二家本辰巳にかもとたつみから連絡が来たのは、八代萌やしろもえが美大の3年生になった春だった。


「連絡、おそっ」

「……浪人してたんだから」

「メアド変えてたら、どうしたの」

「進学先はわかってたから、校門に立ってれば、会えるかなって……」

こわっ」


 二家本辰巳にかもとたつみは二浪ののち、国立美大に合格し、上京してきた。

 美術研究所OBは上京してもつながっていて、〈美大生の会〉を結成し、その実は〈おのぼりさんが行く東京巡りの集い〉を時折、招集していた。

 その会で八代は、やっと、二家本に再会した。


「八代先輩、東京案内、お願いします」

 2年ぶりの二家本は、印象がやわらかくなった気がする。 

「八代先輩、どこ、住んでるんだっけ」

「オギクボ」

「へぇ、ごきげんそう」

「二家本君は」

「県人寮」

 たしか文京区だった。八代も検討したが結局、女子寮にした。2年更新だった、その寮は出て、この春からワンルームのアパートに住んでいる。


「遊びに行こっかなー?」

 八代は、ちょっとふざけてみる。二家本との会話は心地よかった。

「……いいけど。ただし、食堂までしか入れない。部屋へ友人が入るには、館長に申請して、許可されないといけない。なお、無断で異性を居室に入室させた場合は、退寮処分だ」

「うっわ、彼女できない案件」

「……入ったとたん、出たくなったさ」

 うん。八代も、それで女子寮を出たから。

 軽口をたたきながら八代は、二家本との距離を図っていた。

 2年間、連絡をしなかった間柄は、互いが最優先だったわけではないということだ。八代には、もう彼もいる。

(二家本君だけだよ。時間が止まってるの)


 『受験、がんばって。応援してる』

 あの頃、そんなラインを送れていたら、ちがった今があったのかな。

 八代は、臆病だった自分を少しだけ後悔した。


 

 それから1年が巡り、また春。美大生の会が新入生の参加で、いちばん活気づくときだ。二家本が、画塾の後輩という女子を連れて来た。八代もカンが鋭いから、すぐにわかった。

(二家本君のタイプって、こういうコ)


 見るからに処女って感じの。

 地方出身って感じの。


(ま、いいけど)


 その女子とは帰る方向が一緒だったから、電車を待っている間に、ちょっと話した。

 2年前なら八代だって、こんな感じだった。

 東京で電車に乗ることに慣れるように、いろんなことに慣れていったのだ。

 地方の美術研究所で、ひじがてかってきた制服を着て、タータンチェックのマフラーしていた八代は、もういない。


 二家本にかれていたことも、もう昔々の話なんだ。

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