第19話 欺きと策謀と(5)

『なんでわざわざ切られたんだい?』


 騎士団の用意した馬車に揺られながら頭の中でメフィストが話しかけてきた。


 なるべく致命傷にならない程度、それでいてちゃんと魔力と傷口がはっきりのこる程度に切られるように計算して切られたので深くではないが、回復魔法ですぐ完治できるほどではなくいまだに痛む。

 セシリアの身体だ。あとで傷口が消えるように徹底的に処置を施す必要があるだろう。


『ランベールがディートヘルトを陥れるため行動したという証拠固めだ。

 ランベールが聖女を切りつけ、ディートヘルトの騎士団が助けた。

 この事実だけで神殿はランベールの皇帝への嘆願の件でディートヘルトを裁くことはできないだろう。

 下手につつけば、セシリアを殺そうとしたものを徹底的に調査され、枢機卿まで追及が伸びる可能性がある。

 ディートヘルトも魔瘴に忙しくて神殿相手に闘う時間も力もない。

 今回の件はお互い、追及したいながらもできず、ランベールの独断など妥協点を見つけてなぁなぁに幕引きするはずだ』


『えー、それでいいの?

 せっかく、事情を知っている神官を味方につけたんだろ?

 枢機卿を陥れるチャンスなんじゃないの?』


『白銀の聖女の殺害容疑如きで、シャルネや枢機卿が引きずり落せるわけがない。

 必ずその事実ごと握りつぶす。あの神官の証言だけではあの神官が殺されて終わりだ。

 やるならもっと徹底的に、言い逃れできないように大衆の面前で陥れる。シャルネを神殿内部の見えないところで裁いて終わりなどという生やさしい裁きで終わらせる気はない。

 見下していたはずの白銀の聖女に名声も地位も奪われ、惨め誑しく死地へと送ってやる。

 今回の件はその下準備にすぎない』


 体がつらくなり、騎士団が用意してくれたクッションに頭をあずけレヴィンが答えた。

 馬車の揺れが気にならないほど眠気が酷い。

 聖女の力を使いすぎたのだろうか?


『君よく陰湿だって言われない?』


 痛みで意識がもうろうとしている中メフィストに言われて、レヴィンは少しうっとおしそうに眼を細める。


『陰湿くらいならまだ誉め言葉の範疇だ。商人時代は死神と呼ばれていた』


『商人で異名が死神ってやばいよね?』


『ああ、そうだな』


 メフィストの突っ込みを軽く流してレヴィンは目を閉じる。

 商人時代はただ必死だった。神殿にも帝国にも影響力をもてるようにと人脈つくりと金策にただ翻弄していた。

 力さえていに入れたなら裏で手をまわしセシリアを助ける事ができると、必死に貴族とのルートを作り、情報を集め、利用できるものは徹底的に利用し、邪魔者は全て排除してきた。


 ……けれど間に合わなかった。


 愛しい人を救うには時間が少なすぎたのだ。

 裏ルートの魔道具を取り扱う商人としてある程度神殿の中枢との取引はあったが、神殿や帝国の中枢に影響力を持てるほどの力を持つには10年、20年の月日が必要だったろう。

 やっと中枢部への人脈のをつくり、神殿の内部に取り入ろうとしたときにセシリアは金色の聖女を目指し……そして自殺してしまった。


(もっとはやく、悪魔の力をもてたなら自分は彼女を救えたのだろうか?)


 彼女の笑顔で思い浮かぶのが、瀕死の自分を救ってくれた幼き日の彼女の姿。

 泣きながら、よかったと自分を抱きしめる彼女のぬくもりが今でも忘れられない。

 小さい身体で必死に自分を看病してくれた彼女を。

 自分達より大きい孤児に絡まれても体を張って病人の自分を守ってくれた勇気ある彼女を、ずっと守り抜くと誓ったのに。

 結局自分は何もできなかった。人さらいに攫われて自分一人生き残るためにもがくだけで精一杯だったのだ。

 再会した彼女ははかなげに微笑むだけで、孤児時代の明るさも、自分の意思さえ失ってまるで見えない何かを追い求めるだけの気弱な女性になってしまっていた。


 シャルネが魅惑系の魔法を使えることをもう少し早く見抜いていたら、彼女を救えたのかもしれない――。


 メフィストの話ではセシリアも魅惑の影響下にあったらしい。

 それをシャルネは利用し、セシリアを自分の引き立て役にし、金色の聖女だった場合力を奪うため洗脳していたのだ。

 

 メフィストと契約を結ぶ前にそれにさえ気づいていたら、もっと他に手段はあったのに――。


 ぐるぐると同じ疑問が頭に浮かび、レヴィンは自重気味に笑う。


 もう遅い。

 去ってしまった時間を悔やんでも仕方ない。

 今できる最善を選び取ることだけが自分にできる事。


 愛しいあの人のために。


 きっとあの人がほしかったのは名声じゃない。

 自分の存在意義だ。

 それをシャルネ達に、そしてそれが叶わないと知った時、金色の聖女に求めてしまった。


 けれど、たとえ寄り縋っただけの願いだとしても。


 彼女が金色の聖女になることを願ったのなら、自分がそれをかなえよう。


 誰からも褒め称えられ敬われる金色の聖女の名声をあなたに捧げよう。

 

 家族の愛は無理でも、貴方の名を、貴方の栄光を未来永劫残し、貴方を落としいれたものたちを地獄に送る。


 それくらいしか、もう自分にはできないのだから――。

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