おや、そこにいるのは期待の新人じゃないか! 魔界選びでお悩みかね?」
「その声は?」
どこかで聞いた覚えのある声に振り向くと――
「部下によかれと思って人生訓を説くのだけれど、陰で煙たがられていそうなアレッジさん。お元気?」
「うるさいわ!」
アレッジ・クラム。クロに言われなき偏見を持つ騎士団の偉いさんだ。今日は鎧兜のフル装備と言った出で立ちである。
「コホン! こないだは悪かったな。ところでおまえさん、腕は立つのだろうが、魔界攻略の経験が不足してるだろう? 最初は獣型の魔界にしなさい。γのウシの1の3番なんかおすすめだ。弱い魔獣しか出てこない。入り口から少しのところが第1の発生ポイントだ。ここを確実に制圧しておけば、危なくなった時に安全にエスケープできる。日にちをかけてゆっくり攻略するのがコツだよ」
アレッジは腕を伸ばし、依頼票をボードからむしり取る。
「さあ、これを持っていきなさい」
チョコに依頼票を差し出す。
「はーい!」
ここ数日で人を疑うことをすっかり忘れてしまったチョコは、実にうれしそうに依頼票を受け取った。
「はい、クロお姉ちゃん」
右から左へ。クロに依頼票を手渡すチョコ。一仕事やり終えた感満々の顔。
「おいおい、……まいっか。受付で詳しいことを聞いてから決めよう。ああ、アレッジさん!」
意味ありげに笑うクロ。依頼票を口元に当て、目を細めている。
アレッジは胡散臭そうな笑顔を顔に貼り付ける事でなんとか対応した。
「なんだね」
「ほら、チョコ、人に親切にされたらなんて言うの?」
クロはチョコを使用した。
「おじちゃん、ありがとー!」
「……どういたしまして。3番受付を使うがいい。あそこが空いてるし、係員は優秀だ」
何となくな気まずさを残し、クロとチョコは3番受付へ並んだ。
空いていたのですぐ順番が来た。
受付係員は、攻略者が選んだ魔界の情報を教唆してくれる。
係員によると、γのウシの1の3番は猿系の魔獣がでるらしい。アレッジの言ったとおり、個体は弱いし、小柄中心だという。
魔宮騎士の仕事の1つに、新しく発生した魔界の調査がある。
発生する位置により、およそのレベルは分かる。何系のどんな魔界かは門をくぐってみないと分からない。
魔界の第一歩を刻むのが魔宮騎士の仕事である。
幅や高さといった魔界の物理的な大きさを確認し、生息する魔獣に一当てし、その強さを計る。調べた結果を攻略者ギルドに詳しく報告するのだ。
ギルドの調査部が、過去のデーターに経験則を照らし合わせ、魔界の規模を推定する。ほぼ間違いのないランクが出てくる。ほぼ間違いない。ほぼだ。
全部が全部、入り口近くまでしか潜らないし、魔獣も最初の1グループしか調べない。ぶっちゃけ、およそのことしか分からない。中には詳しい情報が上がっている魔界もあるが、それは攻略が失敗したことと同義語である。挑んだ攻略者が素人でない限り、手強い魔界であるという意味だ。
γのウシの1の3番魔界の情報は、さほど詳しくなかった。まだ誰も足を踏み入れていないという意味だ。
推測される深さは、戦闘なしで片道1日。ただ歩くだけなら2日で帰ってこれる。典型的な初級魔界であった。
「攻略依頼を受けますか?」
受付係員が妙な熱意で決断を迫ってきた。これを避ける理由もないので受けることにした。
魔界占有契約期間は4週間。攻略時間が早ければボーナスが付くという、スタンダードな契約が提示された。
小魔界の場合、攻略者は4週間の間だけ魔界を独占できる。中魔界、大魔界はその規模からもっと長い期間で占有できる。
通常、何度も出入りし、何度も攻略を仕掛ける。怪我を治し、体力を回復し、武器を整備し、欠けた戦力を補充する。この世界の魔界攻略はシステマチックなのだ。
一つのエリアの魔物を倒すと、そのエリアではその後、平均2週間から20日は湧出(ポツプ)しない。故に、予備の1週間をいれた4週間である。この4週間という期間内に攻略できれば依頼完了。依頼料が降りるシステムだ。攻略完了の条件は魔王の魔性石(コア)を提示することである。
「これでいい」
「魔界占有予約代金のお支払いをお願いします」
「予約に金が要るのは知ってるが、ちょっと高すぎないか?」
ブツブツ文句を言いながらもクロは予約代金を支払った。
一丁前の夕食代に相当する額だ。
これを払う事で、契約が効力を発揮する。クロのチーム以外の者が、契約期間中にγのウシの1の3番魔界へ潜る事はない。魔宮管理騎士団が、見張りと管理をしてくれる。
攻略途中の魔界を他者に横取りされないシステムである。
だから、新人は借金をして予約料を支払う。スタートが借金まみれなので焦って無理をする。魔界から帰ってこない新人が多いのはこのためだ。
「では依頼が契約されましたので、ここにサインを。代表者の名前をお願いします。参考までにチーム名があればチーム名も記入してください」
ちなみにチームを構成する人数は12名までと制限されている。特定のチームが力をつけたり変な権限を持ったりする事を防ぐためとの事だ。
「数は力というが、何のためのチームなんだか。ま、いい」
これじゃぁ悪平等だね、とか呟きながらコリコリと名前を書く。
「では、探査開始は5日以内でお願いします。いつから潜られますか?」
「明日にするよ」
「え? は、はい。では明日からということで」
今日の明日は早すぎるのでは? と受付係員は思うのだが、故あって口にしない。
「はい、これが受付札です。魔宮入り口の係員にお見せください。それではご武運を」
「ありがとう」
「ばいばーい!」
「はい、さようなら」
影に入ると燐光を放つ文字が描かれた札を受け取り、受付を後にする。
「明日のご飯買って帰ろうか。何買おうかなー」
「チョコね、お肉がいい!」
クロの周りをピョンピョンと飛び回るチョコ。尻尾がブンブンと振られている。
「ハムでも買うかー。それと水だな。よしよし、うんうん!」
チョコの耳をコリコリしながら、何を考えているのか、クロは一人で頷いていた。仕組まれたとも知らずに。
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