第3話 原初の魔宮


 クロは、補助脳へ放り込んでおいたジャンナの記憶を探った。魔宮は外側。魔界は内側という認識を拾えた。

 ……ややこしいな。まあいい。現実に戻ろう。


 未知のエネルギーが湧き、流れる口。するとあれが魔宮の入り口か?

 そこだけ人為的な門柱が設置されていた。

 そこから先は……不可視だ。クロのレーダーがごとき探知能力をもってしても、その先を探る事が出来ない。

 異世界、獣人、鎖骨を断ち切る刃物傷、そして魔宮ときた。これらは全て事実。そして実体験もあった。

 クロは目と目の間を摘んで揉んだ。疲れを知らぬはずの体が妙な疲れを覚えたのだ。


「この人、ジャンナさんは攻略者ギルドの巡回騎士だ。仲間3人と魔宮発生の調査をしてる。一月程前のことだ。俺たちの村のすぐ側に魔宮が出来たんだ。ジャンナさん達巡回騎士は定期的に土地の調査にやってきてたんだ。産まれたばかりの魔宮を巡回騎士が調査に向かったんだ。俺たちが待ってたら、大怪我をしたジャンナさんだけが魔宮から出てきたんだ」

 そして今に至る、と。

 割と解りやすい説明だった。クロは獣人を頭の悪い子としてイメージしていた。それは読書による情報入力だった。少し考えれば、その本の作者が異世界を見てきたわけでも、本物の獣人と交流を持ったはずなどないのだ。

「愚か」

 →己が。

 ともすれば商業ベースの、創作上の常識にとらわれそうになる頭を抱えた。


 我を取り戻そう。冷静に。

 気になるのは魔宮の門より流れ出る謎のエネルギー。

 光や熱といった、体を動かす為の純粋なエネルギーとして使えるが、もっと別の利用法があるようだとクロの勘が囁く。

 どうにも興味が引かれて仕方ない。ネオジム磁石+極に引き寄せられるネオジム磁石-極のような執着力を覚える。

 魔宮に入らなければならない気がする。使命感というか、強制力というか……呼ばれたというか。


「まだ中に2人残ってる!」

 その一言がクロに決断させた。

「借りるぞ」

 クロは右足を蹴り上げた。犬っぽい男が持っていた斧の尻を蹴った。一旦飛び上がった斧をクロが手に収める。

「あ!」

 いつの間にか斧を奪われた。その技術に獣人達は飲まれてしまっている。

 クロは確かめるように斧を一振り。箸のように軽く振るう。

 獣人の村特有の斧。身幅が狭い代わり、刃渡りが長い。重さを変えずに接触面を増やした造り。いわゆる鉞(まさかり)である。柄は短い。手斧としてカテゴライズされる、低品質の斧だった。


 クロは早歩きで――未知の存在に心が躍っていた――魔宮の門をくぐった。

 とたんに感じる酩酊感。覚えがある感覚。

 ここは閉鎖空間。一言で言うと一本道の洞窟だ。

 幅は二車線道路程の広さ。天井は高速道路のトンネル程。ただし、断面は四角い。

 足下は砂利が敷き詰められた神社か寺の参道の様。壁はモロ天然の洞窟。地面が整地されている事だけが不自然。

 天井が発光しているので明かりに苦労しない。晴れた夜の満月ほどは明るい。

 そんな洞窟が枝分かれもせず、ずっと続くようだ。100メートル先で左にカーブを描き、先は視界から消えている。

 ……丘陵の直径は80メートルなのに。


 驚いた。正直驚いた。

 内側は、ムッとした濃さの謎粒子に満ちている。

 予想していたが、クロの生体レーダーたる感覚器官の能力が著しく低下した。いや、低下ではない。未知の粒子が感覚の広がりを妨害する。たとえて言うなら、伸ばした触手の先端がかすみ、情報が本体に伝わってこない状況。

 そして、つい先ほど経験した感覚の名残。それは次元移動。


「魔界」

 魔の世界。

 一つのワードがクロの頭に浮かぶ。ジャンナの知識だ。

 門の内側は、外の世界と連動していない。門を境として平行宇宙、別次元、別世界、なんかそんなこことは違う世界に繋がっている。

 異世界のさらに異世界。内なる世界を魔界と呼ぶ。魔界がいくつも集まった物を魔界と呼ぶ。


 この咽せる程の謎粒子と、そこから放たれるエネルギーが……いやエネルギーは直材的なもの。謎粒子の性質からくる働きが……クロの補助脳から適正化された情報が上がってきた。

 ジャンナの記憶によれば、人類は漠然とであるが謎エネルギーの存在を認めており、謎エネルギーを魔力と名付けて使っているのだ。

 魔力を通すとか、魔力を錬るとか、魔力を溜めるとか。

 おそらくであるが、異世界人は魔素を光のような波長だと想像しているものと思われる。

 だが、その実態は粒子である。

 この謎粒子を便宜上、「魔素」と呼ぶことにしよう。


 この魔素の正体。それは、特異な素粒子である。

 空間が開放された門の外側と、閉鎖空間と言える門の中、両方の魔素を観測してようやく結論が出た。

 この魔素という謎素粒子の静止質量はゼロもしくは、ほぼゼロだ。物質をある程度透過する。濃度が濃ければ濃いほど球形に集約し、ある一定の濃度より下がれば、なぜか一気に拡散、それこそ霧散する。

 物質を素通りし、濃度により滞留する、説明しきれない素粒子。

 その事から、ある仮説を立てることができる。あらゆる物質に何らかの影響を与えられる。と。実証は先の話だ。……どうやって実証しよう?

 これって、世界および、宇宙を構成するにあたり不足する部分を補填しえる物質では?

 ジャンナの記憶には、これに関連した記述があった。強力な意思の力により、魔素が濃い空間で常人以上の能力を発揮することができると。


 また、ジャンナの記憶が立ち上がった。

 巡回騎士は生きて報告を上げなければならない。報告人は一人で良い。ジャンナを地上に戻す為、残りの巡回騎士は体を張ったのだろう。

 すると、残りの巡回騎士は絶望か?

 僅かな音を聴音器官(耳)が拾った。この洞窟の先からだ。

 うむ! 解析と検証は後回しだ。

 クロは魔界の奥へと急いだ。


 物音も気配もしない。100メートル先の曲がり角までは大丈夫そうだ。

 一息に距離を詰め、カーブ入り口で先の様子をうかがう。これが外なら、壁の向こうまで感知できるのだが。目と耳による確認がもどかしい。

 光学的に見にくかったり、音を立てない敵だったら先手をくれてやらねばならぬ時もあろう。魔界の中は、クロにとって今までになく不利な場所であった。


 さて、敵情は――、

 いる! いや、いた。過去形で、いた!

 ロバほども大きい犬科の動物。その死体が3つ転がっていた。どれもこれも刃物による切り傷を致命傷としているのだが、血の流れた形跡がない。

 近寄ってみると全貌があきらかになる。基本は狼だろう。ただし顔がスケール的に一回り大きい。口の割け方も酷い。ワニのようだ。首にまで口の切れ目が続いている。歯も鋭くて太い。

 

 ……ここじゃない。もっと奥だ。

 クロは駆けだした。


 次の角は90度左へ曲がっていた。その先は80度右。都度、用心し、先を探りながら先を急ぐ。

 時間にして10分程。人種(ひとしゅ)が出せる最高速度を軽く上回る速度で魔界回廊を駆け抜けていく。曲がりくねっているが、一本道だ。枝分かれはない。後ろを振り向いたら実は枝分かれしてましたという手のトラップもない。

 所々に魔物の死体が転がっている。ジャンナ達は「善戦していた」ようだ。

 そして、最後の緩い右カーブを抜けたところに現場があった。


 動く物体は4つ。 

 残念な事にジャンナの仲間の死体も転がっていた。

 3人のうち、2人は原形をとどめていなかった。防具ごと切り刻まれている。とくに頭部の損傷が激しい。武器も防具もあったものではない。

 最後の1人は、上半身は無事だったが、死んだ脳からは情報を抜きとれない。剣も折れて使い物にならない。

 残念な結果だったが、クロは気持ちを切り替えた。

 巡回騎士の努力の結果、魔物の死体も4つ転がっている。

 生き残りの魔物は、一カ所に集まって、一カ所を向いていた。大きな魔物の死体が重なって転がっているところだ。そこに何かがいる!?


 魔獣共はクロに気づいていない。それもそのはず。足音を含め全気配を切って駆けつけたのだから。

 魔物の鼻先に白い動くものが見えた。魔物とカラーが違う。服だ。一人多く潜っていたのか?

 魔獣がこちらに気づいていない。気配を遮断していたのがアダになった。こちらに注意を向け、被害者への興味を引き剥がさねばならない!

 こういう時は、こういう行為に限る!


「ぶっころすぞこのやろう――ッ!」

 クロは原始の叫び声を上げた。


 途端に沸き上がる闘志! テンションがレッドゾーンに飛び込む!

 ここは異世界。弱肉強食の世界。戦いを隠す必要はない! 力を隠す必要はない! 溢れる血の滾りを押さえ込む必要もない!

 すばらしい! 理性を手放し、闘争の快楽に没頭できる世界だ!


 意図した通り、4頭の魔獣はこちらを向いた。

 大きさとシルエットはバッファローか? 頭部はフリルがないトリケラトプス。3本のよく斬れそうな剣の角が特徴的! 体重は2トン! 人間が相手するには荷が重い!


「うひょーっ!」

 純然たる戦意だけで、斧を構え、魔獣の中に飛び込んだ!

 一番近い魔獣に襲いかかる。三本角の真ん中に斧を最適角度でぶち込む。割れた魔獣の頭に高速、高質量の蹴りを叩き込む。なに、足を構成する分子を加速させればいい。魔獣より重くなる。

 2トンの体重が、もんどり打って転がってって行く。


「次、2頭目!」

 ヘヴィ級四つ足動物に助走を付けさせてはいけない。速攻で魔獣の左を抜ける。そこは第3の魔獣の死角でもある。

 抜けざま、心臓の位置に斧を叩き込む。しかし、心臓に届かない。それは予定の中。手放した斧に向け、回し蹴りを放つ。

「ブキャー!」

 断末魔の叫び声を上げ、トリケラバッファローは地面を震わせて倒れた。足をかけ、力任せに斧を引き抜くと、傷口から黒い濃密な霧が噴水のように噴き出した。これが魔獣の血なのだろうか? と、副脳に考えさえておき、メインの脳は次の獲物にロックオン。地を這う低姿勢で3番目に迫る。4番目の死角へ入りつつという念の入れよう。


 狙うは比較的柔らかそうな腹。

 間合いに踏み込む。魔獣はその鈍調な動きにより、方向転換に手間どう。

 斧を下段から逆袈裟に切り上げる。クロの腕をもってして、質の悪い斧は名刀の切れ味を持つにいたる。

 腹筋を切り裂き、バッサリと割かれた腹腔から内臓がボロッとこぼれ出た。自分の足で内臓を踏みちぎり、濃灰色の血だまりに倒れてもがく。すぐ死にはしないが、動くことはかなうまい。


 ここまで来るとさすがに4番目の魔獣は体制を立て直し、クロと対面していた。

 既に助走に入っている。

 クロを正面に捉え、三本の剣角を振りかざし、2トン越えの魔獣は全体重を突進力に乗せた頭突きを敢行!

 クロは……真正面から力で迎撃の予定。腰を低く落とし、左手を握って腰だめにする。

 剣角を絶妙な体捌きでかわす!

 インパクトの瞬間! クロの正拳突きが魔獣の額に突き刺さる。

 吹き飛ぶ黒い影。

 飛んだのは2トンを超える魔獣!

 頭部は大きく陥没し、三本の剣角は肉体を離れ宙を舞う。

 クロは、足首まで地面に埋まった足を片方ずつ、よいこらせと引き抜いていた。


「他愛ない」

 さて――、


「生きているか?」

 蹲ってる白い塊に声をかけた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る