第5話 - ウルダン ギルド支部の喧騒

「騒がしいな。何事だ」

「はっ! その、先程ここに押し入った侵入者がおりまして! 現在詰めている衛兵たちと戦闘を行っております!」


 支部長室に現れた部下の男が、ぴんと背筋を伸ばしながら、支部長ダイオンに答えた。


 ダイオンは、大きくため息を吐き、檻の中のシャロを見やった。


「貴様の連れか? 聞いたところ、枯れた爺しか残っていないというころだったが。それとも、お仲間の生き残りがいたのか」


 普通に考えれば、囚われのシャロを取り戻しに来た何者かがいるのだと思われるが、当のシャロ本人が、その救世主に心当たりがないらしく、困惑の表情を浮かべている。


 なにはともあれ、ギルドに歯向かうなど愚かな特攻をしてきた者は、無残に仕置きをするのみである。


「囲んで殺せ。生け捕りにできるのであればしろ。一晩嬲った後、街の中央に吊るして、愚か者の末路を見せつけろ」

「はっ、ですが、その、向こうもかなりの手練のようでして……」


 腑抜けた回答に怒りを覚えたダイオンは、部下に激烈な視線を送る。


「手練だから、なんだ? そんなに厄介な魔法でも使うのか?」

「い、いえ、おそらく侵入者は、無能力者であるようなのですが」

「だったら少しは頭で考えろ。下級兵で抑え込み、魔法を使える兵に遠距離から攻撃させろ。それが囲むということだ。多少剣の腕があろうが、関係が無い」

「その、なんと、申し上げましょうか」


 部下は顔を真っ赤にし、自分でもなにを言っているのかわからない、という風に。


「敵は、その、魔法を、斬ってしまうのです」


 と、報告した。

 ダイオンは、眉を顰め――「ほう」と呟く。


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「【火炎魔法】! 【火炎魔法】【火炎魔法】……あ、あっ、がぁああああ!」


 幾つもの火の玉が飛んでくるが、その全てをレウの刃が両断する。

 そして、その勢いのまま、魔法を放つ衛兵に近寄り、素早く斬撃を浴びせた。


 倒れ込む魔法兵など意に介さず、周囲の衛兵が各々の武器をレウに差し向け突進してくる。

 一人の兵が突出して、気合の掛け声と共に槍を突き出すが、それをレウは、片方の腕でぐるりと巻き取り、己を刺し殺さんとする勢いを回転の力に受け流し、槍兵をぶん回した。

 殺到してきた兵たちはそれに巻き込まれ、連鎖的に次々と倒れ込む。


 迫りくる無数の敵をなぎ倒すレウだったが、それでも衛兵たちはどこからともなく、次々に現れる。


 ギルド支部への侵入が速攻でバレてからというもの、支部内に詰めていた兵たちが次々と現れレウに襲いかかっていった。 


 幸いだったのは――ギルドに侵入するなんて命知らずを想定していないからであろうが――そこまでの手練がいるわけではなさそうであり、どれもがレウの剣技の足元にも及ばない奴らばかりであった。

 だが、とはいえ数の暴力は如何ともし難い。立ちはだかる敵という敵を倒し、ギルド支部中腹の大広間までなんとかたどり着いたが、包囲の輪は依然保たれたままである。


 そこは、どこかの貴族の城かと思うほど、贅を凝らした内装であった。

 どこを見ても高級そうな家具、装飾品が目に入り、ギルドとはよほど儲かるのであろうことが簡単に予想できる。

 そんな優雅な一室は、武器を持った兵の群れと、それに対する、細い剣を一本だけ携えた少年との修羅場と化している。


 レウは汗を拭い、距離を保ちながら剣や槍を構える衛兵たちを、ぐるりと見回した。


『ねぇねぇ、あそこの階段さ、人少ないよ! わお! もしかしてわたし、すごいこと気付いちゃった!? えへへ、褒めてもいいんだよ〜』


 レウの脳内に響くリーリスの甘い声が、そんな助言をする。言われた方を見ると、確かに他のポイントは数名の連携で固めているのに対し、右奥の階段をカバーしている兵が少ない。

