ブラックチョコレート :悪女とケモ耳幼女がダンジョン攻略

もこ田もこ助

第1話クロとチョコ


 どこかの次元、どこかの世界、どこかの時。


 魔宮都市、アリバドーラ。


 巨大な魔宮を擁する町、アリバドーラ。

 アリバドーラ王国の首都でもある。


 ここは、雑多なにぎわいを見せるアリバドーラの攻略者ギルド。

 ギルドの玄関ドアは、大きくて厳ついが、開閉に際する音は小さい。余計なところに拘る造りとなっている。

 その重厚なドアが、今日何十回目かの開閉を見せた。


 入ってきたのは黒髪の女。擦り切れたスパッツに、黒いミニスカート。黒い毛皮のジャケットを羽織っている。イメージカラーは黒。

 名をクロという。

 因みに、本人はカラーコーディネートを意識していない。これ以外選べなかった。偶然の産物である。

 ところが人とは面白いもので、初見の印象が最後まで尾を引いてしまうのである。

 

 彼女は、猥雑にして広大なギルド玄関ホールに一通り視線を回したのち、足を踏み入れた。

 ホールにたむろする攻略者たちの幾人かは彼女を見て、ホウと息を吐いたり呑んだりする。

 つられて多くの男どもが彼女を視界に収めるべく、振り向いたり顔をあげたりした。


 見た目二十歳前。背が高い。女子の平均身長を超え、男子の平均身長に相当する。

 シンボリックな黒髪は背中の半ばまで伸びている。黒い瞳を宿した気の強そうな目。胸は大きすぎず小さすぎず、まろやかなふくらみである。

 異邦人的な美女にして排他的な美人だ。男の目にもよく映る。

 旅の汚れの上でこれである。埃を落とし、磨き上げたらどれほどの変身ぶりを見せるだろうか?

 歩き旅をしてきた服装は埃っぽい。腰に小さな手斧をぶら下げている。見える武装と言えばそれだけ。内側に武器を隠せるような服ではない。


 クロは上半身をよじり、顔を後ろに向け、連れの名を呼んだ。

「いいぞチョコ、入っておいで」

 言ってからスタスタと歩を進める。

「ねえ、クロ姉ちゃん、ここどこ?」

「さっきも言ったろう。攻略者ギルドだ」

 クロに付いて入ってきたのは、4、5歳ほどの幼女だ。


 玄関ホールがざわついた。

 麦わら色の長い髪。頭貫衣とも見える粗末なワンピース。

 頭の頂点に三角形をした獣耳。バランス的に大きな耳だ。

 そして、ワンピースの下から覗く、ふさふさの尻尾。毛が密集している。

 足は裸足。獣関節の足だ。だから履ける靴がないのだろう。おそらく肉球があるはず。クリームパンのような爪先をしている。

 ワンピースから見える腕と足は短いが柔らかそうな毛でおおわれている。毛が生えてないのは顔だけだが、頬から三本の毛が左右に生えている。


「獣人、か?」

 誰かが言った。

 ギルドにたむろする者は全員が人(ヒト)である。獣人は見かけない。この世界、獣人は珍しい。しかも、ここまで獣の色を濃く残した獣人も珍しい。普通、人の体に耳や尻尾が生えている程度。フード付きマントで隠せる程度の差だ。

 人間の間で獣人に対する差別意識は大きい。だが、しかし、4・5歳程度の幼い獣人に対し、さほどの嫌悪感はもたれないようだ。

 嫌悪感を浮かべる目はなく、それらは全て珍しいもの――珍獣を見る目つきだった。


 次に攻略者たちが思うのは、クロのこと。珍獣を連れて旅してきたであろう彼女は何者か?

 攻略者ギルドに入ってきた以上、攻略者に違いなかろうが、彼女の攻略者にしては貧相すぎる装備が、彼らの脳裏に「まてよ」とクエスチョンマークを浮かべさせた。

 クロはギルドの受付を発見。一直線にスタスタと歩く。その後ろを珍しいものを見るように口を半分開け、キョロキョロしながらトテトテと付いていくチョコ。やはり足裏に肉球持ちだ。足音がしない。


「ギャッ!」「いてぇ!」

 クロの尻や胸を触りにきた男共の手首のスジを伸ばしてあげたり、指を曲がらない方向へ折り曲げるストレッチを施しつつ、人のならんでいない受付の前に立った。

 女性に対する性的暴力沙汰はよくある話らしく、だれも取り合わない。静かなものだ。

 人だかりの向こうで、頬に傷を持つ金髪の若造が、完全武装のおじさんに組み伏せられ呻いていた。壁際には彼の犠牲者であろう男が、鼻を押さえて転げ回っている。血の気が多くて結構。


 チョコは、カウンターに両手をつき、背伸びをして覗いている。好奇心丸出しのキラキラした目だ。鼻をクンクンさせ、大きな耳がヒョコヒョコ動く。

 クロは受付のあいさつを聞き流し、口を開いた。

「攻略者として登録したいのだが、どうすればいいかな?」

 攻略者と違うんかい!

 多くの攻略者たちが、同じ思いを抱いた。


 苦笑交じりの受付係から説明を聞いたクロは、登録専用カウンターへ向かう。

「チョコ、おいで」

「あ、まってクロ姉ちゃん!」

 よそ見をしていたチョコは、体に不釣り合いなほど大きいふさふさの尻尾を振ってクロの後を追いかけていく。見送る攻略者達の幾人かは温かい目をしていた。イジメ対象とするにはあまりにも幼く、愛らしかったからだからだろうか?

