贈り物
それは懐かしい匂いがした。
赤い椿の花があしらわれた、母から娘への贈り物。
「少し痩せたかい?」
「痩せてないし、むしろ太ったし」
毎年お盆に帰省する度、袖を通すその浴衣。帯を締める祖母の力は今も変わらず強いままだ。
「さすがにもう子供っぽいかな?」
私の言葉に祖母は何も答えない。娘を溺愛していた母だけが、写真の中で今年も優しく微笑んでくれている。
着付けを手伝ってくれた祖母に礼を言い、居間へと続く襖を開けると、畳に寝転んだ父が、どこか所在なさげにテレビを眺めていた。
「どっちが勝ちそう?」
「同点だ。まだわからん」
テレビには、よく日に焼けた高校球児が映っていた。夏の甲子園。二回戦を戦うその試合は同点のまま延長を迎えたところだった。
「友達が待ってるんだろう? 早く行っておいで」
まるで猫でも追い立てるように、祖母が私のお尻をぺしんと叩く。せっかちな祖母は、私が子供の頃からよくお尻を叩く人だった。
「うん。じゃあ、行ってくる」
「転ぶなよ」
父の口癖は母がいなくなってからも変わらない。何もないところでもよく躓いていた母の姿を、私もまだ昨日ことのように覚えている。
小さな手だった。まだ温もりしか知らない、無垢で幼い柔らかな手。
私が買ってあげたわたあめを遠慮がちに咥える少女は、その存在を確かめるように、何度も何度も、私の冷たい手を握り締めていた。
地元の夏祭り。待ち合わせ場所に現れた友人は小さな女の子を連れていた。
友人の姪っ子にあたる小学生の女の子。人の名前を覚えるのが苦手な私でも、彼女の名前はすぐに覚えることができた。俯きがちにアオイと名乗った女の子。彼女が着ている浴衣には、大きな向日葵の花が咲いていた。
「ちょっと座って休もうか」
ベンチに座っている間も、彼女は私の手を握っていた。
はぐれた友人は見つからない。
足をぷらぷらさせながらわたあめを啄む少女の隣で、私はただぼんやりと行き交う人々を眺めている。
「お姉さんの花は、なんていう名前なの?」
少女の声がして振り向くと、その視線は私の浴衣に向けられていた。
妙な恥ずかしさを覚えながらも、私は彼女にこう答えた。
「椿、っていうの。──私のお母さんが好きだった花なんだ」
彼女は驚いたように、その瞳を輝かせていた。
「わたしもその花が好き。赤くて、すごくきれい」
少女の言葉は幼さに満ちていた。純粋で、温かさしか知らなかった、子供の頃の私によく似ていた。
「……ありがと。私も向日葵の花、好きだよ。すっごく可愛い」
私の言葉に、陰りを知らない笑顔を見せる少女の小さな手を、私は無意識のうちに握り締めていた。
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