 ……不自然なほどに、だ。


「ああ、くそ。こんなつもりじゃあなかったんですけどねぇ!」


 だが他に逃げ場がないのも事実である。

 レウは意を決し、その階段に向かって疾走した。

 それを受けた兵たちは、レウの退路を断つようにして、後方に群がってくる。

 まるで、右奥の階段に進んで欲しいかのように。


(やっぱり、なにかの罠か)


 目の前に立ちはだかるのではなく、後ろに下がる選択肢を無くすことの優先度が高いように見える。

 つまり、レウにこのまま右奥階段に上って欲しいという意図に他ならない。

 レウは己の選択の失着を悟るが、この状況で後悔している暇はない。

 活路は既に、前に進むことしかないのだ。


 前方に立ちはだかる兵士が、うわぁ、と声を上げながらへりっぴ腰の攻撃をレウへ仕掛けてくるが、剣を交わすまでもなく、ひらりと身をよじり躱した。

 そして敵兵の顔をがしりと掴むと、思い切り壁に打ち付けて昏倒させる。


 ほんの一瞬の出来事であったが、その間にも階段下や、階段を上った後の、逆側の通路から敵兵が迫ってくる。

 逃げる先は、前方の扉しかない。

 レウは選択の余地なく、前方の扉をぶち破らんばかりに、飛び込んだ。


 そこは、大きな、無機質な部屋だった。修練所、といった趣である。


 先ほどまでの豪華な設えの部屋とは対照的に、無機質な石畳が広がる広間だ。

 がらんとしているその広間の中央には、一人の男がいた。

 高級そうな革の鎧に身を包んだ、それなりに身分のある冒険者の風体である。

 その男は飛び込んできたレウに対し、咄嗟に手をかざし、叫ぶ。


「【雷電魔法】発動!」


 瞬間、爆発するような青白い閃光が弾け、稲妻がレウに放たれた。

 音さえ置き去りにする神速の雷は――しかしレウの刃によって阻まれていた。


「なっ……!」

 

 雷光は当然、見てから防御するのだと間に合わない。なのでレウは、男が手をかざした瞬間に、危険な攻撃を察知して、急所を刃で守っていたのだ。

 そして、雷の魔法は見事に斬り捨てられた。


 そのままレウは素早く接近し、その男に容赦なく剣をふるった。

 刃の軌跡が斜めに走り、肉体を切裂く。男が絶叫をしながら石畳に倒れた。


 ――これが、罠の正体、か?


 確かに雷の魔法は厄介に違いないが、警戒をしていればそこまでの脅威ではない。ここまでして追い込むほどの価値があるものとは思えないのだが……。


「それが、“魔崩剣”か」


 低く、重い声がした。


 そう思った瞬間、天井がみしり、と軋みを上げ、幾重もの罅が入る。

 そして強い衝撃音と共に、天井が崩壊した。


「は、はぁ!?」


 瓦礫が次々と落下する。部屋にまで詰めていた兵たちが瓦礫に巻き込まれ、衝突し、ここから逃れんと大騒ぎになる。

 レウは身を屈め、冷静に瓦礫たちを躱す。

 そして、少年は、そんな瓦礫たちと共に、広間中央に、一人の男が降り立つのを見た。

 黒を基調とした、分厚い鎧に身を包み、大剣を背負う男である。

 そして彼は片手に――大きな檻を掴み、持ち上げていた。

 広間に降り立つと、その檻をぞんざいに、遠くへ放り投げる。


「ぎにゃ!」


 女の子の潰れるような悲鳴が聞こえる。


 瓦礫も収まった広間には、

 鎧の男と。

 レウと。

 檻の中の少女。

 それらを取り囲む兵たちがいる。


 そして、その鎧が、低い声で、言った。


「ウルダンがギルド支部長――ダイオン・ハ―ディックである。ギルドの威信にかけて、貴様は残酷に殺してやろう」

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