第16話 魔界攻略

魔界攻略

 クロは、入り口が見えなくなったところに立方体の木片を置いた。きっかり500メートルのところだ。

 右の壁際から、正確に1センチ離して置いた。


「準備ヨシ!」

 指さし確認してから、奥へと進んだ。


 クロとチョコの進行速度は速かった。魔界に潜って一時間。同じ速度を維持したまま、歩きっぱなしだ。

 この魔界、S字カーブだったり、直角の角だったり、見通しの悪いことこの上ない。

 何度目かの曲がり角に向かってクロは歩いている。でもクロは歩く速度を緩めない。斥候は出してないし、偵察もしていない。もちろん、チョコを囮に使うことなどあり得ない。

 偶然か幸運か、これまで魔物と遭遇しないでいられた。でも次の角の向こうに魔物が潜んでいないとは限らない。だのに、不用心なまでの歩き方。


 チョコが立ち止まる。鼻をクムクムと動かした。お耳もピクピクと向きを変えている。

「クロお姉ちゃん、なにかいる! そこのかどの向こうがわ! 2本あしかな? それが3、4、……5ひき!」

「よしよし、チョコはここで荷物を見ていてくれ」

「はーい」

 よくできましたとチョコの頭を撫でる。チョコを褒めるときいつも頭を撫でる。チョコは撫でられることは褒められることと学習していた。


「さて本番」

 クロは戦斧を引き抜き、軽く重さを確かめる。重さを確かめ、重心の位置を確認し、手のひらの中で斧をくるりと一回転させる。

 壁に沿ってスススと進む。曲がり角まで接近する。ここまでくればクロの遠隔感知力場が角向こうの魔獣をとらえられる。チョコが言ったように5匹っぽい。遠隔感知能力が大きく劣る魔界で、チョコの鼻と耳は何物にも代え難い武器なのだ。


「せーの!」

 飛び出すクロ。

 魔獣は猿に似た姿をしている。背は丸く、腕が長く、足が短い。しかし、腕はゴリラ並みに長く太く、足は猿より二本足歩行に適した骨格だ。

 さすがに魔獣もクロ達の接近を感知する。猿も奇襲を狙っていたようだが、クロが早かった。

 片手で斧を袈裟懸けに振り下ろし、無防備な1匹目の腹を割く。横移動しながら逆袈裟に振り上げ、これまた戦闘態勢をとれなかった2匹目を殺す。

 斧の破壊力は絶大だ。両手斧を片手剣のように振り回すクロの膂力がそれに合わさると、とんでもない威力を発揮する。

 さすがに3匹目は反応した、が、遅い。脳天唐竹割に叩き込まれた斧が、股を抜けた。床に刃が食い込む直前で斧がぴたりと止まってビィイーンと震える。手首の力で斧の動きを止めたのだ。

 4匹目が豪腕をたたき付けてきた。仲間の死に焦ったのか間合いが遠い。軽くスウェイでかわしつつ5匹目の死角へはいる。バックハンドで斬り上げると、猿の右脇から左肩に斧が抜け、両断される。

 5匹目は4匹目が邪魔でクロをとらえ切れていない。あっさりと首を跳ね飛ばした。


「さあ、泣いてもらおうか」

 1匹目の猿が、腸をぶちまけていた。まだ息がある。そんな風に手加減したから。

「キャァアース!」

 どこかもの悲しげな鳴き声。いかにも「助けてくれ」的な音の響き。

 クロは100メートルほど前進して待ちかまえる。

 程なく、奥から走ってくる猿が視界に入ってきた。

 群れは15匹。通路幅いっぱいに広がって突っ込んでくる。後ろには通さない、という強い意志を感じる。

 これだけの数、一斉に飛びかかられると手数が間に合わない。


「狙い通り」

 クロは腰に装着しておいたサブウエポン、柄が短くなった鉞(まさかり)を左手に取る。取ると同時に回転をつけて投擲! 左投法(サウスポー)だ!

 風を切る唸りを上げ、鉞は猿の群左側へ縦に落ちるシュートコースを描いて突入!

「ウギャッ!」「ギャッ!」

 群の左半分の猿の足を切り飛ばしたりへし折ったりして後方へ抜ける。一度ホイップし、ブーメランのようにぐるっとUターンして今度は猿の右群へ、後方から突入!

 ジグザグ軌道を描きながら、猿の頭部を破壊していく。


 投擲と同時に、クロは右翼へ突撃していた。抵抗力をなくした魔猿共を片っ端から斧にかけていく。

 さほど時間をかけず、猿の第2群が全滅した。

 暴れまくっていた鉞が手に戻る。


 続いて第3群。先ほどに倍する数の狂猿の群れ。毛皮の色が赤くなっており、背も頭一つは大きい。部種の猿だ。

「そーれ!」

 鉞を投擲。


 後は以下同文である。ぶっちゃけ、作業だ。怪我した猿が仲間を呼ぶ。呼ばれて集う猿の群れ。どれほど数が膨れあがろうと、通路の幅に限界がある。同時にクロと戦える頭数は限られている。

 前列はクロが振るう斧の餌食に。中列と後列は凶悪な大回転鉞の餌食に。何度も繰り返されるが、やってることは同じ。だから作業である。

 積もっていく猿の死骸。それを障害物とし、少しずつ後退していくクロ。戦術的後退である。そうとは知らず、死骸を乗り越えどんどん突っ込んでくる猿の群れ。どんどん切り飛ばしていく鉞と斧。


 2時間も過ぎた頃であろうか、まもなくチョコが待つ曲がり角と言うところまで後退した頃、あんなにいた猿の湧出がぴたりと止まった。……2時間も連続で戦い続けられるクロの体力も大概だが。

「ネタ切れかな?」

 最後の方の猿は、猿と言うよりゴリラの体をなしていた。


 クロは角からひょいと顔を出し、チョコに声をかけた。

「チョコちゃん。お猿さんがいなくなった。お鼻と耳で調べてくれないか?」

「まかせてまかせて!」 

 うれしそうに飛び出してくるチョコ。暇だったのだろう、体育座りになってしっぽの毛繕いをしていた。


 飛び出したチョコは鼻を動かしたが、いつものように何度もクムクムせず、耳に切り替えた。猿の血の匂いが強すぎて鼻がきかないのだ。

 大きな耳が神経質に動いた。チョコの持つ最大級の長期精神集中だ。5秒ほど。

「いないよ! 何もきこえないよ!」

「うーん、魔界中の猿を殺ってしまったか? 最後の白い毛皮のゴリラ君って、いかにもラスボス感満載だったしね。じゃ、君の役目もおしまいだ」

 仲間を呼び続けさせるため、半殺しのまま生かしておいた猿にとどめを刺した。


 荷物になってしまうので、珍しい白皮ゴリラ君だけ剥いて魔核をとり、後の猿は放っておく。

 じゃ、早いけどお昼ご飯ね。ってことで、バックパックを開けた。

 お昼ご飯といっても、水筒の水を飲みながら潜る前に屋台で買った揚げパンにかじり付くという野趣あふれるもの。床の砂利をどけて直接座る。


「この調子だと、魔王の間には夕方までに到着しそうだ」

「晩ゴハンはなに?」

 これからお昼ご飯だというのに、もう晩ご飯の話だ。

「魔界で晩ゴハンの心配かい? チョコは大物になるかもね」

「チョコは小さいよ?」

「はっはっはっ! さあ、食べ終わったら出発だ。荷物を片付けて」

「りょーかい!」

 チョコはバックパックを背負うだけだから先に準備が整った。クロが入り口と同じように木片を設置している間、解体した白皮ゴリラの遺骸をそーっと覗き込んでいた。


「さて、出発!」

「手つないで、手!」

「はっはっはっ! しかたないなー」

 チョコのちっちゃな手をクロの手が包む。


 凸凹コンビは繋いだ手を大きく振りながら、魔界の奥へと歩いていった。

 

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