第16話 欺きと策謀と(2)

「ランベールが勝手に帝国に乗り込んで直訴しただと!?」


 西の砦の前線で、ゴルダール領、領主ディートヘルトは頭を抱えた。

 ただでさえ魔物との戦いで疲弊している中、勝手な事をしてくれると壁を拳で叩く。

 確かに聖女の存在がなければこの戦いに勝つことはできない、けれど神殿がこの戦いに聖女を送ってくることなどまずないだろう。


 神殿はこの土地の豊かな恵みを疎ましく思っているため、何代にもわたって嫌がらせをしてきているのだ。富すぎ恵まれた環境では宗教はあまり浸透しない。


 彼らはそれをよくわかっている。だからこそこの地に魔瘴が出来たとき神殿は悦び勇んだことだろう。聖女を送ってこないのも嫌がらせ以外の何物でもない。

 そしてたとえこの地と神殿の関係がよかったとしても、金色の聖女をエルフに嫁がせる事が目的な神殿が危険な地に金色の聖女を送ってくるわけがないのだ。


 はるか昔、文献では金色の聖女を魔瘴浄化に世界の実りに尽力していた時期もあった。


 だがいつしかエルフたちが金色の聖女を貰い受け、子を複数人なし、その子を人間に帰すようになってから、神殿は金色の聖女をエルフに捧げる事を最大の目的とするようになってしまったのだ。


 世界よりもエルフの血だけを求める神殿のやり方を批判していたゴルダール領を神殿は疎ましく思っている。


 なんとか騎士達で魔瘴からでてくる魔物の数を減らし、魔法使いたちが大結界をはり西の森以上から出られないようにするように懸命に努力はしているが、魔瘴からでてくる魔物の数が多すぎてどうにもならない。

 前線をもっと森の入り口まで押し上げないことには結界を張ることも出来ない。

 魔瘴の核にすら近づけない現状で聖女がきたところでどうしようもないのである。

 聖女を請うにしても魔導士たちが森に結界を張ってからだ、いま来たところで魔瘴の核に近づけないのだから。

 それなのにこの状況で危険を冒してまで聖女を嘆願にした意味がわからない。

 そのことを重々承知しているランベールが領主に相談もなく、そのような事をしたのか。

 答えは一つしかない。ランベールが神殿側の間者だったためだ。


「……くそっ!!はめられたかっ!!」


 そう言って、ディートヘルトは兜を床にたたきつけ、手近にあった椅子に座る。

 おそらく正式な手続きをふまずに帝国の舞踏会に武装した兵士をいれたと、ディートヘルトの責を問う気だろう。


 西の砦の防衛で手一杯なため帝国の招集にも神殿の招集にも従う気もないがそれでも状況は不利だ。


「どうせ、聖女を送ってくるつもりなどないのだろう?」


「それが白銀の聖女「セシリア」を送ってくるそうです」


「……セシリア……金色の聖女シャルネに嫌がらせをしていると風の噂で聞いた事があるが。

 厄介ばらいのために送ってくるつもりか?」


「はい。おそらく」


「………」


 ディートヘルトの顔が青くなる。


「ディートヘルト様」


「今すぐ精鋭部隊を聖女セシリアの迎えに派遣しろ!!

 下手をすればゴルダール領に入った途端殺されるかもしれない!!」


「な!?そのようなことをまさか!?」


「あの枢機卿は狡猾な男だ。我らを失脚させるためならそれくらいは平気でするっ!!

 何かの手違いで聖女で、我らが魔瘴を払う事がないように、殺すつもりだ。

 とり急ぎ兵を送れ!!」


「はっ!!」


「ただでさえ苦戦しているなか余計な事をしてくれる!」


 ディートヘルトはいらだちながら壁を叩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る