第35話 神議会(6)

「な!?殺されたはずの使用人が生きていた!?」

 

 会場がざわめきに包まれる。

 そもそもセシリアの容疑は魔族の力を使った使用人殺しだ。

 魔族の力も使っておらず、使用人が生きていたのでは裁判自体が無意味ということになる。


「私たちは殺されてなどいません!

 殺されそうになったところをセシリア様に助けていただきました!」


「枢機卿に仕事を斡旋していただき渡された案内のところにいったら、屋敷事燃やされ殺されそうになったのです!!!」


 マリアと侍女が教皇に訴える。

 その訴えに教皇はうなずくと


「これはどういう事かな枢機卿? 君が主張した殺人はおきてもいなかったらしいが。

 むしろ、君が二人を殺そうとしたのは本当かね?」


 教皇が神殿の席にいた枢機卿に視線を移した。

 そう、この裁判はもともと枢機卿が持ってきた案件だ。

 事件現場の検証からすべての陣頭指揮をとったのが枢機卿で、ゴルダール領に喧嘩に近い裁判を開いてこの失態は誰がどう見ても致命的だった。そしてトドメに侍女たちの証言である。


 神殿内部での出来事なら侍女たちの証言だけなら何とでも誤魔化せた。

 だが公開裁判のこの流れで、覆すのは至難の業だ。


 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 引き下がった時点で、枢機卿の負けが確定してしまう、裁判にかけられ失脚するだろう。


「お待ちください!!!これには深いわけがあります!!」


「深いわけ?」


 教皇が問いただす。


「はい。考えてもみてください。

 何故白銀の聖女セシリアが、『金色の聖女』ではないのに魔瘴核を壊せたか。

 私は密偵を使ってその根幹を探っていました。

 そして――出した結論が、この商人です!

 彼は、聖女セシリアを金色の聖女を凌駕する力を与えるために魔族と契約し、白銀の聖女にしかすぎない彼女に魔族の力を与えた。

 魔瘴核を壊せたのもそのためです、聖女セシリアは金色の聖女シャルネ様に対するコンプレックスから、自らを慕っていた商人を騙し、生贄にし魔族の力を手に入れ金色の聖女シャルネを陥れようとしていると、密告があったのです!!

 私は魔族と契約した聖女を連れ戻し、裁くためにこのような行為に及んだまで!」


 枢機卿の言葉に場が静まり返る。

 そう、金色の聖女の力をもっているからといっても所詮わずかな金色の聖女の力で魔瘴核が壊せるわけがない。

 セシリアが魔族と契約していたため壊せたと考えた方が、自然なのだ。


 人民を騙し、魔族の力を手にした悪の権化セシリアを裁くために、証拠を捏造してでも捕まえたかった。

 その路線しか生き延びる術はない。


「教皇!!私は自分の言葉が正しいと証明するために真実の天秤での鑑定を求めます!!!」


 そう言って枢機卿は真実の天秤を指さした。

 このような流れで使うはずではなかったが、あの天秤はセシリアに反応するように細工してある。


 枢機卿が捏造したのは魔族の石と使用人を殺したのはセシリアという事実のみ。


 商人が魔族召喚したという事実がある以上、天秤さえ反応すればこれからでも逆転できる。


「鑑定を!! 真実の天秤であの女セシリアの鑑定をお願いいたします!!!

 私は魔族を野放しにできないと、強硬手段にでただけにすぎません!!

 全ては神殿および人類全てを思うがゆえの行動です!

 私の言う通りセシリア自身が魔族の力を持っているならば真実の天秤は反応するはず!!

 もし反応しなかった場合、私は責任をもって裁かれましょう!!!」



★★★



「この期に及んでまだ言うか!!!いい加減罪を認めろ!枢機卿!!」

 

 無礼だと叫ぶ、ディートヘルトと


「何も後ろ暗い事がないのなら、鑑定すればいいだけの話!