 いや違う。

 おぞましい性癖の持ち主だったからだ。毎年そこそこの数、幼い子の性被害が発生する。そして、上の方は付け焼き刃的な対処しかしない。さらに、金か暴力でどうにかなる。ここはそんな世界だった。


 クロとチョコは列の最後に並んだ。そこそこ賑わいを見せている。

 ここは毎日、大勢の新人たちが夢を胸にひそめ、あるいは野心をむき出しにして、そして、職業攻略者が最後の砦だと思いつめた眼の男女が列をなすのだ。そのうち1年と経たずして5割以上が未帰還者となるというのに。自分だけは特別だ、うまくやれると信じて。

 実際、勇者や英雄といった二つ名を持つ攻略者がいる。貴族にとりたてられた攻略者も幾人かいる。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん! ここでチョコは攻略者になれるの?」

「そうだよ。お行儀よく並んでる人だけが攻略者になれるんだよ」

 ピョンピョン飛び跳ねていたチョコだが、とたんにおとなしくなった。


「チョコ、おぎょうぎいいもん。知ってる? おぎょうぎがよくないと攻略者になれないんだよ」

 チョコは、横の列に並ぶ厳つい髭面の男に声をかけていた。男は、なんとも情けない顔をした。


 さて、登録は簡単である。登録料を支払い、差し出された用紙に名前を書くだけ。引き換えに、登録者のナンバーを刻んだ認識票をもらう。これで晴れて攻略者となれる。

 そこそこ豪勢な食事代に匹敵する金さえ払えば、猿でもなれる攻略者である。年齢制限や性別、種族の縛りはない。それこそ0歳児から棺桶に片足突っ込んだ老人まで。田舎者の三男から貴族の子弟まで。男、女、どちらでもない者、どちらでもある者。弱い者、強い者。

 魔宮の前に一切の差別はない。ただし、罪を犯したおたずね者は別。


「そこで相談なのだが……」

 金を払う段になって、クロが言いにくそうに口を開く。

「現金の持ち合わせがない。捕獲品と物々交換ではだめだろうか?」

 クロはチョコが背負ったバックパックに手を突っ込み、水袋ほどの大きさのボロい革袋を取り出した。

「えーっと、それは……。とりあえず捕獲品を見せていただけますか?」

 少しばかりうろたえるが、常日頃より荒くれどもを捌く技術に長けた受付係である。この程度のアクシデントに取り乱したりはしない。

 どうせ、質の悪い魔晶石の小さいのか、小型魔獣の爪や角といったところだろう。登録料としては何とかなるはずだ。


 クロは、受付嬢の目の前で袋の口を緩め、中身をカウンター上へ出した。

 色の悪い3つの小魔晶石と、ナイフ大の爪が2つ。そして鶏の卵ほどもある大きくて奇麗な魔晶石。

「え? これは……小さいけど、まさか魔宮コア?」

 攻略者達の気配がザワつく。

 受付嬢のセリフに反応する者は登録前の新人たち。魔晶石の気配に反応したのは、魔宮へ一度でも侵入したことのある攻略者たちだ。そこにあるのは魔性石の中でも特別な魔性石。人生で一度見られるかどうかの魔宮コアだ。

 素人が天然記念物クラスの魔宮核を持ち込む? 訳あり案件だ。

「そしてこれは、魔宮で命を落とした巡回騎士の認識票だ」

 ジャラリと音を立て、金属製の小さなプレートがついたネックレスを2つ、カウンターへ置いた。

「ちょっ、少々お待ちください!」

 これは大いに訳あり物件だ!

 受付係は席を立ち、バックヤードへ駆け込んだ。

 

 クロとチョコが案内されたのは、魔界由来の商品取引所兼、事情調査室であった。

 クロとチョコが椅子に座って待っていると、ほどなく調査員が入室してきた。年老いた調査員だ。頭頂がきれいに禿げて光っている。チョコは見事な禿を見つめている。調査員は人のよい笑顔でチョコをにらみ返してきた。

 背中に一本鉄柱が入ったようなよい姿勢だ。随分と良い体格をしている。攻略者上がりなのだろう。

 遅れて、官僚っぽい中年の男と、身なりと恰幅のよい戦闘系中年男の2人。

 調査員の禿げ老人は、テーブルの上に魔性石を乗せた。


「クロ君だったね? 単刀直入に言う。これを入手した経緯を話してほしい」

「ここにいるチョコの村。獣人達の村、エレ村だ。村の近所に魔宮が誕生した。偶然近くにいたわたしが成り行きでそこを潰した。この石は、そこで手に入れたものだ」

 クロはそこまでしゃべり、一息入れた。

 禿げ老調査員が身を乗り出してきた。


「順序立てて話そう」


 クロによる獣人の村魔宮攻略の話が始まった。






―――――――――――――― 


 たとえば――

 

 剣と魔法の世界が何処かにあるかも知れない。


 たとえば――


 絶対真空の宇宙空間で生の営みを行える生物。生物として星間航行、いや、島宇宙間航行が可能な生物。人工的な生体サイボーグとして、それが種として成り立つ。そんな宇宙人が何処かにいる。……かも知れない。

 

 その一族は、恒星やブラックホール、ダークマター等、ありとあらゆるエネルギーを食糧とし、夜空の星程の程の僅かばかりの光エネルギーすら吸収する能力を持つにいたり、体内に巨大なコンデンサー、もしくは蓄電池を備える。かもしれない。

 彼ら(彼女ら)が内包するエネルギーは、熱エネルギーではない未知のモノなのかもしれない。

 恒星の側(そば)、ブラックホールの側、ダークマターの側、あるいは、地球型惑星の地上にて適応できるよう可変機能をその体に持つ。かもしれない。


 生存率を高めるため、天体規模で巨大化している固体がいるかも知れない。


 気まぐれな個体であれば、地球に存在し、姿と機能を変え、人種として生活しているのかもしれない。


 ――かもしれない。

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