第2話 獣人の村の魔界攻略


 クロが魔界を攻略したのは偶然か、はたまた必然か。

 クロにしても、攻略者ギルドに話せる内容と話せない内容があった。

 彼女の出自に関して、ある程度の虚構を交えた作り話をしなければならない。単に、信じてもらえないであろうという事と、正直に話すと面倒な揉め事を引き起こすであるはずだからだ。

 彼女が元いた世界は機械文明が発達した世界であった。そこの神は死に絶えたし、魔法も存在しない。


 クロは自らの意思と行動によって、世界を渡った。

 彼女は、元いた世界になんら未練もなかった。未練が無くなってしまったと言い換えてよい。

 自らの意思で、彼女はこの世界へ渡った。

 本当の名前も、生活も、過去も全部元の世界に捨てて。


 クロについて話して話してはならない部分。

 それは彼女がこの世界の人間ではないこと。人間ですらないことである

 正直に言おう。クロは宇宙を生活の場とする人外の生物だ。

 彼女にしてもこの世界へ来られたのは偶然によるもの。そしてチョコの村の近くへ転移したのも偶然のものか?

 今にして思えば、誕生したばかりの魔宮、もしくは何らかの意志がクロを引き寄せたとしか思えない。

 

 緑溢れる地球型惑星の表皮に着地出来たのだが、クロが転移した場所は惨憺たるものだった。

 落ちた雷様が転げ回った草原と表記すればだいたい合ってる。しかし、想定以上に慎ましやかな惨状であった。計算上、都市クラスの面積が掘り返されるはずだったのだが?

 転移の為、内包エネルギー全てを使い尽くした。新たなエネルギーを吸収する為、クロの黒髪は光の反射を全てカットした。艶やかだった黒髪は完全な黒となる。立体感を喪失させ、むしろ穴が空いたかのような錯覚を思い起こさせる。

 髪だけではない。クロの体表も黒くなった。


 クロの足下で霜が張っている。空気中の水分が結晶化し、キラキラと光りながら落ちてくる。

 クロは全身でエネルギーを可及的速やかに吸収しているのだ。


 クロが求めようとしたエネルギーは太陽の光と、大気中の熱エネルギーの2つ。地球と環境を同じくするこの惑星上であるならば、1秒とかけず、通常活動だけなら可能のエネルギー量を得られるはず。

 だったのだが――、髪の色が元のつややかな黒色に戻った。体表も元通りだ。


 ここでちょっとしたアクシデントが発生した。

 少量であるが、想定外のエネルギーを吸収してしまったのだ。

 それは光でも熱でもない、未知の、第3の、新しいエネルギーだった。

 未知のエネルギーにクロは驚いた。自分の知らないことがまだあると、その事に新鮮な驚きと同時に、興味が湧いた。


「どこからだ?」

 クロは感覚を広げた。遠隔感知器官を用いた周辺探査を行った。

 本来、宇宙で活動する為のモノだ。その気になれば10光年先のエネルギー体を感知することができる。だが、地上は狭い。範囲も絞れるので、ほとんどエネルギーを消費しないし詳細に調べることができる。

 ぶっちゃけ、視力と聴力に頼らなくても普通に格闘戦ができる。超戦闘能力保持者であるのだが、たまに人間の武闘家に押されることがあった。不思議でしかたないがそこが面白くもあった。


「みつけた」

 3時の方向、森を抜け、1㎞ばかり離れたところ。土と石と少量の岩で出来た直径60メートル、高さ8メートル……ほどの塚だ。

 そこから未知のエネルギーが放射されている。

 その向こう側、すぐ側に集落らしきものも感じられる。 

 興味が勝った。そちらへ向け足を運ぶ。


 まばらな森であったであろう出現場所を後にし、薄暗い森を抜けると、草原に出た。

 そこに、例の塚があった。こんもりと盛り上がる土と岩で出来た塚。塚とその周辺に草木は生えていない。はげ山だ。

 未知のエネルギーは、そこから浸み出していた。ここまで近づくとわかる。

 フィルターを通すと、塚全体から湯気のようにエネルギーが沸き上がっているのが見える。

 それは未知の粒子が放射するエネルギーだ。未知の粒子は、電位的に安定している。なぜか拡散する性質も持っている。その場に一時的に漂い、次いで流れて散っていたからだ。

 もう少し調査しないと、……面白そうな粒子だ。

 実に探求心をそそられる。クロは研究者肌だった模様。

 塚をゆっくりと時計回りに回る。11時の方角まで回ると入り口が発見できた。入り口から川の流れのようにエネルギーが流れ出ている。


 フィルターを解除。通常の視界に戻す。

 入り口付近に、人らしき生物が多数、集まっていた。

 中心に生物の関心を引く何かがあり、全員が一様に覗き込んでいる。

 一部をズームアップ。

 二足歩行。服を着ている。頭頂部に獣の耳。臀部に猫のような毛に覆われた細長い尻尾が生えている。骨格は人と同一。身長は、日本人に準ずる。


 ……この世界の人類は、獣耳と獣尻尾が生えているのだろうか? だとすると、わたしは目立つな。困った。……いや、わたしの戦闘力からするとさして困らないか。

 力技と呼ばれる処世術だ。


 集団の中心には何があるのだろう? クロは再び探査用感覚を広げた。

 そこに、1体の生命反応を認めた。大変弱々しいのが気に掛かる。


 ――尻尾も獣耳も生えていない。


「今度こそ人間の、それも女?」

 探知器官が告げた。

 若い女。軽装鎧を身につけている。手に武器は無い。肉体は戦う人のそれ。どうやら戦士格らしい。

 手当てを受けているようだが意識がない。仰向けに伏せている。口を始め、体の各所から血を流して。

 特に右腕が酷い。前肢がほとんど千切れかけている。あと、右肩。鎖骨が断ち切られている。全て刃物による怪我だ。防具もへったくれもない。

 それと、電子機器どころか銃の類を装備していない。周囲の獣人達も簡素で質の悪い服装だ。中国製どころか量産品じゃない。

 地球じゃ僻地の山奥でも文明の一端を見ることができる。しかし、これはどうか?

 

 そういうレベルなのであろう。


 ……ならば、ちょうどよい。

 クロは一切の気配を消して集団に近寄った。

 するりと集団の中に入って……しゃがんでいた少女が振り向いてこっちを見ていた。

 足音一つ、呼吸を止めて、抜重し、空気をすり抜けてするりと集団の前に出た。

「失礼!」

「ツバクカンサルマ!」

 言葉による意思の疎通は不可能。血の気の多そうな若者が汚い言葉を投げかけてきたが、軽く無視。

 指を彼女の右腕の損傷部に添える。紐で縛っているが、血は止まってない。これでは……。

 ここが一番酷そうだ。大きな動脈が筋肉ごと切れている。


 ――原子変換――


 音も熱も抵抗もなく指が傷口に沈む。見た目、食い込んだ様。

 クロの指が患部を触る。女の破損した生体組織に影響力を行使した。

 応急処置として、太い神経と血管を分子的に繋いだ。どうにか繋いだ。

 この方法で養父の癌を切除したことがある。非情に繊細な動作を必要とされるが、太い血管なら自信がある。

 筋肉は諦めた。筋組織を一本一本繋げるという技術を持たない。第一、クロはそこまで親切ではない。これから支払ってもらう予定の対価分は働いた。固定しておけば1月程で繋がるだろうし。

 指を引き抜くと、酷かった出血が止まった。クロの指に血など付いていない。綺麗なものだ。


「オオオー」

 クロを囲む獣人達から感嘆の声が溢れた。

 短時間で血止めをしたクロの業に驚きと尊敬を得たのだ。シャーマン的な手法が気に入られたようだ。

 この一瞬で獣人達の信頼を勝ち得た。この女に任せるのが良かろうと。

 続いて肩の怪我に指を這わす。ここも太い血管だけにしておいた。指を抜いて鎖骨を摘む。


「む?」

 胸元に細い鎖のペンダント。小さなプレートに見たとない記号が刻まれていた。

 それはともかく――

 ゴリッ!

 両断された鎖骨の位置を合わせておいた。神経を繋げなかった代わりのサービスだ。

 神経なんて放っとけば何年かで勝手に繋がるもんさ。医学的根拠はないが。

 ここまで奇跡を起こせば、次にするクロの行為に口や手を挟む者はいない。


 クロは女の頭部に手を当てた。スッと、手が頭の中に沈む。そしてなにやら指を蠢かせる。

 女が目を開いたり、その目が白目を剥いたり、左右別々の動きをしたりした。だが、だれもクロを止めない。

 クロは、女の言語野を探っていたのだ。彼女の使う言葉、この世界の言葉を探していた。

「あった」 

 言語野データーをコピーし、補助記憶脳へ放り込む。補助処理脳が雑多な言語データーを整理、ヒモ付け、分類。処理の上がった分から順次メイン脳へと転送していく。解読と同じ要領で処理が進む。

 彼女から抜き出した記憶に医療キットの所在があった。腰の巾着袋がそれだ。

 紐を引きちぎって中を開ける。消毒用の軟膏と縫い針と糸を確認。同じく所持していた水筒の水で傷口を洗う。完全に洗うには少なかったが、無いよりましだ。

 ぱっくり開いた傷口に軟膏を塗りつけ、針と糸で縫い合わせる。殺菌の効果が未知数なので心許ない。膿まなきゃ良いが。……膿んでも知らんし。はい、処置完了!

 あ、自分の手を洗っておくの忘れた。ま、いっか!


「もう大丈夫だ。ところで何があった?」

 クロは現地の言葉を口にした。言語を解析し、自分の物にしたのだ。

 先ほどの血の気の多そうな獣人が、叫びながら塚を斧でさした。犬っぽい男だ。

「村のすぐ側で魔宮が発生したんだ!」


「魔宮とな?」

 

 

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