第7話 帰還


「お姉ちゃん!」

 チョコはお利口さんに待っていた。


「ほら、手を出してごらん!」

 ダンジョンコアをチョコの手に預けた。

「うわー、きれい! おっきなキャンデーみたい!」

 チョコに掛かれば、ダンジョンコアもあめ玉だ。

「早くしまえ。ここから脱出する。崩落が怖い」

「うん!」

 チョコが、お菓子みたいなダンジョンコアを革袋へしまう。


「外へ出る。ゆくぞチョコボール!」

「はい……ねえねえ、チョコボールってなに? チョコとかんけいあるの?」

 お菓子から連想してつい言ってしまった。

「うーん。お姉さんのお国で売ってる美味しいお菓子のことだ。飴玉をチョコレートという甘いお菓子で繰るんだお菓子」

「おかしのおかしだ! ……ちょこれーとってなに?」

「うーん。お菓子の王様? そういや、大人のチョコレートにブラックチョコってあったな。ちなみにブラックには黒(クロ)という意味がある。あと、ミルクが入ったミルクチョコとか、真っ白なホワイトチョコとか」

「ちょこれーと! チョコは大きくなったらちょこれーとになる!」

「はっはっはっ! そりゃ良いね。頑張ろうな、遺伝子!」



 あきらかに魔界、いや魔宮の明度が落ちている。この魔宮は死んだ。ゆっくりと死が広がっていく。

 チョコがバックパックを背負いなおした事を確認して、クロは早足で最深部を後にした。

 帰り道。最深部へ向かう道中に倒した魔獣はそのままの状態で転がっていた。魔王の部屋にいた魔獣は崩れて消えた。だが、外に出た魔獣は消えたりしない。


「成長すると耐性ができるのか? 生き残れたとしても、魔素の供給を絶たれた魔獣は飢え死にするのを待つだけだ。死に物狂いで人間を襲ってくるのは死にたくないからか?」

 魔獣共の餌は魔素なのだろうか?

 魔王だけが地下油田より魔素を汲み上げることができる。そして、魔界全体へと魔素を巡回させるのも魔王の仕事。

 内臓の存在が解決できないが、魔獣のゴハンが魔素であるとすれば説明が付く。


 して――、

 取りこぼした魔性石もそのままだ。もう一度潜って回収すればいいだろう。その役は自分じゃないが。

 魔宮の死は決まっているが、ただちに崩落する事はなさそうだ。0方向へ正比例のグラフが描かれるとするなら、崩落まで1週間か10日あたりだろう。

 帰りを急ぐ必要はなさそうだ。なので、食事休憩や仮眠(チョコの)をはさみながら出口へと向かった。

 なにせ、クロが魔宮へ突入してから15時間は過ぎている。頑張って何ともない風を装っているが、幼児であるチョコの体力が、限界を迎えているはずだ。

 体力に余裕を持って帰る事にした。地上で待つ者達のことなど知ったことではない。

 睡眠を取ることですっかり元気を取りもどしたチョコの頼れる案内で出口を目指す。一本道だが。


 そして、巡回騎士達の死体がある場所まで戻ってきた。

 2人もの死体を運ぶのは骨が折れる。

 首に提げられた認識票だけを持ち帰ることにした。死体の回収の是非や作業は村人に任せることにしよう。

 せめてもと黙祷を捧げて背を向ける。


 そして、魔宮の門をくぐる。

 一日と少しぶりに外の空気を吸った。

 外界は夕暮れ時だった。

 門の近くで、3人の獣人が番をしていた。うち1人は、クロに斧を奪われた獣人だった。

 彼は、無傷のクロを見てびっくりしていた。


「巡回騎士は死んでいた。立派な戦士だった。チョコを連れて帰ってきた」

 獣人達は巡回騎士が死んだ、というあたりで同情を顔に浮かべたが、チョコが生還した下りで顔をしかめた。

 なんでよりによってチョコだけが無事なんだ。騎士が死んでチョコが生きていたってマズイんじゃないの? とその顔が言っていた。


「あと、ついでに魔宮を攻略した」

 そして、面倒くさそうに続きを知らせた。

「チョコのバックパックにダンジョンコアが入っている。魔宮が崩落する前にお宝でも取るがいいいいさ」

 その時の顔と言ったら、あとで思い出しても笑える。利己的な奴らだと。

 

 その後、獣人の村から歓待を受けた。魔宮攻略の英雄として。


 ジャンナの容体を聞くと、意識を取り戻したという返事が返ってきた。安心した。このまま死なれては寝覚めが悪い。

 村長は綺麗な湯を湯屋に用意してくれた。まず汚れを落としてから食事をとの事だ。

 クロ1人だけが湯屋に案内されたようなので、チョコも呼ぶように言うと、渋々ながら認められた。

 まあ、そんなものだろう。


 チョコと一緒に湯を使う。

 湯屋と言っても、水を使える屋根のある小屋だ。まん中に大きな盥があって、そこに温い湯が張ってある。桶ですくった湯を使うのだ。湯船に入るタイプでも蒸し風呂のタイプでもない。

 チョコをひん剥くと、体は想像通り、全身を毛が覆っていた。顔面だけが無毛。細かくて柔らかい産毛は生えているが。あと、白くて長いお髭が左右に3本ずつ。

 ふさふさの尻尾は身長の半分、半分よりチョイ長。


「狐だな」

「キツネ?」

「ああ、わたしの里でたまに見かける可愛い動物だ。神の使いとして崇める村もある」

 チョコには良いとこだけ抜粋して伝えるようにした。

 それがお気に召したようだ。

「キツネ! キツネ!」

 歌うように何度もキツネと繰り返す。

 

 ザップリと湯をかけ、濡れ鼠ならぬ濡れキツネ、もとい濡れチョコとなると、なんだこの生物?

「え? もずく?」

 細い! 毛がふさふさしてて、それでふくよかな体つきに見えたが、こんなに痩せていたなんて!

 食べさせてもらってないのか。

 

 湯屋から出ると服が用意されていた。クロに、飾り刺繍やなんか綺麗なヒラヒラがいっぱい付いた清潔なブラウスに、仕立てのよいスカートが供された。着ていた服は洗ってくれるという。

 チョコは、脱いだ服そのまま。いつもの薄汚れた貫頭衣みたいなワンピース。


 なるほどね。酷い話だね。


 湯浴み後の食事会に、チョコの手を引いて連れてきた。クロのお膝におっチョンさせた。

 チョコは文字通りご馳走を貪った。初めてなのだろうね。美味しい食べ物を口にしたのは。

 もうこれで魔宮は潰れたと。復活はしないと。危機は去ったと。宴会場は大盛り上がりだった。

 下心を持ってクロに挑んだ若造達は皆、急性アルコール中毒で潰されていった。クロに毒物は効かない。

 X線、ガンマ線、高エネルギー荷電粒子がバンバン飛び交う宇宙を生活の場とする宇宙人が出自であるクロの体に、アルコールが作用する事などあり得ない。

 美女で腕っ節が強くて、さらに酒豪と来た。盛り上がらぬはずがない。

 クロに斧を取られた若者だけが、機嫌悪そうに酒をチビチビ飲んでいた。そこに絡む奴もいる。

「お前、付き合いが悪いぞ!」

「うるせぇ!」

 より拗らせるだけであった。


 チョコが船をこぎ出した頃である。

「さて、そろそろ引き上げたいのですが。ジャンナさんと話がしたい」

「へ、へい! 大事な話ですね。案内します」

 瞼を閉じかけているチョコをこの場にほっとくと何されるか分からない。チョコを小脇に抱えて、ジャンナが臥せる病室へと向かった。

 

 ジャンナの怪我だが、10日は微動だにしないほうがよい状態だ。経過にもよるが、1ヶ月はじっとしていて欲しいところである。

 意識は取り戻したが、危険な状態はまだ続いている。

 紙のような顔色だ。ベッドから起き上がるどころか、指一本動かせないでいる。元通り剣を握れるかも定かではない。

 しかしギルドの巡回騎士とは地位が高いものらしい。獣人の村の村長が低い姿勢で畏まっている。口を挟むことも無い。

 アルコールの匂いがする。匂いから判断して、相当な高純度と思われる。消毒の概念があるのは大したものだ。それだけ、怪我が多い世界なのかもしれない。


 クロはベッドの脇に用意された椅子に腰掛ける。チョコはお膝の上に座らせた。

「こんな、様(ザマ)で情けない話、だ。まずは礼、を言う。あなた、は命の恩人だ。有り難う。さらに魔宮、を攻略して、くれた。重ねて言う。有り難う。こ、の恩は、我が命の、比ではない。有、り難う!」

 声がか細い。呼吸が苦しいのか、言葉が細切れになっている。

「1人でも助かってくれて嬉しいよ。村の存亡の危機だったのでしょう? 幸いわたしも無事だ。結果よければ全て良し。わたしの里に、そんな言葉があった。それはこの時のための言葉だとわたしは信ずる。あなたの感謝は素直に受けよう。そして、わたしは言おう。どういたしましてと」

 ちょびっとだけチョコの言葉をパクらせてもらった。

 ジャンナはいい人のようだ。彼女は心から礼を言っている。

「命を、落とした2人も、浮かばれることだ、ろう。使命を果たせたのだ。……母なる女神よ。死国の女神よ。彼らの魂を、お拾いください」

 そして目を閉じ、何やら宗教的な言葉を唱えていた。


 かいつまんで、魔界内での出来事を話した。とくに、ダンジョンマスターこと魔王の部屋のことを丁寧に。

 ジャンナは、眉間に皺を寄せた。

 それは、魔宮が溢れるこの世界でも珍しい現象だったらしい。

「命がけで、我らの名誉と、この村の危機を救ってくれた貴女に、こんな事は頼めぬ、道理であるが、クロ殿、どうか、この事をアリバドーラの、攻略者ギルドへ知らせほしい。あの魔宮は、生まれたての魔宮、でした。そこで起こった、出来事を、体験したあなたの話は、魔宮の神秘に迫る、第一級資料となるはずです」

 巡回騎士である彼女にしてみれば、一刻も早くこの事を伝えたいのだろう。

 不幸なことに、この世界で獣人の地位は低い。獣人がアリバドーラへ旅することも危険だし、ギルド入り口で門前払いになること請負だ。そこで普通のヒトに見えるクロの登場である。

 だが、クロはアリバドーラなる町を知らない。そもそもこの世界の地理を知らない。

 昨日この世界へ来たばかりなのだから。ジャンナの記憶層全てをコピーしたわけではない。むしろ取りこぼしの方が多い。


「アリバドーラという町は、ここからいかほどの距離にあるのかい?」

「歩きだと10日で着く距離です。少々離れていますが……」

 喋るだけで息が上がるジャンナに代わり、村長が答えてくれた。

 クロの足だと苦にはならぬ距離だ。24時間歩き続けたら5日で着く。何ともなれば弾道軌道でひとっ飛びだ。

 それにジャンナの馬を借りるという手も……普段着の女と獣人の子供が乗った馬。面倒なことが起こる予感がしたので、馬はやめよう。

 うむ。と頷いてから、必死で目を開けていようと頑張っているチョコのあごの柔らかいところを手の甲でゆっくり撫でる。

 しかし――だ。ジャンナも、チョコを囮に使っていた。ひどい話だ。


「その件に関して、わたしに何か利点はあるのかい?」

「え?」

 

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