第4話 - ウルダン ギルド支部
「見ろ。この街は騒がしい。良くも、悪くも。静寂なのはここだけだ。我と、お前。二人が独占する、希少なる静寂。存分に噛み締めるといい」
男の言葉は、溶けるようにその部屋に吸い込まれていった。
この部屋には、贅を尽くした豪奢な家具、敷物、調度品。目が潰れんばかりの高級な宝石が壁という壁に飾られている。
その部屋の大窓からは、ウルダンから零れる灯火を睥睨できる。なるほどたしかに、この高さの建物であれば街の喧騒も届かないであろう。
独占、というように、ここには二人だけがいる。
部屋の中だというのに、黒を基調とした物々しい鎧を着こんだ男が一人と。
――檻の中に繋がれた少女が、一人。
透き通るような白い肌に、美しい白髪。そして細い手足は白兎をも思い起こさせるようであった。
少女は、嘲笑うように、へらりと口角を上げた。
「……ふん。説教臭。何もないことを誇るのは、年食ったオジサンの悪いところ、ね」
「はっ、元気で結構だ。良くも、悪くも。静寂を今のうちに噛み締めておけ、というのはな、親爺からの忠告だよ」
鎧の男は、グラスに注がれた深紅の酒を、ぐいと煽り胃に流し込む。
そして、憐れむような視線を、少女に落とした。
「明日には、ギルド本部へ、お前の身柄を渡す手筈だ。そこで何をされるかは、我も知らぬ。静寂が恋しくなるような何かが待ち受けてもいいように、残りの時を過ごすのだな、シャロ」
「……名前、気安く、呼ばないで」
豪華な部屋の中に場違いに置かれた檻の中で、少女は鎧の男から目を背けるように、身体を丸める。
男は大窓から街を見下ろし、優雅に酒を呷る。
風が吹き、彼のマントが翻った。そして胸につけたバッジが露わとなる。
その金色は、Aランク冒険者の証……最高ランクの強者であることを証明するものであった。
冒険者の中でも特に、目覚ましい活躍をした者は、ギルドから直接スカウトされ、要職を与えられることがある。
この男もその中の一人だ。ギルドという最強の組織み認められた、実力者。
「ああ、それにしても、静かだ」
鎧の男――ダイオン・ハーディックは、君臨する王の如く、ウルダンの街を見つめる。
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「あぁ? こんな夜中に? 仕入れの忘れもんだぁ?」
ギルド支部の、主に業者が出入りする裏口の受付で、衛兵が声を荒げた。
衛兵が怒りを露わにしている前には、ペコペコと頭を下げる、エプロンをつけた男がいる。
「へえ、へえ。すみません。うっかりしておりまして、すみません」
エプロン姿の男は、哀れににあるほど腰を折り、誠心誠意謝っている。
「ギルドの方々の覚えが悪くなれば、私はこの街で商売できなくなってしまいます。どうか今のうちに、仕入れの補填ができればと思いまして」
「ったく、こんな時間にやってこられるほうがむしろ覚えが悪いぜ。で、何? なんの仕入れが足りないって?」
こんな夜中の来訪者など想定していないため、受付にはその衛兵が一人いるだけだ。
「へえ。たしか昨日、捕まった人がいるんでしたったけ? その囚人のための食事が上乗せになっているのをすっかり忘れてまして、すみません、ここに納品させていただきます」
……なんでそんなことを、酒場のオヤジが知っているのだろう。
衛兵は目を吊り上げるが、そのエプロン姿はひたすらにペコペコとしているだけだ。
昨日、女が捕えられ、ここに連れてこられているのは本当だ。しかし、その情報はおおっぴらにはされていないはずである。なのにこいつはそれを知っている。
……なにか、自分が知らぬオーダーでもあったのだろうか。
とりあえず確認をしようと、衛兵はつっけんどんに「ちょっとまて」と言い放ち、納品リストを手に取った。
エプロン姿は、ペコペコしながら、謝罪の言葉を繰り返している。
「すみません、すみません。よろしければ、ですね、非常に申し訳ないので、私自ら、お食事をお届けにあがりたいのですが」
「ふざけんな。どこぞのおっさんを支部長の部屋に通せるかよ。ここで受け取るからさっさと帰れ――おい、仕入れの忘れだぁ? 今日の分は全部問題なく受け取ってるぞ」
「その囚人は、支部長の部屋にいる、ってことだね」
急に声色が変わった。かと思うと、その男はエプロンを脱ぎ捨て、衛兵の前に投げつける。
エプロンの布が視界を覆い――その向こうから手の形が浮き出し、衛兵の喉が締め付けられた。
「ガッ――きゅ、ひ、ひ」
「ごめんだけど、ちょっと眠ってもらう。僕ァ、無駄な争いが嫌いなもんでね」
『わーっ、バイオレンスぅ! でも、ちょっと乱暴なレウも、あたし好きだよ! えへへ!』
衛兵がかくんと頭を下ろし、気を失ったことを確認する。
エプロンを脱ぎ捨てた男はその他の変装も脱ぎ捨て――少年、レウへと戻った。
受付の中から、ギルド支部の地図を取り出し、支部長室がこの建物の頂上にあることを確認した。
はぁ、面倒なところにいやがる、と溜息を吐きながら、まずは階段を探そうと支部内部へ入ろうとした、とき。
遠くの方に、一人の衛兵が立っていて、こちらを指差し、わなわなと震えている姿を見つけた。
レウは、困ったように頭をぼりぼり掻きながら、会釈した。
「あのぅ、もしかして今のやつ、見てました?」
「て、て、て、敵襲ーーー! みんな、来てくれーっ!」
こうして、ウルダンギルド支部の、騒がしい夜が始まった。
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