第48話 side  セシリア



「--え?」


 そこでセシリアは目を覚ました。


 いや、今までも起きていたのだから目を覚ましたというのはおかしい。だがそう表現するしかない。

 セシリアの体で動いていたレヴィンが、祭壇の上でシャルネと手を握った途端、何かが抜けていく感じがして、いままで真っ黒だった景色が一瞬で真っ白な空間へと変貌した。


 そして感じられていた何かの存在がまったく感じられなくなり、急に意識だけがはっきりと鮮明になる。


 ……もしかして……レヴィンに何かあったの?


 彼が自分のせいで苦しんでいたのは知っていた。精神的にだけではなく肉体的にまで。


 メフィストを攻撃してしまったせいで、彼に体調の異変までおこしてしまった。


 ずっと痛い思いをして、それでも彼は我慢していた。


 そしてそのせいで抵抗できなくてシャルネに何かされた。


 ……全部私のせいだ。


「レヴィン!!レヴィン!!!!!」


 名を呼ぶけれど、返事はない。いつもならうるさいなと声だけ返してくるメフィストの声まで聞こえない。


 お願い返事をして。


 どうして返事をしてくれないの?


 ――ああ、けれど自分が返事を望むのがそもそも傲慢なのかもしれない。


 まだ公爵家にいた時、彼は何度も手を差し伸べてくれたのに、自分はそれを全部振り払った。それなのに彼の優しさだけには甘えてた。


『君のやっていること、シャルネやゼニスとどう違うんだい?』


 メフィストの言葉が蘇る。


 そうだ、自分は何も考えず、彼に毒を頼んだ。

 自分が死ぬための毒を。


 それをよりによって自分を大事にしてくれてるレヴィンに。


 頼んだ時は、金色の聖女じゃなかったら死のうと、レヴィンの事すら考えていなかった。


――ふふっ。そうでしょう。そんなつもりも悪気もなく放置していた――

――それは意識して虐げていたことより残酷な事だと思いませんか?――



 かつて、レヴィンが兄のゼニスに言っていた言葉が胸に突き刺さる。

 そうだ、意識もせず私は彼に酷いことをしていたんだ。


 あふれる涙が止まらない。

 


(なんで、なんでこんな私にあの人はここまでしてくれるの?

 もうやめて、私のために、もう傷つくところは見たくないのに!!!)


『じゃあなんで何もしないの?』


 声が聞こえた。小さい女の子の声。


 セシリアが振り向くと、そこにいたのはかつての自分。

 まだ孤児時代のセシリアだ。

 ぼろぼろの服を着て、髪もぼさぼさで、汚い少女がそこには立っていた。


『このままじゃ、レヴィン死んじゃう!! 私は見捨てたりしない! 絶対助ける!』


 自分より一回りも大きい少年たちに向かって叫ぶ、小さな少女。

 その足元で、高熱でぐったりした幼いレヴィンがいる。


『お前ひとりでなにができるんだよ』


『病気がうつってお前も死ぬぞ、さっさとこっちに来い』


 少年たちがあきれた風に言うけれど、少女は泣きながら首を横に振った。


『駄目っ!!死んじゃうから行かない!レヴィンは私が治す!』


 その言葉に呆れたように「勝手にしろ」と孤児グループの男の子たちは去っていく。


『……セシリア、駄目だよ……僕といたら死んじゃう……』


 ぜぇぜぇと涙目になりながら、レヴィンがセシリアの足を掴んだ。


 本当は怖かった。一人でレヴィンの面倒を見れる自信なんてなかった。

 でも、目の前で苦しんでるレヴィンを放ってなんておけなかった。


『大丈夫!だって、私の方がお姉ちゃんだもん! 守るのは当然だよ!』


 そうだ。私がレヴィンを守らなきゃ死んじゃう。


 だから、街で大人に土下座をして食料を譲ってもらった。

 気持ち悪い子と言われても何度も何度も大人に頭をさげた。

 根負けした大人がわけてくれた食料と水をもって橋の下で懸命にレヴィンに食べさせた。

 レヴィンのためにと毛布を盗んで蹴られて、ぼこぼこにされても、野犬に食べ物を奪われそうになっても、棒切れで立ち向かい子ども時代の自分は絶対あきらめなかった。


 でも今はどう?


 ずっとレヴィンに辞めてと言うだけで、自分で何かしようとした?

 心の中で望んでなかったと泣くばかりで、彼の事をこれっぽっちも考えてなかったじゃない……。


「……なんで大人になった今の私の方が弱いのだろう」


 自嘲気味に言うと、子ども姿のセシリアが睨んできた。


『だって、アンタ、自分は愛してもいないくせに、愛されようとするだけで、何もしてないじゃない!!!!

 わたし、絶対アンタみたいな弱い女嫌!!! 自分が守りたいものは自分で守れる人間になりたかった!!!!』


 ぼろぼろと泣きながら、少女が言う。


 ……ああ、そうか。シャルネにも兄にも愛されないのは当然だったんだ。

 愛されたいと願うだけで自分は愛してなかったのだから。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 泣きながら少女に謝ると、少女がつかつかとよってきて、セシリアにぼろぼろのモップを差し出した。


「これは……?」


『謝るくらいなら戦いなよ!! レヴィンが酷い目にあってるのに、なんであんた何もしないの!!!! 守るって誓ったのに!!!』


 ……そうだ。思い出せ。

 泣いてたって何も変わらない。

 泣くのならいつだってできる。


 今は――今はレヴィンを救わなきゃ!!!


 セシリアは力強くモップを受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る