第10話 暁の星


 クロは、女にしては背が高いが、そのクロをのぞき込むほど高い背の男が、二人の進路を塞いで立っていた。

 幅はクロの二人分。厚さも、クロの胸のふくらみを勘定に入れて二人分。顔は髭まみれ、胸元から堅そうな胸毛が飛び出している。ちりちりだ。そして腰に、チョコより重いであろう剣をぶら下げている。

「俺の名はザラス。あの『暁の星』の頭を張ってる。お前、見込みありそうなんで俺んとこで使ってやってもいいぜ」

 使ってやる感7割。スケベな目3割で笑っている。

 周りの攻略者達はざわついていた。「あの暁の星か?」「有名どころだ」「俺も誘ってくれないかな」等々。概ね好意的だ。


 一方、クロは目をまん丸に開いていた。

「ん? どうした?」

「驚いているんだよ。いや、まさか、こんなところで、定番の展開に遭遇するとは。一種の感銘を受けているのだよ」

 ザラスは、クロの言葉をよい感触ととらえた。使ってやる感3割、スケベな目7割の笑みを浮かべた。

「悪いようにはしねーよ」

 そして馴れ馴れしく、クロの肩に腕を伸ばす。

 当然、クロは腕をするりと抜けかわす。

「あー。普通にお断りだが」

「ンだとコラ!」


 まさか「暁の星」のブランドを断られると思わなかった。恥ずかしかったのだろう、髭の間から覗く皮膚が赤い。

 ザラスは剣を鞘ごと腰から抜いて、床に打ち付けた。ガッチャンと大きく響く音を立てる。

「俺ンとこで使ってやろうつってんだろうが!」

「それは申し訳けない。もうすでに別のチームに入ってしまいましたので、別の将来有望な新人をスカウトしてくれたまえ。では!」

 チョコの手を引いて、反対方向を向く。しかし、分かっていたとうか、お決まりというか、後ろも横も、暑苦しい男達に囲まれていた。

「今さっき登録したくせに、いつチーム入ったんだ? そのチームはどこよ? 名前は? 俺っちがそこへ言ってやるよ。『暁の星』へ加入してきましたって!」

「チーム名ね?」

 クロは、ふむ、と考えた。

 チーム名を考えるのも悪くないな。前の世界だったら恥ずかしい限りだが。

 クロとチョコで……ブラックチョコレート。いける! はやる! 

「ブラックチョコレートだ」

「はぁ? メンバーは?」

「わたしと、この――」

 つないだ手を前に出す。

「チョコとの二人組だ。よろしく頼むよ、先輩」

「よろしくおねがいします」

 チョコは丁寧に頭を下げた。おりこうさんだ。


 ザラスは黙り込んていた。目をつぶって手をにぎにぎしている。感情の爆発を危ういところで彼なりに我慢してるようだ。

「ふいーっ!」

 灼熱の息を吐いた。


「そうじゃねぇんだ。俺たちの仲間になるか、痛くて恥ずかしい目にあうか、どっちだって聞いてんだよ!」

「チョコちゃんとの先約があるからね。他を当たってくれたまえ。そうだ、あそこに田舎から一攫千金をねらって町に出てきたけど、登録するお金もないし、武器は黙って持ってきた叔父さんの剣があるけど、ギルドに集う人たちを見ていたらやっていける気がしないって顔でこっちをみている少年なんかどうだい? 温和しそうでいいんじゃないか?」

「温和しいやつなんか要るかぁ! やんちゃな方がいいに決まってんだろ! ……、そ う じ ゃ ね ぇ! そいつ獣人だろ!」

 ザラスが指を突きつける先に、なんのことやら理解できず口を半開きにしているチョコがいた。

「それも、獣化している獣人だ! なんだよ毛むくじゃらじゃねぇか!」

「そこがいいんじゃないか。モフモフなのはわたし好みだ。あれ? そう言えばザラスも毛むくじゃらじゃないか! 君、ひょっとして、わたしのタイプなのかね?」

「それは自分の判断で……じゃなくて! 半獣の獣人のガキなんざ捨てろ! こっちこい!」

「チョコを捨てろというのかね? こんな幼子を?」

「そうだよ! 獣人なんざドブネズミでも食って生きていける! そいつを捨てろ! 俺んとこ来い! でないと、その腕へし折ってからみんなで回すぞ! こんなけの人数相手に抵抗できると思ってんのか?」

 暴力への興奮と色への興奮でクロを囲む男達の目がギラ付きだした。

「ギルド内で暴力案件をおこすと、警備につかまって罰則を与えられるはずですが?」

「くくく、だからさ、警備の先生方が偶然席を外してるって状況だよ。気付けよ!」

 クロは首をかしげて、しばし考えた。ザラスも律儀に待っていてくれた。

「つまり、チョコを捨てて、『暁の星』へ加入すれば、怖い事しないと?」

「そーだよ! 分かってきたじゃねぇか」


 チョコの手をギュッと握りしめるクロ。チョコは不安だった。クロも自分を捨てるんだと。

 たまらない不安でクロを見上げた。

 

 クロは……苦しそうな顔をしていたが、なんだか楽しそうだ。

 チョコは理解した。10日の旅でクロという人物を野生の勘で、ある程度掴んでいた。これはなんか面白いことをやるときの顔だと。


「まさか、まさか、このような……漫画は読む方じゃなかった。会話について行く為に、有名どころをチョイスして読むだけだった。よもやよもや。……これもアレか。まさかこのような場面がこの世に存在するとは。これは、もうアレ使うしかないのか? 神による神託なのか?」

 神など一切を信じない、そして、神の奇跡を上回る奇跡を人工的に生み出した一族の末裔でもあるクロが、なにやらブツブツと呟いていた。

「何ごちゃごちゃ言ってんだ、おい! 入るのか、ボロ雑巾みたいになって路地裏に捨てられるか、早く選べ!」


「こほん! つまり、チョコを捨てて君の仲間にならなければ、わたしは重篤な怪我を負って道ばたに転がされるのだな? 抗うにしても、多勢に無勢。頼みの綱の警備員も買収済み。誰がどう見ても、ここは『暁の星』への加入一択。馬鹿でなければ拒否はしない。そしてわたしは馬鹿ではない」

 口に手を当てたぶりっこポーズで体をくねらすクロ。男の劣情を誘い、保護欲をかき立てる。クロはこれをわざとやっている。より、効果を上げるために、病的なまでに弱々しい目をする。

 ザラスは成功を確信した。

「じゃぁ入るんだな?」

 ザラスは見た。クロの目が、保護欲をかき立てるか弱い目から、冷酷な、獲物を射程に捕らえた、猛禽類の目に「変形」するシークエンスを。なぜか、クロがとてつもなく美しく見えた。


 力のある言葉が、クロの口から発せられる。

「だが、断――」

「クロ姉ちゃん、おしっこ!」

「え?」

「漏れちゃう漏れちゃう!」

 ワンピースの裾を引っ張り、ジタバタと足踏みするチョコ。限界は近い。

「ザラス先輩! 女子トイレはどこだい?」

「あの角曲がったところ。っておい!」

 チョコを小脇に抱えて走り出すクロ。

「やはり入会はお断り申し上げる。これで失礼するよ」


 厳重に包囲する男達の間隙をフェイント混じりの華麗なステップで軽々と抜け、女子トイレへ駆け込んだのだった。 

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