第5話 魔王?
奥地。
周囲の景観は一変していた。
床はこれまで通り、砂利が敷き詰められたまま。
薄暗い中、天井には石でできたツララが垂れ下がっている。左右の壁は岩肌がむき出しに。高さ半分から下だけしか発光しない。暗さとツララの陰で、天井が闇の中に沈んでいる。なんともうすら寒い光景となった。
その魔獣は、天井のツララに偽装していた。軟体生物の長、スライムだ。
これまで、魔獣は足を地面につける獣型ばかりと遭遇してきた。頭の上から襲う魔獣はいなかった。攻略者は、前方に注意を集中させていることだろう。
よもや、真上から音もなく奇襲されるとは思うまい。
犠牲者がやってきた。大きいのと小さいのとの2人組。前方にだけ注意を払っているのだろう。普通に歩いてくる。
もう少しでスライムの攻撃範囲にはい――
待ち構えていたスライムのコアが、高速縦回転する斧でカチ割られた。斧を投擲されたのだ。
即座に、爆散したスライムの部品(ベトベト)が斧と共に落下する。
チョコは役にたつよ!
その言葉通りだった。
先ほども天井にへばりついていたスライムを鼻と耳で察知した。その存在は知識として知っていたが、まさかここであの場所で有名人が待ち構えているなどと想像すらしていなかった。
クロが知るスライムとは、繊維だけを溶かす消化液を出すタイプだ。危ないところだった。クロの偏った知識はどこで得たものだったのだろうか、という謎だけが残る。
「ずっとずっとあっちの曲がり角のむこうに、2本足の魔獣がいるよ。おとなの人より重そうな足音がする。かずは、えーっと、5匹。犬みたいな匂いがする」
チョコの頭頂部の揺れる大きな三角耳が、クロですら捉えきれない遠くの音をキャッチする。
すんすんと小刻みに動く鼻が、見えない距離の敵の種類を嗅ぎわける。
……これは役に立つどころではない。魔界攻略の必須アイテムだ。
魔界内に充満する魔素により目と耳を封じられたクロにとって、これほど頼りになる相棒はいない。めっけものである。
2本足の犬で、大型の魔物。マッチョな狼男だと想定して戦闘態勢に入る。途端、砂利を踏むクロの足音が消えた。チョコは――、これも足音がしない。
……足の裏に肉球があるな。
チョコの足は獣脚。踵は宙にあり、接地面はつま先だ。この体型なら肉球持ちだな。後で確認しよう。オホホホホ!
戦闘は簡単に済んだ。曲がり角の向こうにいる敵は、気配を消したクロたちに気づかない。奇襲で3頭切り倒し、返す刃で2頭を斬り伏せた。
楽勝!
ここに来るまで、戦闘を3回経た。奇襲であったり強襲であったり。すべてチョコが事前に察知し、クロに伝えていた。そうなると、もはや魔獣はクロの敵じゃない。一方的な殺戮だった。
どうも、魔獣は決められた守備範囲があるらしく、敵である侵入者を認識しない限り、持ち場を動かないらしい。しかも、増えたりしない。その場にいる魔物を倒すと、一面クリアである。
初期の頃のみ魔晶石を剥いでいたが、20個を超えた時点であきらめた。めんどくさくなったのだ。
途中で食事休憩をはさみ、進むこと、半日あまり。
通路は突き当りになっている。目の前に背の高い立派な門がそびえていた。
雰囲気で分かる。いや、扉を通して漏れ出る魔素の量と質で分かる。この門の奥に、この魔界を構成する魔宮の主、魔王(ダンジョン・マスター)がいる。
「チョコは……」
視線を下ろすと、クロを見上げるチョコの顔があった。兎のようにスンスンと鼻をうごかしている。
巨大で分厚い扉を通して、嗅げるはずのない匂いを嗅ごうとしているのだろう。少しでもクロの役に立つためだ。
「チョコはここで待ってろ」
「いやっ! チョコも付いていく!」
「危ないよ」
「チョコを捨てないで! チョコは役に立つから! 囮になるから! だから捨てないで!」
「まいったな」
泣きそうな目で訴えるチョコ。
それはチョコの勘違いなのだが、これまで生きてきた経歴と生活を考えると、それも仕方ないこと。
「ちがうんだチョコちゃん。お姉ちゃんの話を聞いて。チョコちゃんを捨てたりしないさ。だってこれまで魔獣を教えてくれたじゃないか。いいかい?」
クロはしゃがんでチョコと目の高さを合わせた。
「チョコちゃんに大事な用事を頼みたいからそう言ったんだ。分業だね。チョコちゃんはここで帰りの準備をしていてくれ。食べ物は最低限に抑えて、残りを捨ててくれ。魔晶石を入れる袋も準備して。すぐ入れられるように。魔宮の核を無事持って帰れるかどうかは、チョコの準備にかかっている。重大任務だ。できるな?」
「うん! まかせて! チョコにじゅうだいにんむ? をまかせて!」
よしよしチョロイ、もとい、いい子だと、頭をなでておく。
「荷物を守るのもチョコの仕事だぞ。できるかい?」
「まかせて!」
いい子、いい子。
さて……、
斧の柄や刃に損傷がないことを……あるけど問題無いことを確かめる。ここまで使いこなせば、もはやクロの愛刀も同然。
クロは扉に手をかけた。
「ん?」
微細な感触にクロは動きを止めた。
扉が、ほんの僅かずつ奥へ動いている。どういうことか? クロは遠隔感知力場で自身周辺を探った。馬鹿みたいな遠距離は感知できないが、自身の周辺数メートルなら感知可能だ。
さっそく力場が動きを捉えた。
扉が、ではなく、魔界の全長が伸びつつある?
魔界が少しずつ成長している?
「なるほど、これは早くやっつけないと、とんでもない大きさに成長してしまう」
天井まで届く重厚な扉を開く。押し開きだ。
見た目にかかわらず、扉は軽かった。
足元に流れる可視化された魔素。ドライアイスの気体のように足下を流れていく。
中は真っ暗。
「クロ姉ちゃん! 沢山いるよ! 真中に大きな木みたいのと、ねばねばしたものが、なんか変なのがいるよ!」
「よく分かった。助かるよ。じゃ、ちょっと魔宮のコアを取ってくるね」
クロは、扉の中に足を踏み入れた。
途端に、部屋に明かりがついた。なかなかに劇的演出である。
全貌が明らかになった。
体育館ほどの広さ。高さも体育館。四角い部屋だ。
有象無象の魔獣がこちらに向いている。四本足、二本足、尻尾のあるもの、無いもの。
中央に木が生えている。捩くれながら、広間の中央に生えている。樹齢千年は越える古木……と言いたいところだが、どこの家の庭にでもあるようなヒョロっとした木。
……一見は。
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