第13話 アリバドーラの武器屋


 翌朝。

 ジャンナの記憶を頼りに、コストパフォーマンスに優れた武器類取扱店へ向かっている道中である。


「フンフンフン!」

 大きな獣耳が頭頂でゆれる。ふさふさとした尻尾も左右に揺れていた。

 真新しいブラシを手に、ご機嫌なチョコである。おとなのじょせいが使うような、黒っぽい艶っぽい楕円形の上等なブラシである。これで抜け毛の季節もバッチリだ。

 結局、武器屋へ行く前にチョコのブラシを買ってしまった。甘やかしすぎである。


「先にブラシを買ったんだから、次の店ではお利口さんにしてるんだよ。お利口さんにしてれば、安物だけど綺麗なナイフを買ってやろう」

「うん! チョコ、お利口さんにしてる!」

「よしよし!」

 頭を優しく撫でてやると、チョコは気持ちよさそうに目を細めた。

 存分に頭を撫でてから手を繋ぐ。これ以上撫でるとチョコが寝てしまう。繋いだ手をブンブンと振りながら歩いているうちに、お目当ての店に着いた。


 ラルス武器店。ここだここ!

 窓が多い。それで明るい。鉄格子付きだが。

 戸をくぐるまえから、店の奥より金属を打つ槌の音が聞こえてきている。製造直販。それがこの地方の武器屋の特徴だ。なぜかといわれても答えに困る。地方の風習だから仕方ないのだ。

 広い店内に、整然と得物が陳列されている。ちょいと心躍る風景だ。

 ジャンナの紹介である旨を小僧に告げると、店長を呼んでくれた。


「武器かい?」

 頭が簾になってるかわりに愛想の良い親爺だった。ジャンナ様々である。

「もちろん魔界用なのだが、剣を見せてくれるかい? 予算はこれくらいなんだが」 

 クロは相場を知らない。ジャンナの知識に、武器の相場が抜けていたからだ。

 偶然ではあるが、クロが提示した予算は、質が悪くない剣が買える程度だった。

「……ちょと待ちな。……代表的な剣を出してやろう」

 クロの体つきや動きを見て――嫌らしい目ではなく、筋肉量を推察する目で――とある引き出しから、一振りの剣を取りだした。

「値段相当だと、柄込みでこの辺りですかねぇ」

「うーん」

 短めだが肉厚で重い。耐久性と攻撃力を重視した剣。刺突がメインで、鈍器のように頭をカチ割る使い方がサブかな?

 丈夫で攻撃力も高い。魔界攻略用途としては実用的である。悪くはないが、これじゃない感がする。

 主としてデザイン面でだ。


「あんた、クロさん? ジャンナさんを助けてくれたみたいだな。礼を言わせてもらうぜ。ありがとうよ」

 名前がこの界隈にまで流れている。ここの文明レベルじゃ武器屋の親爺が知りうるには早すぎるのは何故?

「ほほう、どうしてそれを?」

「いやね、ギルドにゃ俺のと言うか、この店に出入りしてる攻略者も大勢いるんでね。昨日のうちに耳に入ったって寸法さ。ジャンナさんにゃ良くしてもらっていてね。動けなくなるほどの大怪我をしたってんじゃねか。そりゃ心配で心配で」

 親爺さんが知ってる情報は少なそうだ。ちょいとばかり情報をサービスしておいてやろう。

「動けなくなる事はないだろう。と思う。臍から下に大した怪我は無い。傷口を消毒……綺麗にして清潔な包帯を巻いた。看病している獣人達に、清潔な包帯をこまめに替えるよう強く言っておいた。だから怪我で死ぬ事はないだろう」

 親爺さんの顔が明るくなった。


「右の鎖骨と肩の筋肉はまあ良いとして、前肢の筋肉が断ち切られている。わたしが着いたときは腕がブラブラだった。普通なら切断しなきゃならないところだが、わたしが何とかした。安心したまえ」

 怖がらせておいて安心させる。クロの話術というか、意地悪な性格というか。

「ただね、怪我は回復するだろうけど、剣は握れないな。日常業務ならどうにかなるだろうけど。あとはギルドが良い医者をどれだけ早く彼女の元へ届けられるかだね」

「なんてこったい!」

 ジャンナの騎士としての生命が終わった事を嘆いたか、お得意さんを一人失った事を嘆いたか? どっちだろう? ためしてみよう。

「ジャンナさんに、駆け出しの攻略者を紹介してもらう仕事を頼んだら? リベートを払う契約で」

「それいただきます!」

 後者だった。

「ジャンナさんを助けてくれたお礼だ、なんかサービスするぜ!」

 親爺さんはニコニコ顔だ。

 あまりにも世知辛いので、クロはこの話を切り上げ、戻す事にした。


 して――、

 この程度の剣でもクロの腕なら名剣として活躍するだろうが、面白みの無さを問題視した。

 これはクロにとって重要な案件なのだ。

「うーん」

「参考までにだが、その腰の物は?」

 クロが悩んでいると、親爺さんがクロの腰の物を聞いてきた。

「獣人の村でもらった斧だ。鉞(まさかり)かな?」

 腰のホルスター(クロ手作り)から斧を抜き取った。柄が短いので、握ると接近格闘専用の何らかの武器にも見える。

「柄が折れたんだ。案外この長さでも使い勝手が良かったので、このまま使ってる。でも主武器とするにはアレだね。農作業用だしね」

 魔素が足りていれば投擲兵器として、とんでもない威力を発揮する斧だが、魔素の少ない地上で1回でも使えばエネルギー切れを起こす。

「なら、いっそ斧にするか? 斧だと安いぞ」

「斧か?」

 それも有りか。対人用じゃないものな。

 対人戦闘だと当たれば強いが外れればスキが大きい。斧に対し、そんな認識を持つクロであるが、使用目的が対魔獣で、複数相手で、一撃必殺が望まれるなら、斧の威力が頼もしい。斧の経験値も積んでいるし。

 斧に絞るとしても、じっくりと選びたい。こだわりたい。

 だが、チョコがそわそわしだした。幼い子は長い間じっとしてられない。そろそろ限界だ。


 しかたないな――。


 クロは超感覚の力場を伸ばした。目処を付けた場所へ触手のように力場を這わす。

 三本、候補に挙がった。

 うち一本を親爺さんが手にした。

「これはどうだ? 予算内だし、質も問題ねぇぜ」

 受け取ったが……

「頭が軽いね。頭の幅が広くて刃が当たる面の多いのが良い。それと両刃だ。もっと重いのがいい」

「ほーう。じゃぁ、これとこれ」

 親爺さんは的確にクロが見つけた斧を2本手にした。

 一本めは、厚くて刃が短い。別の一本を手に取る。これがアタリだった。

 刃が鉞並に長いし、ほどほどの厚みをもつ。反対側に一回り小さい刃が付いた両刃の斧だ。

 手に持ち、振り回してみる。クロの剣技、技術にだいたい合っている。


「へぇ、中々の使い手だな。魔宮を攻略したって話は本当だったんだ」

 親爺さんが感心している。クロの素振りが様になっていたのだろう。

「こいつの柄をあと10センチ長くしてくれないか? それをサービスとしてくれたまえ」

「くくく、良いね。ちょいと待ってな。すぐ仕変てやるよ」

「ああそれともう一品、この子用のナイフが欲しい」

「ああ? 獣人の子か? 使えるのかこの子?」

 役に立つのかという意味だろう。ここでも差別の根は深い。だが、些細な事に拘るクロじゃない。

「例の魔宮へ一緒に潜った。皮を剥いだのはこの子だ。わたしよりよっぽど上手だった」

「チョコは役に立つよ!」

 そわそわしていたチョコだが、話が自分の方に向いたのを敏感に察知して、いつもの役に立つアピールをし出した。癖だ。ここんところがチョコの可哀想なところなのだが……。


「そうさ。潜ってる間、皮剥と魔性石の取り出しは全部チョコに任せていた。ずいぶんと助かったさ」

 クロはチョコの頭を撫でた。

「ま、あんたが良いというなら良いんだろうさ。俺にゃ関係の無い話だ。んで、今までどんなナイフを使ってたんだね?」

「チョコ、ナイフを出せ」

「あい!」

 バックパックを降ろし、中から鞘に収めたナイフを出した。

「柄がこの子の手に合わない。握りが太すぎるのだよ」

「うーん、やっつけ仕事だなこりゃ。材質が悪い。柔らかすぎる。おまけに刃こぼれだらけ。ちょっと待ってな!」

 そう言って、壁に設えられた引き出しをゴソゴソし出す。

 獣人がなんだかんだと言いながらも、刃物に関してはプロだ。その性(サガ)が真面目に仕事をさせる。

「これなんかどうだ? 使いやすいし丈夫だぞ。第一素材が良い。おまけに安いときたもんだ。今なら柄を細いのに変えてやるぞ」

「どうだ、チョコ。お前のだぞ」

 お前のだぞと言われ、チョコは目を輝かせる。

「これがいい! チョコこれにする!」

「よく選べ……ま、いっか。親爺さん、それにするよ」

「じゃ、斧の柄を取り替えるから、その辺の商品でも見て待ってろ。欲しいのがあったら言え。定価で売ってやる」

「あまり面白くない冗談だったにもかかわらず、自信満々の顔してる親爺さん。どこからその自信が出てくるんだろうね? 早く斧を調節してくれたまえ」

「てめぇ、容赦ねぇな!」

 斧を手にした親爺さんは、顔を真っ赤にして奥にすっこんだ。


 残ったのはクロとチョコと、10代前半の青さが抜けない小僧。この3人。

 さっそく、クロが流し目をする。大人のお姉さんの目で。

「そこの、女の子に声をかけられると自分かな? それとも後ろにいる男かなって悩んで、逡巡して反応が遅くなった経験がある君! 包丁見せてくれるかな?」

「どうしてそれを! こほん! 包丁ですか?」

「ああ、この女、料理したことなさそうだな。自分が目の前でささっと包丁使うかっこいいとこ見せたらワンチャンあるかなと思ってるのが顔に出てるけど、そんなことあり得ないからね。ごめんね、わたしは料理が得意なんだ」

「そこまで思ってないです!」

 泣きそうなかをした小僧君が、包丁をテーブルに並べていく。


 クロはそのうち、一つ手をに取る。

 切っ先が尖ったタイプの三徳包丁だった。

「これがいい。これ包んで」

「ありがとうございます」

 そうこうしているうちに、斧を持って親爺が戻ってきた。

「長さはこんなもんでいいか?」

 受け取ったクロは、数回、素振りする。

「まあ、だいたいこんなものかな。この柄、中古だね」

「タダなんだから我慢しな。それと、斧のホルスターだ。中古だが、まだ使える。これをつけてやる。ありがたく受け取れ」

「感謝するよ」

 装備した姿を想像すると、アニメ感が半端ない。コスプレ好きのイキった姉ちゃんだ。

 とはいえ、剥き出しのまま手持ちで町をうろつくわけにはいかない。ありがたく受け取ることにした。


「それと、チビ助のナイフ。サービスでこの店一番の安物鞘をつけてやる。ありがたく思え」

 親爺さんは突っ慳貪にナイフを押しつける。

「おじさん、ありがとー!」

 にっこり微笑むチョコちゃん。

「む、うむ」

 チョコの無邪気さに、親爺さんは調子を狂わされた。

「ふふふ、レベル1クリアだね。ところで親爺さん?」

「今度はなんだ?」

「攻略者ギルドマスターがアレッジって呼んでるおじさんってご存じ?」

「それ、魔宮騎士様で、攻略ギルドの警備隊長だ。おまえ、何かやらかしたのか?」

「いえ、彼の息子さんの認識票を渡しただけです」

「そ、そういう事か。うん、大変だな。うん」

 認識票を渡す。それは、認識票だけが帰ってきた事を意味する。


「さて、ちゃっちゃと支払いを済ませて、次に行こう!」

「おじさん、またねー!」

「う、うむ」

 小さい手をパタパタと振るチョコ。親爺さんはどう対応しようかと判断に迷い、とりあえずしかめ面をしておいた。

「そうか、アレッジさんは警備隊長か。うーん、偉いさんだったんだ」

 後々面倒な事が……もう面倒な事に巻き込まれてるか?

 クスクスと笑い、チョコの手を引いて武器屋を後にした。


 靴だとか、魔宮用の服装だとか、チョコの服だとか、屋台の串肉だとかを買ってたら、日が西に沈む時間になっていた。

 靴は底が厚めのブーツ。履くと足が痛くなる。こういう事もあろうかと、お手製の中敷きをつっこんだらちょうどいい加減になった。

 中敷きの件で、靴屋とちょっとした商談を行ったが、小さい額だったので割愛する。

 クロの魔界用服、いわゆる戦闘服であるが、金属装甲の類は一切無い。

 バックパックを背負う際のクッション代わりになる肩パット入り皮の上着。ベルトで締め付けるタイプの革製コルセット型腹巻き。丈夫さより柔軟性を優先した襠付きタイトスパッツ。岩場に座る際、おしりが痛くならないように選んだなめし革の腰巻きをミニスカート風に使用(膝上15センチ)。

 茶色のスパッツをのぞいて、全部黒色。とくに色を選んだわけではないが、うまく黒でコーデされてしまった。


 ――クロだけに――


 一人うまくいえた感でほくそ笑むクロである。


 余談だが、チョコの魔宮内戦闘服は、クリーム色のワンピースにした。丈夫さとしなやかさを兼ねたお高い一品となっている。汚れないこと前提だ。

 驚いたことに、この世界に懐中時計があった。それなりの大きさで、それなりの精度しかないし、マメにゼンマイを巻かないと止まってしまうが、懐中時計である。

「これはよい品だ!」 

 上級コース料理二人分の値段だったが、買っておいた。ねじを巻くのはチョコの仕事となった。チョコ自らの志願である。チョコが首からぶら下げるとオリンピックのメダルみたいだった。妙に似合ってたので笑った。

 ここまでで、かなりの散在だ。財布の厚みもずいぶん薄くなった。

 もうこれで魔宮攻略の準備は完璧だから、明日は市内観光をしようね、と言い合いながら宿へ戻った。


 なにやら女将さんの機嫌が悪かった。

「ああ、客引きなら――」

「じゃないよ! 昨日の件でサービスしとこうと思って、あんたらの部屋を掃除してたんだよ! するとどうだい。白い毛が猫一匹分出てきたよ!」

「ああ……」

 チョコのだ。

 抜け毛の季節だから。

「なんか対策を講じなければ」


 翌朝。クロとチョコは攻略者ギルドにいた。

 

 

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