第6話 魔王の間
洞(うろ)や節に当たる部分がアメジスト色の不定形物質で埋められていた。レンズ状に、あるいは表面張力的な丸みを帯びたアメジスト色の軟体物質が、いくつもはめ込まれている。それがプルプルと蠕動して気持ち悪い。
この木は、か細い見た目と裏腹に、内包する魔素の量が違う。圧倒的圧力。
理解した。
この捩じれた木が魔界、いや魔宮の主、魔王だ。
ここまでで1秒とかかってない。クロの副脳が高速度思考を行った結果だ。
メインの脳は敵に対応していた。
有象無象の魔物が、部屋に入るなり一斉に飛びかかってきたのだ。数えるのは副脳に任せて、両手両足を振り回す。
金属製の斧を指揮棒がごとく軽々しく振り回す。振り回す度、魔物が命を落としていく。
バッファロー型や狼型、二本足の獣に両手が鎌の直立イタチ等、これまでに遭遇した魔物……の小型。なぜか一回り小さい。
見た目通り弱い。これは魔界で遭遇した個体と比較してという話である。攻撃方法は直線的。フェイントを仕掛ける個体はいない。脆弱な体格なので、身のこなし、攻撃力、防御力が劣る。
クロにとっては数が多いだけで、ぶっちゃけ、解体作業である。
そこで、体の方を副脳にまかせ、先ほどから大いに興味をひかれているこの場の疑問を本脳で深く思考することにした。
なぜ、魔獣たちは侵入者に襲いかかるのか? それも命を顧みず。
なぜ、魔獣たちは死ぬと心臓が魔晶石になるのだろうか? まるで仮初めの命を持った人形のように。
クロはもといた世界の知識の中に類似例がないか検索してみた。
魔物とか、魔宮だとか、リアル性などを除外して。
そこで検索に引っかかった物のうち、もっともらしい物を一つ二つ拾い上げた。
魔獣たちの攻撃性について――、魔宮を形なす魔界そのものが、魔界という生物であるなら、侵入者という異物、バイキンを殺して排除しようするのが道理。
魔界の健康を保つため必要かつ、正義の営みだ。人間だって白血球を作り出してるし、大腸内にビフィズス菌を飼って増やそうとしているし。
そして魔物というモノ。それを仮説・式神とする説。
安部晴明、蘆屋道満が使ったとされる式神。おとぎ話の類を出ない伝承話。
クロの記憶層にある話はこうだ。紙で作った人型や、虫、獣等を基として、仮初めの生命を与え、使役者に従属し、使役される人外のモノ。または儀式を執り行い、異世界から呼び出す異形のモノであると。
鬼とも神とも呼ばれるらしい。
たとえば、だ。あの木。魔界の主であり絶対者である木が、何らかの媒体や、それこそ魔法を介し、魔獣や魔物という異形のモノを呼び出し、絶対的な使役を行う。
幸いなことに、魔界内は謎物質である魔素なる素粒子に満ちている。
で、あるならば――。
それなりな体格の狼男の回し蹴りを斧で受けた。狼男の足に大ダメージを与えたが、引きかえに斧の柄が折れた。
反作用で飛び去ろうとする斧の頭をクロの左手がつかむ。光速の反射神経と運動能力を持つクロにしかできない反応だ。
丁度いいタイミングだ。
クロは体のコントロールをメインに取り戻し、左手に握る斧の頭を意識した。
これまでクロの体の某所に存在するコンバーター組織にため込んだ魔素を斧に流し込んだ。
この魔素が、斧に流れ込むラインを認識して。一度に濃くなった魔素は、拡散することなく固定されていく。
すると、斧と自分とを繋ぐ魔素のラインが太くなり、情報の伝達が可能なまでに太く堅個なものとなった。魔素で作られたコードだ。
この感覚を逃さない。しっかりと握りしめ、これを自分のコントロール下に納める。一度繋がったら、魔素は無限にあるこの部屋から補給してもらうことにした。
国語の実験である!
斧を力いっぱい投擲!
縦回転でまっすぐ飛んでいく斧。と、ベストな位置で縦に落ちるシュート。斜めか上からブチ込まれた斧で頭部を破壊される魔物。
――斧に原始的な思考能力が生まれた――
U字を描いてクロの手元に返ってくる。クロを主と認識した行動。明らかな知性の発動だ。
クロは短くなった柄をキャッチ。これが人間だったら、指を飛ばされて終わりだろう。クロの動体視力と運動性能だからできる神業である。
「ほほう!」
脇から噛み付いてきた魔獣の頭を肘と膝でサンドイッチ。粉砕する。
成功だ! 斧を仮称・式神として使役できる!
「ここは国語の世界だな!」
クロにしかわからない納得をし、再び斧を投擲する。
同時にダッシュ。
前回とは比べ物にならないスピードと回転力を持って、部屋中をあちらこちら所狭しと飛びまくる斧。魔獣たちはその速度を目で追うことすらかなわず、体を破壊されていく。
魔獣共は大混乱。クロに襲いかかる暇がない。
脳内に、鉞コントロール用のサーキットを構築し、管理を副脳にまかせる。
クロはやすやすとダンジョンの主たる貧相な木にとりつけた。
幹に手をかける。破壊は意のまま。その前にじっくりと、素早く短時間で観察。
魔晶色のゲル状部分から、魔性石色のジェルがこぼれ出た。地につくと見る見るうちに、魔獣のスタイルに変形していく。ちょい、グロテクスな、汁っぽい工程を踏んで。
「なるほど」
仮説通り。己の従者を生みだしている。
生まれたばかりの魔獣をサッカーボールキックで蹴り殺してから木を分子変換。
分かる。
魔素の流れがわかる。
この木は、地下深くに根を下ろしている。
その根から魔素をくみ上げている。
魔素は地下深くに存在する魔素の油田と繋がっている。
まだ仮説であるが、大地の下、岩盤層の中部分以下へ位置する場所に魔素溜まりがあるのだろう。前の世界でいうところの原油の立ち位置そっくりだ。
……ひょっとして、異世界中生代に棲息していた微少魔物の死体がうんたらかんたらで魔素に変質したんじゃなかろうな?
この原油、もとい、魔素は精製せずに使える程の軽質油、もとい軽質魔素なのだろうか? あるいは、魔王に精製の能力が備わっているのだろうか?
1つ謎を解くと、2つの謎が現れる。無制限に再生していくどこかの多頭竜みたいな?
いや、ちょっと待て!
ここ。この魔界。異世界のさらに異世界だった。どうなってるんだ?
などと考えること数秒の後、分子変換された木を勢い付けて引っこ抜いた。
長い根が鞭のようにしなり、空気中に飛び出す。
分子変換を戻す。砂利をはねて地面に叩きつけた。
地に開いた穴から魔素が噴水のように排出される!
「ぐっ!」
力による圧。
魔素から放出される魔力が、魔王の間を濃厚な密度にもっていく。深海の水圧をイメージできる密度だ。
物質を貫通する魔素は、容赦なくクロの全身を打つ。それこそ心臓を含めた内蔵にまで圧力が掛かる。想定を上回るエネルギーの奔流は、クロに捌ききれない大きさだ。
それが魔王の断末魔だったのだろう。
魔王の死と共に、魔物達は崩れていった。
体から黒い煙、いや、霧か。霧が立ち上がり、体が崩れていく。
体液たる汁気は地に落ちる前に昇華。気体となって消えていく。
堅い骨も関係無く、均一に消えていく。
一蓮托生。魔王が死ねば、式神たる、眷属たる魔獣も死ぬ。
……これを知っているから魔獣達は命を賭けて侵入者を排除しようとするのだろうか?
――元の世界でも、似たような原因で戦争が起こったり異邦人を排除したりする事があったような?――
もといして、そこまで魔獣の知識は高いのか?
いや、それはない。だいいち、どうやってそれを知る?
謎が多い。
もう一つ、戦いの最中に気づいた事。式神より派生した問題。
魔素はある程度自分の意志で運動をコントロールできるということ。
たとえば……右人差し指を立てた。部屋に満ちた魔素を指先に集める。そして皮膚表面でエネルギー化させる。
指先に青白い火が灯った。熱くない。セントエルモの火のような。
炎に意志を伝える。炎が思い通りにゆらゆらと揺れる。
「なるほどね。意志が通じる素粒子ねぇ。……何のために?」
謎がまた増えた。追い追い解明していけばいい。
仕事は終わった。早く顔を見せないとチョコが心配する。
「はっ!」
思い出したというか、思いついたというか、ダンジョンマスターにも、コアたる魔性石が精製されるのだろうか?
ダンジョンマスターの死体を探す。あった!
鶏卵大の紫に光る魔性石が、グズグズになった死体(?)の中で光っている。
急ぎそれを拾って部屋を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます