4
二家本は、
「ラブリーなとこにして」
「
「歩こうよ。恋人繋ぎして?」
「……」
八代は、自分の冷たくなった指先を二家本の左手に絡めた。その体温が心地よい。心の温度は知らないけど。
(なんて、私は怖がりなんだろう)
好きだと言ったなら、たぶん、二家本は聞こえなかったふりをする。なぜか確信する。そして、二度と、こっちを向かない。
変わる天気のように、たまたま、今、そんな気持ちなんだ。たまたま、今、雨が降ったから、自分は、そんなお天気次第の人間なんだよ。そんな言い訳ができるようにした。
あたりは、もう夕暮れていた。
冬の日の入り、東京は早いな。
とくとくと心臓が波打ちだした。苦しい。
「ちなみに、二家本君、彼女はいるの?」
「……いるって言ったら」
二家本の声は平坦だ。
「基本、彼女持ちとホテルには行けん」
「いないって言ったら。ヒトの目は、モノを自分の都合のよいように見てしまうだけだろ。それ、聞くことに意味あるのかな……」
大通りを路地に曲がると、キラキラネオンの建物群の通りだった。一足先にクリスマスが来てる。その中のひとつに、二家本は、さっと入った。でも、振り向いて、「やめとく?」とも聞いてきた。
八代は黙って二家本のそばをすり抜けて、ホテルに入った。
案外、フロントは狭い空間だ。タッチパネルで無人。
「……コスプレ、選べる」
「選ばんでいい」
「……シャンプー&トリートメント」
「任す」
緊張して顔が上げられない。
大理石模様の床だ。
「……なんか、ドナドナな気分」
顔を上げない八代を、二家本は手を引いた。
部屋に入るまで八代は、まともに顔があげられなかった。
顔をあげたら、部屋が天井までピンクで、びっくりした。
ピンクといっても上品なピンクで。花柄。シャンデリアに、白雪姫のお話に出てくるみたいな鏡、白い猫脚の楕円ローテーブル。
「うはぁ」
思わず、声が出てしまった。
「……ラブリーっていうからさ」
二家本も、まさかここまでとはという困惑顔だった。八代は、ちょっと笑ってしまった。
「ワリカンで、おいくら?」
「いらない。すぐ、お返ししてもらうから」
その二家本の表情が見たことがないもので、八代の下半身に響いた。
「……お風呂、先、入る?」
二家本が聞いてくる脇で、努めて明るく振舞った。
「あ、
「……お風呂」
「二家本君、先、どーぞ」
「うん」
さっさと二家本は風呂に行ったしまった。
「……」
「八代」
気がつくと、そばにバスローブ姿の二家本が立っていた。
「はっ」
けっこう、TVゲームにのめり込んでしまった自分が、八代は恥ずかしかった。
「……風呂」
「ごめ、熱中しちゃった」
「……お湯、入れ替えてるから」
「ありがと」
急いで、風呂場に行く。お湯は、たまっていない。でも、バスタブに入った。
風呂場の中で体育座りして、ひざのところまでお湯が来るのを待った。
八代の下宿は、バスタブとトイレ一体型だった。彼のワンルームマンションでも風呂独立型だとはいえ、満々とバスタブに湯を満たしたことがない。
そんな、みみっちい八代に彼は飽きたのかもしれない。新規出店のカフェに行きたくなっても、それが人の心だ。
風呂は鏡張りだった。自分のボディを、八代は見つめた。美術学科の学生なら、ヌードも描く。男のヌードも描く。自身のヌードは、まだ描いたことがない。
お腹は二段腹ではないし、お尻も、たれてない。胸は成長止まったけど。
全身映る鏡で、こんなふうに自分の体を見たのは、はじめてだった。
風呂から上がって、八代はバスローブしか着る物がないことに気づいた。本当に今さら。
(これ、着るのか)
それから、(下着、一度脱いだの履くのは、ちょっと)とか、(ムダ毛処理してない)とか、いろんなことが
(うわぁ、思いつきで誘うんじゃなかったっ)
今さら。
ついには下着は付けず、バスローブの胸元をきっちり合わせて着た。
「こん、こん。
ドアのノック音を、二家本の声で伝えられて、八代は飛び上がった。
「……静かだから。倒れてるのかと思った」
二家本は、そっと八代の左腕をつかんできた。
そのまま、ソファーに連れてかれた。
「無料飲料、冷蔵庫にあった。どれ、飲みたい?」
「お、お茶で」
本当に、のどが渇いていた。
隣の二家本を、ちら見すると、
報じられるのは、不幸なニュースばかりだ。
「……進級制作、進んでる?」
「あっ、うん。もちのろん」
「……」
二家本が黙ってしまった。
すーっと近づく気配が。
「ごめ、歯
八代は20センチぐらい、飛びのいた。
「……
二家本は笑いかけている。
「気のすむまで磨いて来て」
洗面所で八代が歯磨きをしている間に、二家本は部屋の照明を落としたようだ。
八代は、ぼんやりとしか見えない部屋に、そろりと戻ってきた。
二家本は静かだ。眠ってしまったのか。それもいいか。
ダブルベッドの端っこに、八代はすべり込んだ。
掛け布団の布地が冷たくて気持ちいい。
「……そんな端っこ、寝てたら落ちるよ」
二家本の声がした。
「寝てなかったんだ」
「女子、目の前に眠れるわけない」
あっという間に組み敷かれた。
二家本の顔が近づいて来て、唇を。
「……ミントの香り」
それから、胸を。
「……待たせるから」
右足を持ち上げられた。
「あ、あの」
八代が、はじめてじゃないとわかっているからか、遠慮がない。
「二家本君、ヒニンって知ってるよねっ」
「……
ベッドサイドにあるだろう、それを八代は探そうとする。
「……自前の、ある。ラブホの備品は信用するなと、じぃちゃんの遺言だから」
「笑うとこ?」
「余裕ない」
二家本は、もう八代に、あてがってきていた。
八代の
「……」
二家本の声が。かすれていて、聞き取れない。
そういえば、八代は二家本の声が好きだったのだ。
ぼそぼそと何言ってるかわからないぐらいのトーンで話す二家本。
絶対、フレッシュな新卒のスーツのCMには起用されない二家本。
あ。
二家本は、どこで、そんなことを覚えたんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます