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「ね、
そして彼は、やたら、べたべたとしてくる。
この週末は、
まだ、日が暮れていなくてカーテンを閉めた。
部屋付きのシングルベッドは意外と丈夫で、きしみもしない。ただし、壁は薄そうで、いつも
まだ明るい内にというのが彼は、たまんないらしい。
二人きりで会うようになったら、そういう階段があるかのように、1回ずつ、キスから挿入までの階段を慎重に上った。
彼も八代も、ハジメテで。
『今度会うときは、次の段ですね』って、暗黙の約束を交わしている二人は、会う前から緊張で手のひらが汗ばんでいた。
今、思えば、かわいい。
「
「……ん」
八代は後頭部を、ぐっと彼に抑えられた。
(……っ)
でも、まぁ、彼が満足してくれることは、やぶさかではない。
そのあとは、
「ここのハローウィンイベント、まだ行ったことがないんだよね。行ってみる?」
ひとり用の足折れテーブルの前に体育座りした八代は、ベッドに背中をもたれさせ、脚を伸ばしている彼を横目で見た。
「ちょっと課題が立て込んでるからなー。余裕なくってさ。あ、萌の誕生日に、行こっか。クリスマスイベントになっちゃうけど」
「ありがと」
八代は、やさしい彼に満足したのだ。
その彼の、まさかの浮気だった。
八代が、久しぶりに行った彼の下宿。コトのあと、彼は風呂に入っていた。
彼の下宿はトイレと風呂が別々の、大学生の下宿としては、よい価格のワンルームだ。
くしゃみが出そうで、八代がティッシュボックスのティッシュを取ったら、最後の1枚だった。
買い置きは、いつも作り付けのクローゼットの上に重ねてある。ティッシュの箱をあわてて取ろうとして、ばらばら、何個か落としてしまった。
拾い集めて戻そうとしたら本棚の上から、何かのチケットがのぞいているのが見えた。
それは魔が差したのだろうか。神のお告げだったのだろうか。
八代は、そのチケットに手を伸ばし、見てしまった。
それは、さっき
八代は、あわててチケットを本棚の上に戻した。ティッシュボックスも戻した。
そして、彼が言い出してくれるのを待った。
「今度の連休、テーマパーク、行かない? チケット、もう取ってあるんだ」って。
しかし、彼は言い出さなかった。
「……今度の連休、どっか出かけよっか」
八代は、さりげなく言ったはずだ。
「あー、課題で忙しくて。ごめん」
「そう……。あ、ごめん。使い切っちゃった」
ティッシュの空箱を今気がついたというように、八代は片手でゆらした。
「持ってくるっ」
彼は、ばっと立ち上がって、本棚の上のティッシュを取りに行った。
(……誰と、テーマパークに行くんだい?)
妄想で取り乱すのは、いけない。
(友だちと?)
なら、なんでペアチケット。
なら、なんで八代に言わない。
そのうち、どんどん、彼との家デートの間隔は開いていった。
季節が夏から秋へ変わる頃だった。
「他に好きなコ、できた」
彼は、吐いた。インカレサークルに新しく入って来た新入生と、仲良くなったんだって。そんなつもりじゃなかったんだけど、向こうから告白されたんだって。八代とも、インカレサークルで意気投合したんだよね?
別れに至る階段があればマニュアル通りの、下り方だ。
それも、八代の誕生日の1ケ月前なんて。6月の彼の誕生日は、八代はイタリアンの店、予約して皮の小銭入れ、プレゼントしたのに。
(おまえにとって、コスパよ過ぎるだろ)
八代は最悪な気分だった。
(私は付き合っている人いたら、告白されても断るけど!)
残酷なのは友人経由で、彼が何て言ったのか知ってしまったことだ。
「今
そんなとこか。死ぬまでシてろ。
「経験豊富な彼女のようで、イイんじゃない? 彼も、ハジメテ君で、つたなかったし」
八代も、彼と共通の友人にディスっといた。
浮気者の烙印は押してやる。絶対、あとで泣く目に合え。でなかったら、こっちが浮かばれない。
八代の誕生日は、大学の実技室で課題と格闘していたら終わった。ある意味、美大生としては正しい生活だ。
この分ならクリスマスも新年も、課題、バッチコーイ、だ。
そんな冬のはじまりに、また、〈美術研究所OBの集い〉があった。
散会して、黄葉した銀杏並木の下で
(てゆうか、もう何の遠慮も、いらないじゃん)
歩道の人通りが切れた。
「
さらりと言ってみた。どうして、好きです、付き合ってください、じゃなかったんだろう。
「……」
二家本は、いつも反応が遅い。不安になる遅さだよ。
「……八代、彼氏、いなかったっけ」
やっと、口を開いてくれた。
「いなくなりました」
「……捜索、しないの」
「ふ。
昔も、そうだったなぁと、八代は懐かしかった。
「……落ち込んでんの?」
二家本の目が、こちらを探っている。体温は、1℃だってあがっていないのが、わかった。これはムリだ。恋に持ち込むのは、ムリだ。八代も直感が鋭いから。
どうしよう。でも、言ってしまった。引き返せない。
「――今日は、帰りたくない気分です」
「……」
少しだけ、二家本がゆらぐのがわかった。
「――女子が帰りたくないって言ったら、帰さないもんでしょ」
ネットカフェで過ごそうと言ってるんじゃないってことは、いくらなんでもわかるだろ。
「今日は帰りたくない気分なんです」
さすがに二家本の目を見ては言えなかった。それでも、ダメ押し。
「――オレの下宿、許可なく異性泊めたら、退寮って知ってる?」
「誰が県人寮に泊まりたいって言った?」
二家本は逃げようとしているのか。それならそれで、完璧にふられたってことだ。
「……ホテル、でいい?」
二家本は、八代の目を見ていた。
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