第3話 - ウルダンの決闘
「やべえ! ロックのやつ、こんなところで魔法使うつもりだ!」
「に、逃げろ! 巻き添え喰らうぞ!」
酒場の者どもが蜘蛛の子を散らすように酒場から出て行く。
ロックなる冒険者の魔法に怯えて。
それほどまでに恐れられる力を向けられているのは、たった一人の不潔な少年である。
ロックは力いっぱい拳を振り上げて、地面を殴りつけた。
どん、という衝撃音とともに、床が破砕される。
不可思議なことに、その衝撃は、止まることなく、周囲の床や机を粉砕しながら、広がる波紋のようにして、勢いを強めながら進んでいく。
これが魔法。ロックが扱う衝撃の魔法は、圧倒的な破壊をもたらす力であった。
このままでは己の脚も衝撃に巻き込まれる。レウは飛びあがり地面の衝撃波から逃れようとした。
「それが狙いだよ、間抜け!」
ロックはニヤリと笑い、レウに向かって虚空を殴打した。
瞬間、空中に衝撃波が撃ち出される。
空中にいる少年はこれを避けることができない。
レウは咄嗟に剣を抜き、その衝撃波を刀身で受けた。
だが衝撃自体は刀身越しに伝わる。レウはそのまま後方へ吹き飛ばされ、壁に激突した。
その様子を見て、ロックは高笑いする。
「ガハハハハ! なんだ、お前! あんだけ吠えておきながら、その程度か! よくよくみたらFランクじゃねえか! 正真正銘の弱者だ、そんな弱虫は、高ランク冒険者様が駆除してやらねえとなあ」
ロックが有する【衝撃魔法】では、相手の足場を容易に崩すことができる。
その上、遠距離からの攻撃もできてしまう。
体勢が崩れたところに衝撃波が飛来する。防御をしても、衝撃自体は浸透してくるので、ダメージは避けられない。
なるほど、高ランク冒険者を自称するほどだ。対人戦においてこれほど優位な力はないだろう。
無能力者の少年は、力量差に青ざめていてもおかしくないのだが、己の痺れる腕をじっと見つめているだけであった。
そしてレウは呟くように尋ねた。
「高ランク冒険者、ね。なぁ、おっさん。それじゃあ聞くけどさ」
「あぁ?」
「あんたは、日々、どれだけの修練を積んでいる?」
――雰囲気が変わった。ロックは、そう感じた。
「修練だぁ? クソガキ、覚えとけ。真の強者はな、そんなのしなくても強いから強者なんだよ」
「物心ついたときから、日に数時間。ずっと毎日」
少年は、訥々と、そう言葉を吐き出す。
「気が緩むことはなく、一心に集中し、極限の集中力で取り組む――そんな修練をずっと続けている奴がいたとしたら、どう思う?」
なにを言っているかわからない、が。
この少年は、己がそうだとも言うのだろうか。
こんな戯言に付き合う必要はないと、ロックは高らかに笑い飛ばし、続けざまに拳を振り上げた。
「なんだっていい。とりあえず、おかわりだクソガキ。テメエの死体はしょんべんかけて晒し者にしてやるよ――!」
再び衝撃波が床を走る。逃げ場は空中にしかない。
そのはずなのに、レイは素早く、前方に駆けた。
怒涛のように押し寄せる衝撃波に向かって、だ。
自暴自棄になったのかとロックが訝しむ目で睨む、が。
レウは抜き出していた剣で床を深く斬りつけた。そしてその斬撃の穴に手際よく、そのあたりに転がっていたテーブルの天板を斜めに突き刺す。
少年に激突するはずだった衝撃波は、その天板をなぞるようにして、斜め上に走り去った。
「なっ……」
まさかの回避に驚きを隠せないロック。その隙を突かれ、衝撃波をやり過ごしたレウが、崩れ行く天板の影から踊り出て、敵の目の前に立つ。
剣を横に構えながら。
「――舐めんな!」
今にも斬りつけんとしているレウ対し、ロックは拳を打ち出した。
拳の周囲に圧倒的な衝撃波を纏わせながら。
触れるモノ全てを破壊する、魔法の鉄拳は。
レイが振るった剣閃により、その魔法ごと拳が真っ二つに裂けた。
「ギャアアアアアアアアアあアアアあアアァアァァァアァアアアア!」
絶叫が木霊する。
あり得ない。あれはなんの魔力も感じない、正真正銘ただの剣だ。
それが、魔法ごと拳を切り裂いた。魔法を、切り裂いたのだ。
そんなことは、絶対に、あり得ないのだ。
「【衝撃魔法】。衝撃波を発生させる魔法、ってところだろうか」
ロックは裂けた拳を抑え、膝を地べたにつけながら、レイを見上げた。
「厄介ではあるけど、物質を伝わる衝撃波は、物質同士を伝導して広がるんだよね。剣で受けた衝撃が腕を伝わってきたから、まぁそうなんだろうなって思ったよ」
「……てめえ、それを、確かめるために、あのとき、敢えて」
地面の衝撃派をやり過ごした理由はわかった。だが、そんなことはどうでもいい。
魔法を拳を斬った、その理由のほうが重要だ。
そのカラクリを語ってくれるものだと思い込み、大男は一心にレウを見上げるが。
「僕は優しいからさ。あんたの死体は、墓に埋めてやるよ」
レイの無慈悲な剣は、ロックの首に突き立てられた。
「時に店主」
決闘はあまりにもあっさりと決着した。相手は歴戦の高ランク冒険者。
対する少年は、襤褸を纏った、魔法すら使えないFランク冒険者。
こんな結末を誰が予想しただろうか。しかも、弱者であるはずの少年は、この結果に驚きすらしていない。
血塗れの剣を握りながら、レイはカウンター奥で縮こまっている店主に、おすすめのメニューを聞く程度で話しかけた。
「聞くところによると、この店、ギルド支部に食料を卸してるんだってね? ねえ、そのさ、業者用の入り口とかあるんでしょう? 僕に教えてくれない?」
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