 さぁ、セシリア様!やましい事がないなら天秤に魔力を!」


 セシリアに振り向く枢機卿。

 会場はがやがやと騒音で混乱を極め――


「受けてあげたらどうかしら」


 傍観席にいたシャルネの一言で会場の混乱が鎮まり、シャルネに会場の視線が集まった。


「シャルネ様……」


 シャルネは慈愛に満ちた目で会場を見渡すと


「ここで魔族と契約したといつまでも疑惑が付きまとうよりも、この場で無実を証明した方が長い目でみてお姉さまのためです。お姉さまを陥れようとした枢機卿の提案故、納得できないのはわかりますが、ここは受けて潔白を証明いたしましょう。わたくしはお姉さまを信じています」


 と、祈りのポーズをした。


 その言葉に会場から一斉に拍手が沸いた。


 その様子にセシリアは目を細め、息を大きく吐くと、

 

「わかりました。それで気が済むというのなら」


 そう言って、セシリアは神官の持ってきた真実の天秤を受け取る。

 その天秤を受け取るとにっこり笑うと、歩き出しシャルネの前で歩みをとめた。


 そして、シャルネの前に天秤をさしだすと


「その前に、金色の聖女様がうけてくださらないかしら」


 にっこり微笑んだ。


★★★


 天秤を差し出すセシリアにシャルネは勝ったと勝利を確信した。


 おそらくセシリアは、聖女の力で反応する天秤とすり替えたのと密偵に流した情報を信じてこのような挑発をしてきたのだろう。


 だが、セシリアを貶めるために、シャルネたちはセシリアの魔力にしか反応しない天秤にすり替えてある。

 個人を特定して反応する。これはまだあまり知られていない魔力偽装でつくった特殊な天秤。

 宝石の件では枢機卿に任せてしまったがためミスをおかしたが、天秤の偽装を指示したのはシャルネだ。

 そんなミスを犯すわけがない。


 わざわざ発言して注目を浴びたのもそのため。


 魔族の宝石の捏造の件で証拠鑑定自体疑われている。

 そのため聖女の力に反応するようにしたのではと疑われないように、目の前で証拠能力があることを証明する必要がある。

 シャルネに反応せず、セシリアのみに反応した。

 この事実を傍聴人すべてに見せつけておかねばならない。


 セシリアは思惑通りにシャルネにつきつけ、シャルネを挑発してきた。


「お姉さま酷い、まさか、聖女の力で反応するものにすり替えたと私を疑っているのですか?」


 わざと涙ながらに言うと、


「まさか、でも枢機卿がすり替えた可能性はあるわ。だからお願い。私のカワイイ妹シャルネ」


 とセシリアが笑顔でかえしてきた。


「……わかりました。お姉さまの願いですもの」


 シャルネはそっと天秤に魔力を注ぐ。


(恥をかくといいわ、セシリア)


 そう思って天秤に魔力を注いだ瞬間。

 

 天秤は何も反応せず、周囲から歓声があがる。


「シャルネ様を信じないなんて」「酷い姉だ」などと傍聴席から聞こえてくる。


「これで気が済んだかしらお姉さま」


 と、シャルネが勝ったと微笑んでいると。


 セシリアはにっこり笑って


「では次は貴方お願い♡」


 と、シャルネと同じく傍聴席にいた別の白銀の聖女に差し出した。


「え?」


 と、固まる別の白銀の聖女。


 その姿にシャルネはため息をつく。

 まったく勝負は決まったのに見苦しい。


「見苦しいですわよ。お姉さま」


 と、つい声をだして注意してしまうシャルネ。


「あら、先ほどの宝石が偽装されていたのですもの。疑うのは当然です。

 酷いわ。私には真実を解明するために受けろと言うのに、天秤の真偽を確かめるのは反対するだなんて……」


 セシリアがうつむいてさみしそうに微笑んだ。


 その言葉に、傍聴人の目がシャルネに対して厳しくなったのを察し


「私はこの子が困るとおもっただけです」


 と、慈愛のこもったまなざしで白銀の聖女の子の肩に手をおくが


「はい!私やってみます!」


 なぜか、シャルネに応援されたと勘違いした白銀の聖女は喜んで魔力を注ぎ始めた。


 途端。


 天秤が真っ黒に変色すし、右に傾いた。


「なっ!???」


 驚くシャルネに、注いだことで黒く変色したことで白銀の聖女は表情が真っ青になる。


「な!?」「これは!?」


 傍聴席から声があがり、枢機卿とシャルネの顔が青くなる。


「この子が魔族なわけはありませんから、やっぱり白銀の聖女の力で反応するように偽装したのですね。枢機卿」


 そう言ってセシリアは笑い、枢機卿は真っ青になって兵士に腕を掴まれていた。

 その様子を嬉しそうに見送ってセシリアはシャルネの耳のそばに顔を近づけると


「残念でしたね、心優しい聖女様。せっかく私だけに反応する天秤にすり替えておいたのに、こんなことになって。

 金色の聖女は反応せず、白銀の聖女だけに反応するように偽装した天秤……みんなどう思うかしら?」


 と、耳元でささやいた。そこでシャルネは察した。


 陥れられたのは自分の方だったと。


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