第9話 アリバドーラの攻略者ギルド
「話はここまでだ」
時は戻り、アリバドーラの事情調査室にて。
クロの話が終わった。クロの出自や、もろもろの考察は省き、事実だけを淡々と話した。
ジャンナの言付けも伝え、最後に魔宮で倒れた2人の認識票を渡した。
禿マッチョ老人である調査員と、後ろで控えている二人がホウと息を吐く。
「アレッジ、おまえの息子だ」
老調査員が認識票を指し示す。クロの目を見たまま、アレッジの方を振り向かない。
身なりと恰幅のよい老人が、認識票の一つを手に取った。
そして、親の敵を前にしたような目でクロをにらむ。
「息子の遺体は? 遺品は無いのか?」
「ひょっとして、プロの騎士さんが、素人に多大なる何かを期待していたのかな?」
クロは、アレッジなるおっさんの態度にカチンときていた。犠牲者の一人が息子さんだったという点について同情はするが、敵意を向ける相手が違う。魔獣へ、だろう?
「おまえがもう少し早く魔宮へ入っておれば――」
「アレッジ、それ以上はだめだ!」
老調査員の軽い一言で、アレッジは口をつぐんだ。目の光だけは消さず。
……了見の狭い男だ。老調査員はそう思い、話を強制的に切り上げた。
「プロの要求に応えられない素人でごめんねぇ-」
クロは追撃の手を緩めない。了見の狭い女だった。
「クロ君! 実に興味深い話でした!」
雰囲気を変えるため、老調査員はことさら明るく大きな声を出した。ボディアクションも大げさだ。
「魔宮探査始まってよりこちら、誕生直下の魔宮攻略例は、これまで1例だけ。1例しか無かった。これは貴重な2例目のケースだ。しかも、魔宮(ダンジョン)の主(マスター)が植物と動物の両形態を持っていた点と、魔王(ダンジョンマスター)の部屋に複数の魔獣がいたことなど、例が無い事案です。クロ君の話し方も余計なことが入ってないし、脱線もなかった」
「筆記具を貸してもらえば、魔王の絵を描いてやろう」
クロは褒められて調子に乗った。当てつけにアレッジの存在を無視している。
「では、この紙に。へぇ、絵がお上手ですね。ところで――」
禿マッチョ老人である調査員の目に力が入った。
「君はどこの生まれですか? 前は何をしていました?」
やはり来たか。クロの素性を知りたがっている。
「ここではないどこか遠いところだ。アキツシマって島国だけど知らないだろう? 出自は訳あり。お家の都合と思ってもらいたい。犯罪歴はないから安心してくれたまえ。調べてくれていい。ちなみに、攻略者ギルドには、善良な登録希望者全員の履歴調査をする暇な部署でもあるのかい?」
老調査員は、降参という意味で両手を肩の高さに挙げた。
「しませんねぇ。聞いたこともない。うちは犯罪者以外は大歓迎です。生まれ、性別、年齢、持ち物、一切を問いません。入会金さえ払えればね。ただし、重罪を犯したものは永久追放です。多くの場合、ギルドから凄腕の追っ手がかかって首だけの帰還となっております。お気をつけを」
「ああ、ゴミのポイ捨ては金輪際やめることにする」
「それがよろしいでしょう」
老調査員の顔に、気のゆるんだ笑みが浮かんだ。
「ところで、この魔宮コアと、小さな魔性石の買い取りですが、魔性石はギルドでしか買い上げることができなくなっております。外での換金は違法です。まあ、売買目的ではなく趣味で集めてるというのなら干渉しませんが。
査定額に関して、ご不満な点があればご相談に応じます。また、皮や爪、その他素材など魔性石以外のもので持ち帰れた物は、攻略者の私物として扱われ、外での販売が可能です。査定だけ受けて外の店で売るという事も出来ます。
ですが、いったん断って再度ここへ持ち込まれても、先の査定額より下での買い取りとなる規則です。
それから、攻略が済んだ魔界は攻略者ギルドの所有物となり、中に残された物を再び引き上げることは原則としてかないません。私物の忘れ物は別ですがね」
「なかなか商売がお上手だね。いいよ。全部査定していただこうじゃないか」
攻略者ギルドは、攻略者を相手に商売している。滅多なことはしないだろう。……有り寄りの無しかな?
