赤花の棺

 荷物が届いた。使い回した跡のない、真新しい段ボール箱。差出人の欄には、数日前まで恋人だった彼の名前が書かれている。


 中身は、私が彼の部屋に置き去りにした愛着もない日用品。寝泊りするのに都合がいいからとユニクロで買った上下セットのルームウェアと、無機質を纏っているかのような黒のキャミソール。間に合わせで買ったコンビニコスメに、途中で読むことに飽きて彼の本棚に差し込んでおいた平積み宣伝の文庫本。歯ブラシまで送られてきたことにはさすがに少し笑ってしまった。

 どれも安価で大量に売られている物なのに、彼はそれすら捨てることができなかったのだろう。

 彼は捨てることが苦手なのだ。私という、どこにでもいるような女でさえも。


 交際期間は半年と数日。私にしては長い方だと、二人目を妊娠中の友人に評されたけれど、それで自己嫌悪が消え去るほど私は自分を好いていない。


 いつだって始まりが良くないことは自覚していた。

 身体から始まる交際関係を、件の友人も嫌悪している。

 一人でいるよりは生きやすいからと、常に恋人という存在に逃避してしまう私に非があることも承知している。

 間違いも、犯した瞬間に理解している。

 ただ、理性ばかりはどうにもならず、固く結んだはずの結び目から弱さがぽつぽつと零れてしまう。

 

 彼から愛情ではない何かを感じ始めたのは、年が明けて間もない頃。

 互いに多忙で年末に顔を見ることもなく、年を越したあたりから、予感めいたものは感じていた。

 それが確信に変わったのは今からちょうど一ヵ月前。バレンタインデー。

 その他大勢に強制されることが苦手な私は、彼にプレゼントを贈ることもなく、その日も仕事の事だけを考えて過ごしていた。

 彼を試す気持ちがなかったと言えば嘘になる。

 それから間もなく、彼は私がいくつか描いていた未来絵図の中から、最も寂れた世界を選択した。


 互いに会う時間も作れないまま、電話で別れの意思を共有したのが三月の初め。その際に、彼の部屋に置いたままの私の荷物は処分して構わないと伝えていた。それにも関わらず、彼は律儀に荷物を送ってくれた。

 それが私に対して未練がない証拠であることを、彼が理解しているのはわからない。


 荷物の中には、一つだけ私の私物ではない物が紛れていた。

 箱の一番奥にあったそれに、見覚えはなかった。

 白樺にも似た木目調で、手帳よりも少し大きな長方形。手に取るまでは、何かを収めた木箱にも思えた。

 それは見た目以上に軽い材質で、二つの木枠が銅製の丁番で繋がれ、中央で割れるような構造をしていた。繋ぎ目は軽く、私の手の中にあったそれは、自らの自重で僅かに封を開いている。

 そっと開くと、そこには真っ赤な花束が飾られていた。

 木製のフォトフレームの中に、瑞々しさを湛えた赤い花達が、いくつも重なり合うようにあしらわれている。

 プリザーブドフラワーのフォトフレーム。

 私と同じ名前の花を、そこに見つけることはできなかった。


 それが贈られてきた意味を理解したのは、箱の中の不用品をゴミ袋に移しているときだった。

 ゴミ袋の中から拾い上げたフォトフレームは、乱雑に巻き付けられたガムテープのせいで、もう簡単には開かない。

 私は少し迷ってから、自分で巻き付けたガムテープをベリベリと力任せに剥がしていく。

 もう一度それを開くと、木製のフレームを額縁として赤い花達が絵画のように咲き乱れる。

 こんなにも綺麗に整えられた花達でも、こうして捨てられてしまうのかと思うと、今さらながらに同情めいた感情が湧いてくる。

 それは憐憫にも似ていて、憎悪に最も近い感情。

 花は嫌いだ。

 そのことを伝えることなく終わってしまった彼との関係を、今更悔いたところでもうやり直せない。

 私の中で実ることなく枯死してしまった彼の想いに、手向けられた赤い花。

 私はおもむろにガムテープを掴むと、もう二度と開かないようにと、フレームが軋むほどきつく強く巻きつけていった。

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