第17話 欺きと策謀と(3)

「ぎやぁぁぁぁぁあぁ!!」


 森の中に馬車の手綱を引いた従者の悲鳴が響いた。

 聖女セシリアが乗った馬車がゴルダール地方の西に位置するゲデムの森に入ってしばらくしたのち、本来なら街に続く街道ででるはずもないほどの強力な魔物が馬車を襲ったのだ。


 護衛していたはずのランベールとその供の騎士たちの数人が、前方を確認してくると離れたそのあとすぐに、馬車は襲われた。


「どういうことだ!?話が違うぞ!?」


 セシリアの馬車を護衛していた神官の一人が叫ぶ。

 確かに道中、魔物を使ってセシリアを殺すとは聞いていた。

 だが殺すのはセシリアだけのはずなのに、実際に魔物に襲われているのは従者や複数の兵士と神官もいる状態で襲われたのだ。


「簡単な事、結局貴方も捨て駒なのでしょう」


 魔物と戦いながら、叫んだ神官の後ろから何事もなかったかのように馬車からセシリアが出てくる。

 その間に護衛の騎士の一人と、馬が魔物に食いちぎられて死んでいく。


「貴様っ!!勝手にでるなっ!!」


 叫んでセシリアに切りかかろうとした護衛も、そのすきをついてとびかかってきた魔物に喉元を噛まれ血しぶきをあげながら倒れて言った。


「な!?」


「可哀想にね。殺す側だと思っていたのに、貴方達も所詮は替えのきく神殿の駒。

 私とおなじだわ」


 とびかかって来た魔物を簡単に魔法で消滅させながらセシリアが言う。

(どういうことだ、聖女がこんなに強いなんて聞いてないぞ!?)


 次々とびかかってくる魔物をいとも簡単に聖女の力で消滅させていく姿に神官は思わず息を呑む。


 気づけば生き残っているのは聖女と自分だけの事実に気が付く。

 周りには魔物が牙をむいて睨んでくるがセシリアを警戒してか、距離をおいて取り囲むように周りで唸っている。


「さぁ、どうします? 私側につくか、ここで駒として死ぬか選びなさい?」


 嬉しそうにセシリアが無邪気な笑みを浮かべるのだった。


★★★


 そろそろ死んだか。

 ランベールは魔道具の双眼鏡で森への街道を見張りながら心の中でつぶやいた。


 セシリアの馬車から遠ざかり、魔物を集める匂い袋を矢ではなち、放置して半日。

 そろそろ馬車の死体も食いちぎり魔物達も散り散りになったころだろう。


 セシリアと神殿から来た神官達を殺し、ディートヘルトの責を問う。

 これがシャルネと枢機卿からの指令だ。そして指令はもう一つ。

 ディートヘルトは領主としても策士家としても優秀だ。

 セシリアが砦に向かっていると聞けば、シャルネと枢機卿の目論見に気づき、必ずセシリアの身を保護するために数名の兵士をセシリアの保護に早馬で送ってくるだろう。

 その早馬できたディートヘルトの部下たちをも魔物に殺させる。

 

 そして、ディートヘルトの部下とランベールが護衛を交代した途端、魔物にセシリアが殺されたことにする手はずだ。ディートヘルトの部下たちの落ち度で魔物から聖女を守れなかったとディートヘルトのその責を問う。

 聖女の死という大罪の前ではディートヘルトも砦にこもり、出頭の要請を無視する事はできない。ディートヘルトを殺し、ランベールがゴルダール地方の実権を握る手はずになっているのだ。そろそろディートヘルトの部下たちが来る頃だろう。


 そんなことを考えていると、シャルネの推理通り、ディートヘルトの腹心たちが馬を走らせて、猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。


「来たぞ!ゴルダール騎士団だ!」


 ランベールの部下の一人が叫ぶ。


「流石シャルネ様だ。目論見通りとは」


 ランベールがそう言い、魔物を呼び寄せる魔水に手を伸ばした途端。


「本当ね。お手本のままの策略家で手に取るように行動がわかって、助かるわ。

 すべてを知った気になっている策士気どりの人間こそ一番愚かなのに」


 木の上から声が聞こえ、ランベールは慌てて空を見上げた。

 そこ似たのは木の枝の上でにっこり微笑む聖女セシリアの姿。


「貴様っ!!生きていたのか!??」


 慌ててランベールたちが剣に手をかけた途端。


「あら、剣で殺していいのかしら? ゴルダール騎士団は優秀よ?

 魔物が殺した傷か人間につけられた傷かなどの見分けは容易にできるし、彼らは生前についた傷か死後ついた傷かの鑑定もできるわ。

 検視されたらあなたの剣による切り傷だとすぐわかってしまうでしょうね」


 そう言って、木からひらりと飛び降りる。


「だから貴方達は魔物呼びの魔水をつかって、魔物に私を殺させようとした。

 ランベール、貴方達が私を殺した犯人だと特定されたら、『金色の聖女』シャルネ様はどうなるかしね?

 無能を生かしておくかしら。何より、あなたたちの大好きなシャルネ様の素敵な策略を全部駄目にしてしまうけど、それでもかまわないのかしら?」


 くすくすと笑いながらセシリア。


「き、貴様!? どこまで知っている」


 ランベールが剣を構えながら叫んだ。


「さぁ、全部知っているともいえるし、何も知らないともいえるかしら?

 私は蜘蛛の糸をいたるところに張り巡らせてるだけ、かかった場所によって対応をかえるだけよ」


 セシリアは笑いながら、魔法でランベールの部下の一人の心臓を貫いた。

 血を吐きながら兵士が一人こと切れて倒れる。


「なっ!??」


「ふふっ。あなたたちと違って、私は殺し方を偽る必要がないのですもの。

 ランベール、貴方に殺されそうになったから、抵抗した。それで済む話。

 殺し方を制限される分、あなたたちの方が部が悪いのではないかしら?」


「なんだと!?」


「私が現れたタイミングを考えればわかることでしょう?

 この距離でディートヘルトの騎士団から逃れるのは無理よ。

 私の連れが彼らに密告にいまごろ接触しているはずだから」


「まさか、そんな……」


「貴方に残された選択肢は二つだけ。ここで私を殺して聖女殺害の大罪人になるか。

 ここで私に殺されて死ぬか、二つに一つしか選択肢がないなんてかわいそう」


 言葉とともに結界を張って聖女の魔法を防ごうとした魔導士の胸も一瞬で魔法で貫いた。


「ま、待ってくれ!!私はシャルネ様の命令を聞いただけなんだ!

 シャルネ様が裏にいることを証言する!!だから許してくれ!!」


 ランベールの言葉にセシリアは目を細める。


「馬鹿な人、貴方がいくら証言しようともシャルネはびくともしないわ。

 あの子はとても用意周到な子なの。あなたの証言くらい簡単に握りつぶす。

 貴方には証言人としての価値もないわ。せいぜい死人になってくれないと」


 その言葉に、ランベールの目配せで一斉にとびかかってくる騎士達をセシリアは簡単に魔法で弾き飛ばした。

 そのまま倒れ込んだ、騎士たちに留めの魔法をうとうとしたとき


「きさまぁぁぁぁぁ!!」


 ランベールが渾身の魔力をこめ切りかかり、その剣がセシリアの背中をぱっくりと切る。


(やった!! 人をバカにしやがって!?)とランベールがにやりとした瞬間。


「簡単な挑発にのってくれてありがとう♡あなたの役目はここで終わり。さようなら♡」


 セシリアの魔法がランベールの心臓を貫くのだった。

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