第32話 神議会(3)


「確かにその商人の男は、我が家と取引し、セシリアとも何度も面会している。

 だが、そのような宝石を渡したのは見たことがない」


 あれから数か月後。

 セシリアの罪を問う神議会がはじまり、公開裁判の場で、嘘偽りない証言をすると誓い、神殿側の証言者と出席したゼニスが告げる。

 劇場を思わせる裁判所で、多数の傍聴人がいる中、ゼニスは毅然と答えた。

 聖者と魔族を鑑定する真実の天秤をバックに神議長である教皇が一番高い席に座り、その下には裁判で神議長を補佐する神議長たちが6人座っている。


 そして訴えた側の神殿が右。中央には証言席。左にはセシリアたちが座っていた。


 裁判のまず最初の論点は、魔族召喚した商人とセシリアの接点だ。


「ではお聞きしますが、公爵は常にその取引に同行していたと?」


 進行役の神議官がゼニスに問う。


「……いや、もともと取引のあった商会で信用していた。私は同席していたのは最初のみだ」


「では、セシリア様に魔族契約の石を渡したとしてもあなたは知るところではなかった間違いありませんね?」


 神議官の言葉にゼニスは一瞬躊躇したあと、シャルネとセシリアを交互に見つめ。


「………ああ、間違いない」


 と、証言した。


 神議員は満足気にうなずくと、


「それではこの悪魔契約をした商人レヴィンが、白銀の聖女セシリアと懇意にしていたのは知っていましたか?」


「いや、そのような仲だと知っていたら、会わせることを許さなかった。

 少なくとも二人は私の前でそのようなそぶりを見せたことはない」


 ゼニスが必死に否定するが、神議員は満足そうに笑う。


「ですが、貴方は二人が内密に懇意にしていてもあなたは気づける立場ではなかった」


「……そうなるだろう」


 ゼニスは悔しそうに拳を握りしめる、神議員はその姿に嬉しそうに書類を差し出した。


 進行役の神議員のやらなければいけないことは、聖女セシリアと魔族召喚をした商人が恋仲だったと印象付けること。この公開裁判の狙いはセシリアを有罪にするのはもちろんだがその名声も落とす事にある。

 浮浪者あがりの商人を手籠めにし、魔族契約するまで騙し弄んだ女。

 そして気に入らない使用人を殺した悪女。

 そう印象付けることが、この進行役の神議員の仕事だ。

 6人の神議員のうち4人はシャルネと枢機卿の手の者だ。

 今までの裁判の結果は神議員の多数決で決まることが多い。

 ごくまれに神議長の判決で裁判結果がひっくり返る事があるが、これだけセシリアに不利な証拠が揃った状態でひっくり返ることもないだろう。

 セシリア側が提出してきた証拠は進行役の神議官がことごとく、却下してあるので、セシリア側に勝ち目があるとは思えない。


「この男、調べたところ、貴方と同じ貧民街で育ち仲睦まじく暮らしていた時期があった。

 間違いありませんか」


 セシリアに問うとセシリアは手を胸にあてた。


「はい、間違いありません」


「彼は貴方に恋慕の情を抱いていた。

 そしてあなたを思うがあまりに魔族契約し、貴方にその呪いの宝石を渡した。

 貴方はその力を使って使用人達を殺した。違いますか?」


「私が何故そのような事をしなければいけないのでしょう?」


「公爵邸に仕えていた使用人の証言では、療養中にだされた食事の内容が気に入らなくて怒鳴り散らしていたと聞き及びます。

 そしてゼニス公爵に頼み、食事をだした使用人二人を首にしたがそれでも怒りが収まらず、宝石に手を出した。

 これは公爵邸からみつかったものです。この宝石の使い方も商人の筆跡で書いてあります」


 そこにはランドリュー商会の便せんにつづられた、宝石の使い方を記された手紙がある。


「筆跡鑑定も、魔力痕鑑定もしましたがどちらも商人レヴィンのもので間違いありません。

 そしてセシリア様の部屋から魔族と契約したと思われる宝石が見つかりました。

 破損していたところから使用したことは間違いない」


 神議官のだした、どす黒く変色した壊れた宝石に神議会場がざわめく。


「意義あり! 公爵邸にそれがあったとしても、それをセシリア様が使用したという証拠にはならない!!」


 セシリアと同行していた騎士が頭にきたのか、抗議をあげるが神議官は首をふる。


「今は状況説明中です。発言はまた後にしてください」


 その言葉に騎士はしぶしぶ席に座った。


「次の証拠がこれです。使用人たちは全員公爵邸を解雇された後、行方不明になっていましたが、とある森の中でふたりとも焼死体で見つかりました」


 ざわっ!!

 会場全体がどよめきだし、解雇し、追い出したゼニスもやや顔を青くした。


「そして使用人たちの死亡現場からこれがみつかった」


 そこに記されたのは、レヴィンが魔族と契約しミイラ化した死亡現場にあった魔族の魔方陣と同じものが記され、そこに積まれた身元が分からないほどまでに焼け焦げた死体が魔道具によって映し出される。


「貴方は公爵邸の使用人たちの自分の扱いに激怒し、机の中にあった商人レヴィンの記したメモと宝石を頼りに、呪いの儀式をおこなった。

 記憶をなくした貴方は、本当に死ぬとはおもっていなかったのかもしれない。

 けれど、貴方を愛して恋い慕っていた商人は愚かにも本当に魔族と契約していて、呪いが発動してしまった。

 違いますか? セシリア・シャル・ルーゼルト」


 神議官の言葉に神議長である教皇が頷くと


「何か反論はありますか? セシリア・シャル・ルーゼルト」


 教皇が問う。


「反論する前に、私が殺意を抱くほどの食事内容について議論させてください」


 セシリアが答えると言葉に神議官はうなずいた。

 そして、証言台に、公爵邸の女性メイドが現れた。

 そこでセシリア側の席からどよめきが起こる。


 予想通りだ。神議官は笑う。セシリアはこの証人に自分に友好的な使用人を選んだが、急遽病気になったとして、シャルネ側に懇意にしている使用人と証言人をすり替えている。

 この証人にはヒステリックに騒いで、文句を言っていたと神議官が有利に進められる証言をすることになっている。


「お待ちください!神議官!我々が指名した証人と違います!」


 セシリア側の騎士が抗議をあげるが


「指名した証人は急遽病気で出廷できなくなりました。

 彼女もまた使用人たちとセシリア様との言い争いを目撃した目撃者です。

 彼女でなんら問題ないでしょう。よろしいですか?セシリア様」


「はい。かまいませんよ。私になんら後ろ暗い事はありませんから」


 神議官の言葉にセシリアは頷くのだった。




「ヒステリックに叫ぶ声が聞こえ、わたしたち使用人たちがあつまると、殺された侍女がセシリア様に頭をついて謝っていました。どうやら出された食事が気に入らなかったようです」


 証言台に立った使用人が淡々と述べると、神議官が頷いた。


「出された食事はどのようなものでしたか?」


「パンとスープでした。セシリア様は病人にこのようなものを出すのかと、怒り出し、現場に駆け付けた侍女頭のマリア様をも怒鳴りつけていたのです。そこに公爵様が駆け付けて、その侍女とマリア様、そしてスープを用意した料理長を首にしました」


「おまちください!その侍女の証言には大事な部分が抜けています!」


 思わず証人席にいたゼニスが立ち上がるが、


「今、貴方の発言は認められていません」


 と、神議官は却下する。


「……ですが!?」


 何か言いかけたゼニスを、隣にいた神殿の兵士が取り押さえ、無理やり着席させた。


★★★


 その様子を傍聴席から見ながらシャルネは心の中でくすりと笑う。


 セシリアが何人かの神議官を買収し自分に有利に進むように工作したのは知っている。

 公爵邸で虐げられ、哀れな白銀の聖女様を演じ、今回も陥れられたという方向にもっていくために証人と証拠をそろえ、買収した神議官に判決をださせるつもりだった事も。


 けれど、セシリアが買収したと思い込んでいた神議官はシャルネ側のスパイだ。

 ゴルダール領から近づいてきた密偵とわかっていて買収されたふりをしていただけで、その情報はシャルネに筒抜けだったのである。


 ここにいる、セシリアが買収したと思い込んでいる神議官を頼りに、裁判を覆せると思ってノコノコ裁判にでてきたのだろうが、それすらももうシャルネの手の内なのだ。


 腐ったパンや毒の野菜の入ったスープなどセシリア側に有利な情報はすべて、シャルネ側が握りつぶした。


 ゴルダール地方で少しうまくいったからと、調子にのりシャルネに歯向かおうとしたことを後悔するがいいと、心の中でシャルネは笑うのだった。


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