「では、魔宮コアたる魔性石は10万セスタ。小さい魔性石5個は、1個千セスタで。爪や牙は今回限りのサービス価格で1個5百セスタ。合計113,000セスタとなります。よろしいかな? ちなみに、普段、魔性石は平均1個5百セスタで取引させていただいております」
ふむ、と鼻息一つ吐いて、クロは腕を組んだ。
商品に対する金額に不満は無い。っていうか、いまいちここの物価が分からない。このまま飲んでも良いだろう。気になる点は、この調査員がクロを見下しているという事だ。
一発かますことにした。
「ところで、ジャンナはどうでも良いのかな? これまで彼女の名が出なかったが? わたしは、彼女の依頼で、わざッわざッ、12日もかけて――なんだ?」
クイクイとチョコがクロの袖を引く。
「お姉ちゃん、10日だったよ」
「――うち2日を雨で宿屋に閉じ込められてッ!」
すぐに切り返したので疑問を挟む余地はない。
「苦労に苦労を重ね、旅慣れない2人が、命からがら、ボロボロになってここへやってきたのだよ」
「その割には小綺麗な――」
「服が綺麗なのはこの町に着いてから古着屋で手に入れて着替えたので説明に破綻はない! それより! 魔宮で2人も犠牲が出たというのに! やれやれ、巡察人の命は、女の子の服装より軽いのかい? 彼女の顔を潰すのはやめてくれたまえ」
眉を八の字に歪め、口をへの字に歪め、口角に皺を寄せ、肩をすくめ、両手を挙げて不満を表現した。気分は80年代アメリカ映画の助演女優だ。
調査員は芝居がかったクロのセリフに苦笑した。
「では、伝令代として、2人分の日当1千セスタ計算で12日間、1万2千セスタのところ、キリよく1万5千セスタまで盛りましょう。すぐにでもジャンナ君に医療の手配を致しましょう。私どもは、これで手を打ってもらえると信じております」
調査員がテーブル越しに腰を曲げて手を差し出した。握手の為だ。
「ああ、それでいいよ。これからも攻略者ギルドとは良い関係を築けそうだ」
クロも手を伸ばし、二人はがっしりと握手した。
老人にしては握力が強い。そしてなかなか離してくれない。
「ああ、遅くなってしまったが、自己紹介しよう。私はカシム。ここの長(マスター)をやっている者だ」
これは中々に効果が高い奇襲攻撃だ。クロは笑った。
「そうとはつゆ知らず、ご無礼申し上げました」
そして握手している手を離す。カシムが離そうとしたのだが、今度はクロが握力を強めた。
「ついでですから、魔宮攻略についての手続きなどをギルドマスターのお口からご教授いただければ、周りの者に自慢できます。何も知らない田舎者ですので」
「普通、ギルドに加盟してから、魔王(ダンジョンマスター)討伐の順番なのだがね」
クロは奇襲攻撃をかわしつつ、追撃を加えていた。
握った手に合気をかけているのだが、これが全く崩れない。クロは、この状態で椅子に座った相手をひっくり返せる技術を持っているのだが、どうもうまくいかない。巨石か大木を相手にしているような手ごたえだ。
カシムが口角をつり上げた。
「正直、クロ君をなめていた。これほどまでに強いとは。バケモノだな」
「可愛いバケモノでしょう?」
クロもこの世界をなめていた。
カシムは筋肉質とはいえ、老域に達している。バケモノはカシムの方だ。
おそらく、他にもカシムクラスの化け物がいるだろう。その数は一人か、百人か?
どちらかともなく、手をほどいた。
「では直々に業務に忙しいギルドマスターであるこの私が教えてやろう。本来なら、ちゃんとした講師が5の付く日に金を取って集会を開くのだがね」
「それは恐れ入ります」
「ねえ、クロお姉ちゃん。むつかしいお話なの? チョコもおりこうさんで聞いてなきゃいけないの?」
「難しいと思ったら聞かなくていいよ。わたしが代わりに聞いておくから。その代り静かにしているんだよ。ああ、寝てもいいよ」
「チョコ、寝ないもん!」
ギルドマスター直々の講習会が開かれたのであった。
ちなみに、チョコはすぐ寝た。
「なかなか、有意義な取り調べだった」
ギルドマスター直々による取り調べの後、ギルド加入の手続きを取った。
必要な書類も書き込み、あとは申請が降りるのを待つだけ。それももうすぐだ。
「はい、これがお二人の認識票です。紛失された場合、再交付いたしますが、認識票に使われている金属が特殊鋼ですので、材料費だけでこれくらいかかります」
「うわー」
「いくら? ねえいくら?」
再交付額は、新規加入より高かかった。
「これには本人確認作業が含まれています。確認作業が手間取りますと、手数料上乗せとなります」
一度死んだことにして、別人で登録する方が遙かに安あがりだ。
「無くしたり落としたりすると、一週間、チョコのご飯を抜かなきゃならない金額だ」
「いっしゅうかん! むり! それチョコむり!」
「だったらなくさないよう大事に扱うんだよ」
「うん!」
認識票をぶら下げた首飾りを、そっとチョコの首にかけてやる。
「これでチョコは攻略者。むふーん!」
ちっこいくせに胸を張るチョコ。
ホールにたむろする大人たちが色んな目でチョコを見ている。クロもチョコも、そんな目は気にしない。
クロは視線を気にするような細かい神経など持っていない。チョコはそもそも視線に気づいていない。
「換金もすんだし、無事攻略者にもなったしで、さっそく魔界攻略に取りかかろう」
「まかい! まかい!」
ピョンピョン跳びはねるチョコ。クロとつないだ手を振り回している。
「おい、お前! 獣人の村の魔宮を一人で攻略した女だな?」
野太い声が頭上より降ってきた。
「む? 誰かな? 君は?」
見上げるような大男だった。
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