第6話 - ウルダン ギルド支部長 ダイオン

「鼠一匹、迷い込んだと聞いていれば」


 ダイオンの声が、重く、責め立てるように、響く。


「揃いも揃って、腑抜けばかり。鼠に劣る虫けら共が、ギルドに属するなどおぞましい。そうは思わんか、貴様ら」


 その言を聞いた兵たちの顔色が、一斉にさっと青ざめる。

 ダイオンの台詞は静かなものであったが、根底にある怒りと失望がありありと伝わり、ひどく恐ろしい調べに聞こえた。


 だが、そんな恐怖を振りまく男に対し、レウは皮肉気に笑いながら、軽口を叩く。


「そう言うあんたは、そんな虫けらの大将ってか。ははっ、傑作だ。部下を蔑むと、上司のあんたの株まで落ちるぜ」

「……鳴き声のうるさい鼠を追い出すには、どうするか」


 ダイオンは、身震いするような鋭い眼光を、レウに向けた。


「ひと際鳴く鼠を残酷に痛めつけ、吊るすのだ。そうすれば、鳴くだけの鼠は二度とその家に近付こうとは思わなくなる」


 そう言って男は、鎧の背の大剣を抜き、切っ先を不潔な鼠に突き付けた。


「ここに、お前を誘き寄せるよう指示したのは、我だ。お前の目的の女も連れてきてやった」


 そう言って、ダイオンは、檻に顎をしゃくった。

 そこには、落下の衝撃で目を回している少女がへたりこんでいる。


「何故か分かるか? お前なぞ結局、我一人で事足りるからだ。ギルドに群がる虫けらが幾つ死んだところで、つまるところ真なる強者が一人いればいいと、世に知らしめればいい。女の目の前で、お前を殺す。敵対者には絶望を与え、ギルドの威信は戻る。最も冴えたやり方が、これなのだよ」


 ギルドに真正面から突入し、悉くの兵が、たった一人の剣士Fランクに打ち負かされた。これほど威信が失墜することはないだろう。

 だが、所詮それは程度の低い者同士での話である。Aランク相当の、絶対的な力を見せつければ、威信そのものが揺らぐことはない。

 

 例えそれが、魔法を斬る、だなんて相手でも、問題はない、と言っているのだ。

 ダイオン一人で、問題なく打ち倒せる。そんな尊大な自信を、まるで確定した事項かのように堂々と宣う男は、なるほど並みならぬ闘気が立ち昇っている。

 レウは、もじゃもじゃの髪の毛を掻きながら、皮肉気に笑った。


「そんなんのために、まさか、天井から登場するとはね。それも威信を取り戻すための演出かい?」

「舌がよく回る。良くも、悪くも。……お前ら、手を出すな。我一人で惨殺する。女はそこで、仲間が絶望の叫びを上げるのを聞いているがよい」


 ダイオンがそう言い、剣を構えた。

 大剣を一直線に構え、腰を落とす。男の近くに寄るものは誰であれ、斬り潰されるであろう、隙の無い美しい構えであった。


 ――そんな男の、一分の隙も無い戦闘態勢を崩したのは、檻の中の少女の、心から出た言葉だった。


「ええと、あなた、誰?」


 ダイオンは思わず、檻の方を見る。白髪の少女、シャロは、本当にきょとんとした表情で、レウを見つめていた。


 ――てっきり、仲間の生き残りが、彼女を助けるためにやってきたのだと思っていた。


 だが違うという。ならばこの男は本当に何者なのか……。

 その場にいる者は全員、この小汚い少年に様々な疑問を抱いた。

 それに対するレウは――なんということだろう。

 ダイオンにどんな強い言葉を投げかけられても、まるで動じてなどいなかったのに、少女のそんな問いかけに、凄まじい怒りを見せたのだった。


「誰、だって?」

 

 レウの言葉は、灼熱のような高温を纏っていた。それは、怒りの火にくべられた激情に他ならない。

 だがシャロは、本当に身に覚えがないようで、ひたすらに首を傾げている。


「わ、私、なにか、した?」

「覚えていないというのか。……あんなことをしたというのに」


 レウは手に持つ剣をくるりと回し、肩に置く。

 そして、意を決したように、語り始める。


「いいだろう。話してやる。僕の――宝物を奪った、あの日のことを」


 その場にいる全員が、レウの言葉に耳を傾けた。

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