第27話 栄光と没落と(3)

「この地を聖女の力で浄化ですか?」


 魔瘴核を破壊してから10日後。

 砦での生活もだいぶ慣れディートヘルトとセシリアは砦の中にある小さな庭園で、お茶を楽しんでいた。

 セシリアの言い出した提案にディートヘルトはティーカップを置いて尋ねる。


「はい。魔瘴核を壊したことでこの地は魔力を異常に帯びた状況になっています。

 この文献をみてください」


 セシリアの差し出した古い古文書には大きな魔物と苦しむ人々が描かれ、古代語ではやり病に関する記述がある。


「原因不明のはやり病?」


「はい、魔瘴核を壊した地にて2年後におきた出来事です。

 これはおそらく高濃度の魔力にあてられたため、魔力に耐性のないものが体調不良になっていったのだと思います。そして次にこちらです」


「これは行方不明者の人数ですか?」


「はい、原因不明のはやり病が発生した場所の村民の人数の記録です。

 こちらは神殿が保管していた村民の記録。

 街の者が記録していた行方不明者と神殿が記録している行方不明者の数の違いに注目してください」


 セシリアに言われて、ディートヘルトは書類を真剣に見つめる。


「……村の記録と神殿の保管していた記録の人数の差が20人ですか。200人にも満たないこの村の住人で、行方不明者が30人もいたことも驚きですが20人の差は大きいですね。

 何故こんなに違うのでしょう?どちらが間違えているのでしょうか?」


 書類からセシリアに視線をうつし問う。


「いいえ、違います。どちらも正しいともいえます」


「どういうことですか?」


「20人は神殿が秘密裏に処理したのだと思います」


「……まさか」


「魔瘴病にあてられたのでしょう。徐々に体が腐敗し不死者になる病気です。

 それを裏付けるようかに、その土地から不死者を封じた魔道具が見つかっています」


「あの金の粉にそのような効果があると!?」


 セシリアの言葉にディートヘルトが立ち上がった。

 魔瘴核を壊した地がそのような土地に変貌するならゴルダール領も他人事ではないからだ。


「いいえ、あの金の粉自体が問題なのではありません。

 あの粉で魔力を放出する土地に変わった事によってその土地の魔力量が多くなりすぎたのです。

 何故金色の聖女が魔瘴核を壊した地が、神殿に隠匿され、歴史から消されたのかわかります。

 その地は人の住める地ではないのです。

 今現在グラントア地方は魔物の闊歩する森になっています。おそらくここがその村のあった場所です」


「……ではこの地は……くそっ!!せっかく守りぬいたというのに!!」


 ごんっとディートヘルトが机を叩いた。


「希望を失うのはまだはやいです」


「え?」


「500年前は気づくのが遅すぎたのです。今ならまだ十分対処できます。

 白銀の聖女の力で土地を浄化し、良質な魔力が出る土地へと変えていけばいい。

 そして土地から生まれた膨大な魔力をその都度ちゃんと処理していけば問題ありません」


「魔力を処理?具体的にはどのような?」


「すべてを治すといわれるエリクサーの原料になるといわれる、花の栽培です」


「……なるほど。育成時膨大な魔力が必要であるがゆえ、霊峰でしか育たないといわれるラッチェの花ですか。

 だが難しいですね。ラッチェの花は神殿が独占している。我らが育てるなど許可するはずがない」


「ええ、ですからもう一つの方にチャレンジしようと思います」


「もう一つの方?」


「神の花と言われるテーゼの花の栽培です」


「あれはドラゴンが聖なる渓谷で守っていて手に入れるのは困難なはずですが」


「何も正攻法で手に入れる必要はないと思いますが」


「と、いうと?」


「ドラゴンは人間などに警戒を示すことがありますが、鳥やリスなどの動物に警戒心はありません。

 種だけなら鳥などが今までも聖なる渓谷以外に運び出しています」


「……そ、そうなのですか?」


「はい。そもそも種自体は魔力をもっていません。

 テーゼの花が何故神薬の原料になるのかその地にある良質な魔力を貯めるためです。

 ですから、もし他の場所に鳥が種を持ち出しても育つはずのない種にドラゴンは興味がありませんから。

 ドラゴンが花に執着しているのは花に内包されたあの渓谷の魔力です」


 ティーカップを置いて、セシリアが微笑んだ。

 その姿にティーベルトがしばし見つめ、そして、


「……あなたは本当に記憶がないのだろうか?」


 真剣な表情でディーベルトが尋ねる。


「何故そう思われるのでしょうか?」


「記憶をなくしたにしては知識量が多すぎる。

 記憶喪失というものは自分に対する記憶だけが消え、知識だけはしっかりと残るものなのでしょうか?」


 その言葉に、セシリアは少しためらったあと


「……もし、自らの身を守るために記憶をなくしたふりをしたと証言したなら信じていただけるのでしょうか?」


 ティーベルトに告げる。


「……え?」


「『金色の聖女』の力を神殿に奪われた。そして記憶をなくす術を施された、その無念を晴らしたいと言ったら信じていただけるのか聞いているのです」


 その言葉にディーベルトは固まる。

 そうだ。密偵の報告では神殿では血筋の悪い女子が聖女になった場合、禁呪を使って血筋のいい女子に金色の聖女の力を与えるという噂があると言っていた。何故その可能性を考慮しなかったのだろう?

 セシリアには神殿が忌み嫌う平民の血が流れている。

 魔瘴核を壊した事を考えるなら、むしろセシリアが『金色の聖女』をもっていたと考えるほうが自然だ。金色の聖女の力と白銀の聖女の力を入れ替えられたが、彼女にわずかに残る金色の聖女の力が白銀の聖女の力を手助けして魔瘴核を壊せた。それならあの不可解な現象も説明がつく。


「この地を救ってくださったあなたの何を疑いましょう?

例え何があってもあなたを信じ守ると誓いましょう『金色の聖女』セシリア」


 そう言ってティーベルトは跪いた。


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