第4話 チョコ
チョコ
「む?」
巡回騎士にしては小さすぎる。だいいち、この者が巡回騎士だとしたら頭数が合わない。
プルプルと震えながら、一生懸命顔を上げた。
泣き腫らしたつぶらな瞳。
子ども? それも年端もいかぬ小さな子ども。
「立てるか? 助けに来たぞ。お前は誰だ?」
獣人の村人は、この子の情報を出していない。
おそるおそる立ち上がる子ども。怪我はなさそう。
4、5歳ほどの幼女だ。
アイボリーホワイトの長い髪。ズタ袋と見まごうばかりの粗末な頭貫衣。
頭の頂点に三角形をした獣耳。バランス的に大きな耳だ。先っぽに黒い毛がチョンと生えている。
そして、ワンピースの下からのぞく太い尻尾。毛が密集している。先っぽだけが黒い毛だ
足は裸足。獣関節の足なので、履ける靴がないのだろう。おそらく肉球があるはずのクリームパンのような足だ。
貫頭衣から見える腕と足は短いが柔らかそうな毛でおおわれている。毛が生えてないのは顔だけだが、頬から三本の毛が左右に生えている。
魔物か! 斧を握る手に力を込める。
「わたし、チョコ」
喋った! 魔物じゃない?
「獣人の村の……じゅんかいの人たちのお手伝いをしてるの」
「おうちの方は?」
「だれもいない。去年のおわりにお爺ちゃんが死んだから」
理解した。全て理解した。村人から説明が無いはずだ。
この子は先祖返りした獣人族の子ども。村人と違う姿をした者。異分子。
役割は囮。死んでも良い者。むしろ死んでくれた方が良い、いらない子。
……昔の自分と重ねてしまった……。
ムラッと怒りが沸き上がる。なんだ、あいつら!
これより、一切の同情を獣人の村に寄せないこととした。
人と違うところがある。ただそれだけで生きる権利を取り上げる。いっそ、獣人の村人から生きる権利を取り上げてやろうかとさえ思った。
『落ち着け』
趣味用に取り分けた副脳№3がメッセージを発した。クロは落ち着くことにした。嫌々ながら。
ここまで来たのだ。魔宮とやらの謎の一端に触れたい!
興味が勝(まさ)った。
魔宮。そして魔界。その際奥は魔宮にして魔界の主。ダンジョンマスター。文句なしの強敵。
自分でも好戦的すぎやしないかと頭のどこかに疑問符が浮かぶ。しかしだが、と言うもう一人の自分がいる。
クロは自分が非理性的になっているのに驚いた。覚醒機能を起動させ、強制的に脳の状態をクリアにした。
さて、この世界の理を知るために、ダンジョンの心臓部を調べる必要がある。よって、このまま奥へ進み、心臓部へ踏み込む事は確定事項。
次に、このチョコという獣人の幼体。疑問点がある。
なぜ、魔獣は一息にチョコを殺さなかったのだろうか? 魔獣の死体の隙間にもぐってうまく隠れていたとはいえ。
それは追々分かってくることだろう。先に進もう。
「わたしはこのまま奥へ進むつもりだ。危険だからチョコは魔界から出なさい。外まで魔獣はいないはずだ」
「連れていって! チョコは役にたつよ!」
チョコがクロの足にしがみつく。ズボンを小さな手がぎゅっと握って、しわになっている。
眉がハの字になり、不安そうな色が茶色い目に浮かぶ。小さいのに媚びるような作り笑顔を浮かべている。泣くのを堪えている。
……そうか、この子は役に立たつとアピールしなければ生かしてもらえないのだ。
ならば――、
「何ができる?」
「荷物をもてる! おとりになれる! あと、あと、耳と鼻がいいから、遠くからでも魔獣がわかる!」
スパッツが小さな手でぐいぐい引っ張られる。一縷の希望に目が輝いている。
「ほんとよ! しんじて! きしの人達はしんじてくれなかったけど、ほんとよ!」
ぐいぐい来る。
どうも、幼さに絆されたようだ。クロはこの世界にきて初めて笑顔を見せた。
「一緒に来るか?」
「いく!」
スパッツを握ったままピョンピョンと飛び跳ねる。おひさまのような明るい笑顔だ。
……本来、この子はこんな笑顔を見せるのだ。
「よしよし、では、敵の探査を任せる。チョコの能力に、わたしら二人の命がかかっている。責任は重大だぞ!」
「うん! チョコがんばる!」
「はっはっはっ! 飛び跳ねるときはスパッツから手を放そうな!」
すでにスパッツがずれて、パンツが見え始めている。早急に手を打ちたい。
「あっ! そうだ、お姉ちゃんのおなまえは?」
「む、名前か?」
クロの本名は網場礼子という。網場は養父の苗字。礼子という名はその父がくれたもの。しかし、新しい世界で前の世界の古い名を使いたくない。前の世界に、父の死に添えて、すべてを置いてきたかったから。
自分の特徴を向こうの言葉で表そう。それを名前とする。
いい考えに思えてきた。
髪と目の色が黒い。黒=クロでいいか。短いから、チョコも覚えやすかろう。
「クロだ」
「クロ姉ちゃん!」
「よしよし」
頭をグリグリとなでまわす。適度なしっとり感とサラサラ感。風呂に入ってなさそうなのに清潔だ。おそらく汗をかかない体なのだろう。
チョコは頭をなでる手にしがみついてキャッキャと笑い声をあげている。こんなふうに可愛がられたことがないのだろう。随分とうれしそうだ。
もう少しこうやってチョコを甘やかしていたという要求をぐっと跳ねのけた。
自分はこれほど甘かったか? きっと魔界にあふれる魔素のせいだ。どうも調子が狂う。
……おっとっと! もといして。
「チョコ。魔界踏破に必要な荷物を集めておけ。水とか食糧とか、後、チョコが必要と思うもの。巡回騎士の遺品から。自分で背負うんだぞ」
「はーい!」
ちっちゃな手をあげて、散乱した荷物を集めにかかった。
さて、自分はこの時間で魔獣の体を調べねばならない。
ジャンナの記憶により、魔獣の心臓部から魔晶石が取れるとある。魔晶石は金(かね)になるそうだ。
分子変換した手でいきなり魔晶石を取り出してもいいが、体組織を一枚ずつ剥ぐように解体して、体の構造を目で見たい。よし、狩人よろしく解体しよう!
手頃な一匹を斧で……斧じゃ解体しにくいな、どうしようかな、と考えあぐねていたら――
「お姉ちゃん、ハイこれ!」
チョコが大型ナイフを渡してくれた。荷物から真っ先に探し出してくれたのだろう。クロが魔物を解体しようとしていたのを見ていたのだ。よく気がつく子だ。
現代人のクロがナイフを持たずに魔界へ踏み込む。異世界の子供チョコが解体用ナイフを持っている。
なんだかすごく面白い。
「よく気がつくね。ありがとう」
「どういたしまして! ねえ知ってる? ありがとうって言われたら、どういたしましてって言うんだよ!」
ともすれば「どういたチまして」と聞こえかねない。舌足らずな声で一丁前に、いい大人へ知識をひけらかそうとする。
……なんだかなあ……。
とにもかくにも、チョコのナイフのおかげで、解体がはかどった。
獣の解体経験はないが、網場礼子の時代に知識として仕入れている。知識さえあれば、それを実地で使うことに苦はない。それほどクロは器用なのだ。
皮や筋組織は地球の動物と大差ない造りになっている。ただし、色は赤くない。白黒単色の世界が広がっていた。
血管は黒い。肉はグレーの濃淡。いかにも異世界の魔獣って感じがする色使い。
毛皮を裂き、白い脂肪層を抜けると、筋組織が普通に存在している。黒い血管を断ち切ると、グレーの煙が噴き上がった。これが血の代わりか?
急いで、白い肋骨の向こう側、心臓までめくる。
心臓があるべき場所に紫の石が。エンドウ豆大の奇麗な宝石だ。
ひらめいた。
クロは急いで、別の魔獣にとりついた。内臓を掻きだしたまま、即死させなかった固体だ。
心臓が動いて――いま止まった。急ぎ解体。心臓をむき出しにする。
チャコールグレーの心臓。大型獣のそれとさして変わらない普通の心臓。
それが、目の前で変化を始めた。するするっと収縮しつつ、生物から鉱物へと変化していく。
それに伴い、魔獣の魔素も変化していく。
「魔獣の体中の魔素が、心臓に凝縮していく」
最終的にエンドウ豆ほどの大きさの、紫の半透明な宝石に変わった。
検証のため、先に殺された4頭と、クロが殺した残りの2頭を解体する。
6頭とも、心臓部分に紫の奇麗な宝石が埋まっていた。
親指と人差し指、2本の指にはさんで、目を凝らす。微量の魔素が放出されている。
何とかして持ち帰り研究したいのだが、この調子だと、外へ出るまでに魔素を放出しきってしまうだろう。
スパッツのポケットに放り込んだが、魔素はスパッツ生地を通り越して外へ流れ出る。一日で空になる流出量だ。
使えねえぞ魔晶石!
「クロ姉ちゃん! はい、袋!」
チョコが革袋を持っている。チョコが背負っていた大きめの背嚢から取り出した袋だ。
「魔獣の皮でつくった袋だって。この袋に魔晶石をいれておくといいんだって」
A3ほどの袋だ。言われたように魔晶石を入れる。すると、いままで放出されていた魔素がぴたりと止まる。
――なるほど。
魔素の塊である魔獣から、魔素が必要以上にこぼれ出ないのは、その外皮が魔素を閉じ込める性質を持っているからか。ある一定量の魔素が溜まった空間だと、魔素が静止状態となる。そういうことか。
解決!
「えーっと、用意はできたか?」
「水と食べものと、それから、えーっと毛布とお薬に、お姉ちゃん用のナイフ」
「よくできました」
たぶん、必要なものはそろってる、と思う。魔界攻略の経験がないので、何とも言えない。たぶん、チョコも巡回騎士から大体のことを聞いただけだろう。うん、頼りになる。……笑えるね。
チョコに水筒を渡すと、ものすごい勢いで飲んだ。……飲ませてもらえなかったのか、恐怖でのどが渇いたか……。
それと、わたしだ。自分は飲まず食わずで大丈夫だが、チョコはそうはいかない。
気がつかなかった。
巡回騎士の死体から、食べ物と水を回収できた。
残っていたのが奇跡か、それとも魔獣は人の食料を食べないのか? それとも、魔獣は人しか食わないのか?
なにも食べなくてもいいのかどうか? それはない。口があって牙があって舌があって喉があって内臓に続いている。
ならばと、腸を裂いてみた。
――腸の中は、見事に空っぽだった。
「さて」
クロは魔界の奥を見つめた。
鬼が出るか蛇が出るか。
「行くぞ、チョコ君!」
「はーい!」
お返事をするときは手を挙げよと教え込まれたのだろうか?
黄色い帽子をかぶった幼稚園児が横断歩道を渡るビジュアルが脳裏に浮かぶ。
2人は奥へ進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます