第20話 白銀の聖女と伝説と(1)

「聖女様大丈夫ですか?」


 目を覚ますと、そこは豪華なベッドの上だった。

 心配そうに顔を覗き込む知らない神官の姿と複数の騎士、そしてディートヘルトの姿がある。まだ20代で領主になった若き英雄。金髪碧眼の美青年だ。ディートヘルトとはレヴィンだった時の商人時代に一度だけ商談で訪れていたため面識はある。だが、セシリアとして会うのは初めてだ。

 知らないふりを貫かないといけない。


「ここは……」


「トルネリアの砦です。ランベールに襲われてから気を失って3日経過いたしました」


 ディートヘルトがセシリアに跪いて視線をあわせた状態で答える。


「3日……」


 思っていてた時間より長い時間気を失っていた事にセシリアは頭を抑えた。

 聖女の力の使い過ぎで気を失ったのかそれとも、傷が思ったより酷かったのか……。

 魔力痕をはっきりつけるために少々無理をしすぎたかもしれない。


 公爵邸にいる時に聖女の力についてどれくらい使えるかは検証した。

 あれくらいなら気を失うはずもない。


(女性の身体ということをもう少し考慮すべきだった)


 レヴィン時代に自作自演で傷を負うくらいは平気でしてきたため、少し甘く見ていた。

 いくら傷は魔法で完治できるとはいえ、セシリアの体を酷使しすぎて失ってしまっては元も子もない。


 考え事をしていると、ディートヘルトがセシリアの手をとり、セシリアはそちらに視線をうつした。


「聖女セシリアには感謝しています。貴方が生きていてくださったおかげで我々は罪に問われる事を免れました」


「ゴルダール騎士団の方が駆け付けてくださったおかげです。二人だけではあの場は切り抜けられなかったでしょう」


 そう言いながらセシリアは、視線をさまよわせる。

 セシリア側に寝返った神官の姿が見当たらない。


「申し訳ありません、セシリア様。あなたに同行していた神官ですが……。彼は枢機卿を心酔する神官の一人です。

 セシリア様ももうお気づきだと思いますが、貴方の暗殺を企てたのは神殿の上層部。

 おそらく枢機卿でしょう。

 あの神官は自分が捨てられ殺されそうになったがために貴方をお救いしただけで、枢機卿側の人間であることには変わりません。

 それ故、彼をこの砦を自由に行き来させるわけにはいきません。

 彼がこちら側を裏切らないと確証が得られるまでは、砦の一室で様子を見させていただきます。行動は制限させていいただきますが、丁寧に扱いますのでご容赦ください」


 セシリアが神官の姿を探していたのを察して、ディートヘルトが頭を垂れる。


「……わかりました」


 セシリアはその言葉にさみしそうに微笑む。心の中で笑いながら。


(やはり、対立しているため神殿の末端の神官の派閥状況まで把握している。

 ディートヘルトも神殿側に複数人の密偵を潜り込ませているとみていいだろう)


 わざわざ潜り込んだ甲斐があった。

 必要なのは彼の地位と交易の拠点であり資源豊富なゴルダール領の領地。

 そして彼がもっている神殿の情報。

 この力を手に入れたなら神殿に対抗する手段を手に入れることも可能だろう。

 シャルネと神殿に制裁をするためにディートヘルトの力は必要だ。

 

 いくらセシリアが白銀の聖女でも、神殿が相手では後ろ盾がなければなにもできない。


 今回の件でシャルネもセシリアの力に気づき危機感をもつだろう。

 今までのような手ぬるい嫌がらせではなく本格的な排除に動き出す。

 だからこそ、その排除に対抗するだけの、絶対的力をこの地で手に入れなければいけない。



「それでは聖女様、まだ体調もお戻りになっていないでしょう。ゆっくりとお休みください。

 食事など必要なものは侍女に御申し……」


 ディートヘルトがセシリアの手を離し立ち上がったその途端。


「ディートヘルト様!!!大変です!!!魔物の大群が砦まで押し寄せてきました!!!」


 兵士の一人が飛び込んでくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る